〈2−1〉 お見通し
誰も来ないが花屋を開いて、庭弄りをして、実験をしては倒れて――。
あれからしばらく経ち、季節はすっかり秋となった。澄んだ空には、薄い雲がかかっている。
季節が変わろうと、セレネはいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。
平和で何よりだ。腹痛で二日寝込んだが。
毒を食らって倒れたせいで、ただでさえ少ない体重がさらに少なくなった気がする。
健康なので良いかと気にしないでおく。
どこが情報源かは知らないが、とある芋の食べ方が広まっているとか何とか。
芽や緑色の部分は取り除いて。少しでも怪しいのなら食べない。
風の噂によると、近頃ペリス王国との外交がもう一度行われるららしい。
輸入したり、育てられるようになれば、安くで腹持ちの良い食材になることだろう。
育てるのが楽しみだ。畑の開拓をしなければ。
(今年はいっぱい採れるなぁ)
カボチャをいくつか籠に乗せ、セレネは軽々と持ち上げて店に戻る。
小柄で非力そうに見えるセレネだが、力仕事には自信がある。
農村の辺りでは、収穫祭の準備が始まる頃だろうか。冬のために保存食を作り始める季節だ。
収穫したものは酢漬けにしたり、乾燥させたりと長期保存ができるように加工される。
ブドウの多くは果実酒になるので、果実酒が多く出回る時期になるだろう。
そのまま飲むも良し、料理に使うのも良しの万能型だ。
寒い時は酒を入れれば、手っ取り早く温まる⋯⋯なんていうのは、北部地方でよく聞く話だ。
そのため、北部出身には酒豪が多い。セレネもその例に漏れない。
酒なら、いくら飲んでも酔わない体質だ。水と同義である。
朝から動きっぱなしだったせいで、人のいない店内にクウッと情けない音が響いた。
採れたてのカボチャはスープにしようか、それとも煮込もうか⋯⋯などと考えていると、ドアベルがリィンと音を立てた。
珍しく、客が来たようだ。お腹が空いたセレネは、渋々店内に戻る。
「いらっしゃい、ませ⋯⋯」
セレネの言葉が尻すぼみになったのには、きちんと理由がある。
やって来たのは服をきっちりと着こなした、寡黙そうな栗色の髪の男だ。
つい最近、どこかで見たことがある。
(どこで見たっけな⋯⋯)
人の顔と名前を覚えるのが苦手なセレネは、頭を悩ませた。
答えが出るより早く、男は丁寧に礼をする。
「突然訪ねて申し訳ありません。ノクス様にお仕えしている、アルカス・クレットと申します」
(あぁ!)
そういえば、とセレネはポンと手を打つ。どうりで見覚えがあるわけだ。
にしても基本的に、店とは伺いを立てずに来るものではなかっただろうか。
わざわざ謝ることもないだろうに、真面目である。
それとも、貴族では伺いを立てるものなのだろうか。
一人悩むセレネに、アルカスがすすす⋯⋯とバスケットを差し出した。
なかなか大きなバスケットである。
差し出されたので、セレネは礼を言ってそれを受け取る。
かけられていたチェック柄の布を捲る。
中には、瑞々しい果物の詰め合わせが入っていた。
リンゴにブドウ、プラム、桃、洋梨――季節を感じるものが多いが、庶民には到底手に入らない高級品も入っている。保存の難しい桃なんかがそうだ。
(庭に種を植えたら育つかな⋯⋯いや、でも甘い話には裏があるはずだ)
そう考えて顔を上げると、無表情のアルカスと目が合った。
ずっと穏やかな笑顔の青年もそうだが、何を考えているのか分かりにくい。
同じく表情の変化が乏しく、無愛想なセレネが言えることでもないが。
「どうぞ、食後にでも召し上がってください」
とは、宮廷管理官からの言伝だそう。
「⋯⋯お代払うので、少し待ってください」
「いいえ、結構です」
きっぱりと断られた。
「お代もなしにこんな高級なもの、いただけません」
セレネはバスケットをアルカスに返そうとする。しかし、受け取ってもらえない。
欲しいという気持ちはあるが、その辺りの礼儀はわきまえている。
バスケットや布代も含めたら、一体いくらになるだろうか。想像するだけでも恐ろしい。
「エストレラ嬢にこれを渡すのが、ノクス様からの命令ですので」
アルカスはやんわりと、バスケットを押し返した。
セレネはうぐっ、と詰まる。
アルカスは、これをセレネに渡すという命令を受けた。
それすなわち、セレネはこれを受け取らなければならない。
あの青年の手の上で転がされているようで、ちょっと嫌だ。
そういうセレネの私情が入る。
しばらく葛藤した後、諦めてバスケットをカウンターの上に置いた。
「⋯⋯交換条件は、なんでしょうか?」
代金はいらない。
でもこれを渡せ、というのなら、何らかの思惑があってのことだろう。
アルカスは一つ頷き、口角を少し持ち上げる。
「察しが良くて何よりです。宮廷へと来ていただけますか?」
「⋯⋯はい」
来ていただけますか? と問われたところで、セレネに断るという道はない。
身分が上の人の提案は、基本的に断れるものではない。
店の外を見ると、簡素な作りの馬車が止まっていた。準備は万端ということである。
諦めて店を閉めようと動き始めると、クウッ⋯⋯と切ない音が店に響いた。セレネは空腹を思い出す。
それを見越していたかのように、アルカスが言う。
「馬車の中では、軽食も用意しておりますので」
「⋯⋯ありがとうございます」
何だろう、餌付けされている気がしなくもない。こちらの考えは全てお見通しということか。
セレネは大人しく馬車に乗り、パンを食べながら宮廷へと連行された。




