第三章 何もない祇園で
戻ってきたとき、そこには何もなかった。
建物は焼け、道具は失われ、人も散っていた。
戦争が終わったという知らせだけが先に届き、暮らしは後から追いついてくる。
街は復興という言葉を掲げながら、実際には立ち止まったままだった。
この会社が戻ってきた京都も、例外ではなかった。
かつての賑わいは消え、祇園の通りには、人影よりも風の音の方が多かった。
花街として知られていた場所も、灯りは落ち、戸は閉じられ、声は聞こえない。
ここで商いを始める理由は、どこにもなかった。
食べ物ですら不足している。嗜好品に回す余裕はない。
茶を飲まなくても、人は生きていける。
それでも、この会社は祇園を選んだ。
理由は、合理的ではなかった。
人が集まる場所だったからでも、将来性があったからでもない。
人の記憶が、まだ残っていた場所だったから。
戦前、祇園は特別な街だった。
芸を磨く者が集まり、言葉を選ぶ者が行き交い、静かな緊張感が日常にあった。
茶は、単なる飲み物ではなく、間を整える役割を持っていた。
この会社は、その記憶を信じた。だが、現実は厳しかった。
店を開けても、客は来ない。
通りを歩く人は足早で、立ち止まる理由を持っていない。
「場所を変えた方がいい」
「今は時期が悪い」
周囲からは、そう言われた。
それは、正しい意見だった。
やめる理由は、これまでで最も明確だった。
だが、この会社は続けた。
続けるための工夫をしたわけではない。
続ける以外の判断を、選ばなかっただけだ。
茶を挽き、出す。
速くしない。
分かりやすくしない。
時には、舞妓見習いの若い女性が、暖を取るためだけに立ち寄った。
時には、復員した男が、無言で一杯を飲んでいった。
会話は少なかった。感想もなかった。
それでも、その一杯を飲み干すと、皆、ほんの少しだけ表情を緩めた。
この会社は、その変化を見逃さなかった。
感動ではない。救いでもない。
ただ、戻る場所ができたという変化だった。
祇園という街は、少しずつ息を吹き返していく。
灯りが戻り、芸が戻り、人の流れが戻る。
その過程で、この店もまた、「特別ではない存在」として、そこにあり続けた。
特別にならなかったことが、結果として特別だった。
やがて、時代は動き出す。
高度成長の波が押し寄せ、効率と速さが価値になる。
商いは数字で語られ、結果がすべてになった。
そのとき、この会社は、もう一度問われる。
このままでいいのか。
変えるべきではないのか。
だが、祇園で過ごした時間が、その問いに答えていた。
何もない場所で、続けられた。
誰にも求められなくても、続けられた。
ならば、賑わいの中でも、続けられる。
この確信が、次の判断につながっていく。
茶を売るだけでは足りない。
茶の時間そのものを、差し出す必要がある。
それは、後に「茶寮」という形になる。
だがこの時点では、まだ名前はなかった。
ただ、祇園という街で学んだことが、静かに積み重なっていた。
そして現代。
同じ場所で、今日も石臼が回っている。
観光客の声、異国の言葉、カメラのシャッター音。
かつての静けさとは、まるで違う。
それでも、この会社は知っている。
人が本当に立ち止まる瞬間は、今も昔も変わらない。
何もない時代に、ここで続けた。
だから、すべてがある時代でも、ここにいられる。
祇園という場所は、この会社にとって、選んだ舞台ではない。
試され続けた場所だった。
そして、その試験に、答えを出し続けている。




