初配信
ついに、運命の初配信当日がやってきた。
昨夜は緊張で一睡もできず、鏡の中の自分――可憐な美少女――の目の下に隈がないか何度も確認してしまった。
「深呼吸ですよ、ミナさん。気楽に、深呼吸!」
マネージャーの鼓舞も、今の俺の耳には遠くの騒音のようにしか響かない。
配信開始5分前。待機画面にはすでに数千人のリスナーが集まり、濁流のような速さでコメントが流れていく。
こんな大勢の前で、俺なんかが喋れるのか……?
「ミナさん、まもなく開始です。……3、2、1、どうぞ!」
合図とともに、震える指で『配信開始』のボタンを叩いた。
『あ、あの……えっと……。こ、こんにちは……。ミ、ミナ……です……っ』
情けないほど声が裏返り、舌がもつれる。画面の向こうで冷笑されているんじゃないか――そんな不安を打ち消したのは、意外にも温かな弾幕だった。
・かわいい!!
・声が震えてる助かる。小動物系?
・守りたい、この初々しさ
・天使降臨。推し確定です
『あ……えっと……新人VTuberとして、精一杯、頑張りたいと思います……!』
噛みまくりの挨拶が逆に「萌え」として消費されていく。戸惑いながらも、俺はあらかじめ決めていた「一番の関門」へ踏み出した。
『まず最初に、皆さんに伝えておきたいことがあります。私……いえ、俺は、『TS(性別反転)』という現象によって、最近女になりました』
爆弾発言のつもりだった。だが、返ってきた反応は拍子抜けするほど軽やかだった。
・了解! 把握した
・この事務所、TS組多いからね
・むしろ設定じゃなくてガチなのがいい
・性別なんて関係ない、可愛ければ正義だ
(……案外、すんなり受け入れてもらえるんだな)
ママしか見ていなかったから知らなかったが、この界隈では「変異」も一つの個性として愛されているらしい。その事実に、肺に溜まっていた熱い空気がふっと抜けた。
『ありがとうございます……! じゃあ、これからどんな配信にしていくか、皆さんと相談しながら決めていきたいと思います!』
少しずつ、自分の声が自分のものでなくなっていくような、けれど確かな居場所を見つけたような不思議な感覚。
……その時、俺は気づいていなかった。
コメント欄の片隅で、≪ママリス≫という公式マークのついたアカウントが、一言も発さず、じっと俺の初配信を見つめ続けていたことに。




