配信準備
初配信の日程が刻一刻と近づき、準備は怒涛の勢いで進んでいった。
VTuber≪ミナ≫としてのプロフィール作成、機材のセットアップ、配信ソフトの使い方。覚えることは山ほどあったが、不思議と苦ではなかった。
「あの、水瀬さん。リスナーさんたちには、自分が『TS(性別反転)』したことを公表しますか? どちらでも構わないのですが」
不意にマネージャーから投げかけられた質問に、俺は少し考えてから答えた。
「……いえ、隠す必要はないと思います。ありのままで。後からバレて騒ぎになるのも面倒ですし」
嘘をつき通せるほど、器用な人間じゃない。それに、この「変異」こそが俺をママのいる世界へ繋いでくれた切符なのだから。
「そうですね。うちの事務所では公表する方が多いですが、一応確認でした。……それと、ミナさんのロールモデル(目標)は、やはり『ママリス』さんで進めていいですよね? 面接でもあんなに熱心でしたし」
――なぜそれを。
面接の時の失態(推し語り)が筒抜けになっていることに顔が熱くなったが、俺は小さく頷いた。
「はい。ママを目標に……精一杯、頑張ります」
こうして全ての準備が整い、運命の初配信を待つばかりとなった。
◇
一方その頃。
事務所のラウンジで、一人の女性が新しく入ってくる新人ライターたちの資料を眺めていた。
ふと、ある一枚のプロフィールでその指が止まる。
VTuber≪ミナ≫。本名、水瀬。
その文字を見た瞬間、彼女の心臓が跳ねた。
独特の喋り方の癖、好きなものの羅列、そして何より、その危ういほどに純粋な雰囲気。
「……あいつ、だよね。間違いない」
脳裏に蘇るのは、数年前の光景。
関わった期間は短かったが、後輩の紹介で知り合い、 いつも教室の隅で縮こまり、今にも消えてしまいそうだった、弱くて放っておけなかった少年。
彼女は、モニターに映るミナの立ち絵を、愛おしそうに、そして少しだけ歪んだ独占欲を込めてなぞった。
「やっと、手の届くところまで来てくれたんだ……。今度こそ、私がちゃんと守ってあげるからね。……ねぇ、水瀬くん?」
≪ママリス≫の、聖母のような微笑みが深くなる。
それは慈愛か、それとも――。




