頁の渦と古河の軍議
昼休みの雑踏がオフィスの自動ドアの向こうでざわめき、治彦はノートパソコンの蓋を閉じた。氏治は隣で弁当の蓋を外し、二人はいつものコンビニへ向かう。雑誌棚の前で立ち止まり、治彦は無意識に背表紙をなぞる。表紙の見出しが目に入った――「歴史上の偉人 理想の上司ランキング!」。好奇心で一冊を手に取り、ページをめくる。
トップには八田知家が一位とある。隣のワースト欄に目を移すと、小田氏治 ワースト1位の大見出しが目に飛び込んだ。辛辣な吹き出しが並び、氏治の肩が落ちる。治彦が雑誌を閉じようとしたその瞬間、紙面が微かに震え、蛍光灯のちらつきではない何かが空気を揺らした。
ページの隙間から冷たい風が吹き、印刷の匂いが濃くなる。雑誌はゆっくり膨らみ、二人を包み込むように動いた。治彦は胸の帳を抱え、氏治の袖を掴む。周囲の人声は消え、ページをめくる音だけが残る。渦は一枚のコマへと収束し、光が裂けて二人を飲み込んだ。
コマの絵柄が歪み、解説の吹き出しが消える。紙の線が木の梁や松明の煤へと変わり、気づくと二人は狭い城の一室の入口に立っていた。胸に抱えた帳と現代の服装はそのままに、周囲の空気だけが変わっている。ここはまだ室町時代、戦国へ移ろう過渡期の下総の古河である。
松明の炎が古地図を揺らし、窓の隙間から冬の冷気が差し込む。外では馬の嘶きと狼煙が断続的に上がっている。机を挟んで座る列の中心に、小田当主・朝久の険しい横顔があった。隣には幼さを残しつつも父の背を見つめる成治が控え、古河公方の使者が中立の位置に座する。向かい側には宇都宮正綱ら下野藤原流の諸氏が並び、低い声で意見を交わしている。
治彦は胸の帳をぎゅっと抱きしめ、無意識に走り書きを始める。氏治は朝久の横顔を見据え、戦場で培った勘を静かに巡らせる。二人がこの場に「転移してきた」ことは、周囲の誰にもまだ気づかれていない。確かにそこに立ち、過去の決断の瞬間を見届けようとしている。
古河公方の使者がゆっくりと立ち上がる。机の上の地図の村名が揺れ、狼煙がまた一つ上がる。朝久の目は地図に、成治の視線は父の手に、正綱の視線は遠方へ向けられている。治彦と氏治は机の輪の外に立ち、場の空気を吸い込みながら次の一声を待った。




