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TSの朝

次に目が覚めた時、世界は音を立てて変質していた。

 

 体が、妙に軽い。布団を跳ね除けようとした腕は、驚くほど細く、白く透き通っている。そして――胸のあたりに感じる、今までになかった微かな重みと違和感。


「……え?」


 漏れた声に、心臓が跳ねた。

 聞き覚えのない、鈴を転がすような高くて可憐な響き。


 弾かれたようにベッドから這い出し、全身鏡の前へ崩れ落ちる。そこに映っていたのは、俺であって俺ではない「誰か」だった。


 色素の薄い、淡い雪のような髪。

 陶器のように滑らかな肌と、恐怖に大きく見開かれた潤んだ瞳。

 

「誰……これ……っ」


 震える指先で頬を強くつねる。鋭い痛みが脳を突き抜け、これが悪夢ではないことを残酷に突きつけてきた。


 スマホを取り出し、凍りついた思考のまま検索欄に言葉を打ち込む。

 辿り着いたのは、近年稀に報告される超常現象――『TS(性別反転)』。


 思春期特有の変異。確率は極めて低いが、現実に起こりうる「病」に近い事象。

 そして、その多くは――二度と元の性別には戻らない。


「ふざけんなよ……っ、何だよこれ……!」


 親になんて説明すればいい。友達に、この姿で「水瀬だ」と言って信じてもらえるはずがない。

 積み上げてきたこれまでの人生が、砂の城のように崩れていく音がした。


 過呼吸気味にネットの海を彷徨い、縋るような思いで画面をスクロールし続ける。

 そこで、ある一行が目に飛び込んできた。


『TS(性別反転)者歓迎! 新人Vtuberオーディション開催』


 そのロゴを見た瞬間、息が止まった。

 そこは、あの‘‘ママ‘‘が所属している大手事務所の特設ページだった。


 顔出し不要。自宅からの配信。そして、この「変異」を武器にできる環境。

 もし、もしもここに入ることができれば――。


(ママに、会えるかもしれない。リスナーとしてじゃなく、同じ場所に……)


 絶望のどん底で、唯一の細い糸が見えた気がした。

 

「やるしかない……これしか、道はないんだ」


 震える手で、俺は応募フォームの「送信」ボタンを叩きつけた。

 水瀬としての過去を捨て、新しい「俺」を生きるための、片道切符を。

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