現実世界での違和感
VTuber≪ミナ≫としての活動も軌道に乗り始めた頃。
マネージャーから、心臓を直接掴まれるような連絡が届いた。
『今月、事務所主催のオフライン顔合わせを行います。今後の大型企画の打ち合わせも兼ねているので、ぜひ参加してください。もちろん、ママリスさんも来ますよ』
「オフライン……生身で、会うのか……」
正直、逃げ出したい気持ちが勝っていた。今の俺は、誰が見ても「可愛い女の子」だ。けれど、中身はあの根暗な水瀬のまま。
それでも――画面越しではない「ママ」に会えるという誘惑には、どうしても抗えなかった。
『顔を出すのが不安なら、仮面やマスクの着用も許可されています。プライバシー管理は徹底しますので、ご安心を』
その言葉に背中を押され、俺は参加を決意した。
◇
顔合わせ当日。
都内某所の貸し切り会場には、独特の熱気が満ちていた。ほとんどの人が仮面や深めのマスクで素顔を隠しているが、漏れ聞こえる声はどれも聞き覚えのある「配信者の声」だ。
(すごい……本物のVTuberがいっぱいいる……。早く、ママを探さないと……)
圧倒的なアウェイ感に押し潰されそうになり、壁際を這うように歩いていた、その時。
「――見つけた。初めまして、ミナちゃん」
背後からかけられた、耳元を焦がすような甘い声。
振り返ると、そこに立っていたのは一人の「女性」だった。
すらりと伸びた長身に、どこか中性的なパンツスーツ姿。立ち居振る舞いにはどことなく「男っぽさ」を感じさせる芯の強さがあるが、その口元から零れるのは、紛れもなく俺を救ってくれたママリスの声だった。
「あ、あの……は、初めまして……っ。ミ、ミナです……!」
混乱して、裏返った声を出すのが精一杯だった。なぜ、彼女はマスクをつけた俺を迷わず「ミナ」だと分かったのか。なぜ、そんなに確信に満ちた目で俺を見つめるのか。
至近距離で対峙して、俺はさらなる違和感に気づく。
独特の言葉の選び方。ふとした瞬間に混じる、懐かしい息遣い。
(……あれ? この感じ、どこかで……)
脳裏に、数年前の断片的な記憶がフラッシュバックする。
中学時代、唯一の友人を介して知り合った一人の先輩。
俺に、いつも無愛想ながらも優しく声をかけてくれたあの人。
関わった期間は短かった。けれど、俺にとっては忘れられない恩人。
「……桐生先輩……?」
呟いた声は、会場の喧騒に消えてしまった。




