表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/1009

扉は誰が開いたか

秋口から半年余り、坂東の空気は静かに変わっていた。

陳猛哲の来訪を契機に、土浦・鹿島・大掾の領は、もはや従来の「領地」ではなくなりつつある。陶器、皮革、保存食、香辛料は分業され、鹿島を結節点として流通が一本の線としてつながり始めていた。

その中心には鹿島政道がいて、川と海を束ねている。倭寇衆と鹿島衆は混ざり合い、シャム傭兵団は水路と曳舟を整備し、ルソン傭兵団は船と外洋運用を担った。潮来には曳舟拠点が築かれ、水の道は「移動する道路」へと変わりつつあった。

その一方で、軍の形も静かに組み替えられていた。

広間で氏治は、机の上の銃を軽く叩きながら言う。

「これ、中心ね」

真壁がすぐに反応する。

「鉄砲を主とするか。だが、まだ早い」

鹿島政道も腕を組む。

「量も質も、まだ揃いきっていない」

宍戸が静かに続ける。

「弓と槍を外せば、接近戦で崩れる」

陳猛哲も短く言う。

「銃は強いが、まだ“単独兵器”だ」

氏治は首をかしげる。

「でも、いっぱいあるよ?」

真壁は即座に否定する。

「“多い”と“戦える”は違う」

鹿島政道が補う。

「補給と整備が追いつかぬ」

宍戸が言う。

「壊れた瞬間に戦列が崩れる」

そこに工兵と盾の話が出る。

氏治は机に杭と板の模型を置いた。

「ここで戦う」

「ここ作る」

「ここ守る」

真壁は眉をひそめる。

「戦を“場所化”するのか」

宍戸は静かに言う。

「陣地戦か」

しかし反論も出る。

鹿島政道が首を振る。

「地形が整わぬ。工兵の数が足りない」

真壁も続ける。

「敵が固定戦に付き合う保証はない」

陳猛哲が補足する。

「機動戦には弱くなる」

氏治は少し考えてから言う。

「じゃあ、盾と工兵いっぱいにする」

宍戸は即座に返す。

「その人員はどこから出す」

鹿島政道も現実を突きつける。

「財と食料が持たぬ」

真壁が低く言う。

「兵の再編を急ぎすぎている」

一瞬、空気が止まる。

だが氏治は悪びれずに言う。

「でも、そうしたい」

その単純な一言に対し、陳猛哲が静かに線を引く。

「理想としては正しい。だが段階が必要だ」

宍戸も頷く。

「既存の戦闘体系を壊すには移行期間がいる」

鹿島政道は現実的に言う。

「補給と訓練を並行させねば破綻する」

真壁が結論を落とす。

「今は“移行案”に留めるべきだ」

氏治は一瞬黙る。

だがすぐに頷く。

「じゃあ、ちょっとずつでいい」

机の上に、落書きのような地図が広げられる。

丸い海の向こう側に、曖昧な陸地。

氏治はそこを指で叩く。

「ここね」

「ルソンの向こう」

そして迷いなく続ける。

「カステラの南と北のほう」

真壁がすぐに聞き返す。

「それは何処だ」

氏治はいつも通り答える。

「遠いとこ」

「城とか上手い人いるとこ」

「時計とか、ガラスとか」

宍戸が整理する。

「城=構造、時計=精密、ガラス=材料か」

氏治は頷く。

「そうそう、それ」

鹿島政道が苦笑する。

「国ではなく機能で見ているな」

真壁は低く言う。

「外交対象として成立していない」

陳猛哲が静かに補う。

「しかし交易路としては成立している」

治彦だけが頷く。

「ルソン経由で接続可能です」

そこだけが“現実の線”だった。

そのやり取りの終わりに、氏治はふと笑って言う。

「時間のことなんだけどさ」

真壁が目を上げる。

「時間?」

氏治は軽く言う。

「急がなくていいよ」

「ぼくがおとなになるときまででいい」

場が止まる。

宍戸が静かに聞き返す。

「期限の話か」

氏治はうなずく。

「うん。だいたいでいい」

鹿島政道が苦笑する。

「また“だいたい”か」

真壁が低く言う。

「しかし、それは全体計画に関わる話だぞ」

氏治は首をかしげる。

「急ぐと壊れるでしょ」

宍戸が整理する。

「段階的移行か」

氏治は嬉しそうに頷く。

「それそれ」

そして続ける。

「銃も、盾も、工兵も」

「城の人とか、時計とか、ガラスとかも」

「ぼくが大きくなるまでに、ちょっとずつでいい」

真壁は腕を組む。

「成長に合わせて国家構造を変えるつもりか」

鹿島政道は呆れ混じりに笑う。

「国家というより育成計画だな」

陳猛哲が静かに言う。

「長期プロジェクトとして見ている」

治彦は帳面に書きながら小さく言う。

「時間軸を固定することで、全体設計が安定します」

宍戸が横目で見る。

「お前だけは別の種類で理解しているな」

真壁は低く言う。

「我々は戦を見ているが、お前たちは工程を見ている」

鹿島政道が言う。

「そして氏治は完成形を見ていない」

氏治はそれをよく分かっていない顔で笑う。

「完成とかどうでもいいよ」

「できていけばいいだけ」

その言葉に、場の空気が静まる。

宍戸が呟く。

「終わりを持たない設計か」

陳猛哲が結論を落とす。

「停止条件のないシステムだ」

その終わりに、氏治は笑いながら言った。

「扉、開いたのはみんなだよ」

真壁が問う。

「我々が開いたのか」

氏治は頷く。

「銃も船も人も、全部そうじゃん」

「気づいたら開いてた」

宍戸が静かに言う。

「門ではなく経路か」

鹿島政道は遠くを見る。

「閉じ方のない道だな」

陳猛哲は短く言う。

「構造が先に動いている」

その時、広間の隅で傭兵隊長たちが静かに口を開いた。

シャム傭兵団の隊長が言う。

「西の戦では……似た向きは聞いたことがある」

ルソン傭兵団の隊長も頷く。

「城を中心に守り、銃で外を削る形は、どこにも完全ではないが存在する」

真壁が目を細める。

「本当にあるのか」

シャム隊長は肩をすくめる。

「似たものはある。完全ではないがな」

ルソン隊長は続ける。

「土と壁を積む戦は、長く戦う場所では自然に生まれる」

宍戸が静かに言う。

「陣地化の収束か」

鹿島政道は苦笑する。

「我々だけの発想ではないということだな」

陳猛哲は短く言う。

「技術は同じ方向へ収束する」

真壁は低く呟く。

「我々は先行しているだけか」

ルソン隊長は首を振る。

「少しだけ早い」

シャム隊長も頷く。

「だが同じ道だ」

その言葉に、広間の空気は少しだけ静かに収束する。

氏治はもう次の図面を見ている。

「じゃあ次ね」

真壁は小さく息を吐く。

「止まらんな」

宍戸は言う。

「止める理由がない」

鹿島政道は遠くを見る。

「戻る場所は、もう違う」

誰も否定しない。

坂東は、戦でも領地でもなく、ひとつの“構造”として動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ