23.気づいた変化 ※前半悠人、後半朝陽視点
バスケ部の練習のために、俺はそのまま体育館に残った。
まだ女子生徒たちと話す王子先輩を見て、やっぱり別世界の人間だと思う。
誰にでも優しくて、顔も良くて、運動もできる。
学校中の人気者なのはもちろん、みんなから憧れているような人だ。
そんな人が直にだけ見せる表情が俺は気になった。
「王子先輩、練習始めましょうよ」
他の部員も集まってきているのが目に入り、俺は王子先輩に声をかけた。
「ああ、そうだな。ほら、練習が始まるから体育館から出て行ってください」
「えー!」
王子先輩に押されて、外に出された女子生徒は嬉しそうに笑っていた。
だが、その姿に俺は苛立ちを覚える。
「王子先輩、少しいいですか?」
「ん? どうしたんだ?」
俺は王子先輩と共に体育館の縁へ向かう。
前から王子先輩の変化には俺も気づいていた。
その視線の先には親友の直がいたことも――。
「直のことなんですけど」
その名前を出した途端、王子先輩の表情がほんの少し変わった。
……いや、だいぶ変わったって言った方がいいのだろう。
いつも誰に対してもニコニコとしているのに、やたら俺を睨んでいるような気がする。
ダンスの練習中もやたら俺を跳ね除けるような行動があった。
初めは気にならなかったけど、何度もあればそれは違和感になり、次第にイラつきへと変わる。
「直がどうしたんだ?」
「直って呼ぶ関係なんですね」
「悠人には関係ないだろ」
関係ないと言ったら関係ない。
だけど、ここ最近の直の変化が俺は気になっていた。
応援合戦に参加するって言った時もびっくりしたし、帰る時に見た直の表情がそれを物語っている。
気づいていないのは当の本人たちだけだろう。
「そうですね。でも、王子先輩の取り巻きに直を巻き込まないでください」
「どういうことだ?」
「王子先輩が直を特別扱いすればするほど、直に対しての当たりが強くなります」
直は一生懸命ダンスを覚えていただけだ。
だけど、その周囲はそう思ってもいなかった。
その証拠にさっき女子生徒たちがこれ見よがしに王子先輩と腕を組んだり、抱きついたりしていた。
「別に特別扱い――」
「それならいいですけどね。睨まれている直の気持ちも考えてあげてくださいね」
俺はそう伝えて、他の部員の元へ駆け寄る。
鈍感な直は周囲から睨まれていることに気づいてないだろう。
本人はダンスを覚えるのに必死で、頭の中はダンスでいっぱいいっぱいだった。
でも、周囲を気にするあいつのことだから、気づいてないふりをしていたのかもしれない。
だけど、これだけ言えば、王子先輩も気づくだろう。
「直を泣かせるようなことだけはするなよ」
俺は小さく呟く。
きっと王子先輩には聞こえないだろう。
本人に言うつもりはないからな。
だって、直がどれだけ苦しんでいたかを知らない人に簡単に口を出してほしくない。
中学生の頃の直は、今みたいに笑えなかった。
父親が事故で亡くなってから、何をしても楽しそうな姿はなく、ただ毎日を過ごしているだけ。
そんな直が少しずつ笑えるようになったのを俺はずっと近くで見てきたからな。
だから――。
もう二度と悲しそうに作り笑う顔は見たくない。
♢
部活の後、体育館を出た俺はさっき悠人に言われた言葉を思い出していた。
『直を特別扱いすればするほど、直に対しての当たりが強くなります』
――特別扱い
最初はそんなつもりじゃなかった。
偶然寄ったお店で彼は働いていただけだった。
だけど、会うたびに特別視しない態度に自然と彼に惹かれている自分がいた。
俺の名前も知らず、名字が〝王子〟ってだけでかなり驚いていたからね。
それに唯一俺のことをただの食いしん坊だと思っている珍しい人だ。
「まあ、食いしん坊なのは否定できないか」
つい普段の俺を思い出してクスッと笑ってしまう。
わざと食べさせてもらうために、理由をつけて口を開けて待っている。
そんな姿を誰かに見られたらたまったもんじゃない。
だけど、嫌な顔をせずに楽しそうにする直の顔を見ると、自然と甘えてしまう。
でも――。
「俺が関わったら直を巻き込むのか……」
悠人に言われて、ふと自分のことしか考えていなかったことに気づかされた。
俺がしっかりしないと、直が嫌がらせに遭うかもしれない。
そんなことも気づかなかったとはな。
だけど、俺の足はいつもの通りに大事な場所へ向かっていた。
「あっ、朝陽先輩! コロッケ一つですか?」
「練習後のコロッケは美味しいからね」
いつものように制服にエプロンを着けて、コロッケを渡してくる姿に俺は笑みを深める。
「いただきます」
俺はコロッケを持ってきたその手にそのまま顔を近づける。
相変わらずホクホクとしたコロッケは、俺のお腹を満たす。
だけど、満たしていたのはお腹だけではなかった。
「美味しいですか?」
「ああ!」
俺がこのお店に通っていたのは、偽らない自分を見てくれる場所だったからだ。
学校ではいつも期待される。
バスケが上手い。
見た目がいい。
誰にでも優しい。
そんな王子様のような〝王子朝陽〟でいることを求められる。
もちろんそれが嫌だったわけじゃない。
応援してくれる人がいることは嬉しいし、期待に応えたいとも思っている。
だけど――。
「朝陽先輩、いつもより疲れてません?」
直はそんな俺の変化に気づいてくれる。
「そうかな?」
「少しだけですけどね。やっぱり応援団長は大変ですよね」
たったそれだけの言葉なのに不思議と嬉しくなる。
誰かに心配されることなんてなかった。
全てできて当たり前と言われることが多かったからね。
でも、直に言われるとそのままの俺でいいような気がする。
俺自身を見てくれているからね。
「……直」
「はい?」
「俺、明日も来ていい?」
気づけばそんな言葉が口から出ていた。
直は少し驚いた顔をしたあとすぐに笑う。
「もちろんです。朝陽先輩がコロッケを食べに来ないと寂しいですからね」
この笑顔を見て胸の奥が温かくなる。
やっぱりこの時間を失いたくない。
悠人の言ったことは分かっている。
俺が近くにいることで、直が嫌な思いをする可能性があることも。
それでも俺はもうこの場所から離れることなんてできない。
「じゃあ、また後でくるね」
「はい。今日もダンスの練習頑張ります!」
店を出た後、チラッと振り返る。
そこにはいつものように手を振る直がいた。
その姿を見ながら俺は小さく息を吐く。
「ははは、困ったな……」
どうしてこんなにもあいつの笑顔が気になるんだろう。
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