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〈5−7〉 大事なもの

 日が傾き始め、全てがオレンジ一色に染まり始めた頃、セレネたちは屋敷に戻ってきた。


 結局、籠は変わらずアルディラが背負っている。

 薬草は午前中の時点でいっぱいになっていたので、午後はそれほど摘んでいない。


 アルディラは一切辛そうにせず、むしろ変わらぬ陰鬱さを放っている。

 その淀んだ空気といえば、身内でも死んだのかかくやというほどだ。


 石畳なんて敷かれているわけがない森の中は歩きにくかったのにすごいなぁと、セレネは素直に感心した。

 一応都会育ちのセレネは、足が棒になる寸前だ。やはり、石畳とは素晴らしい。


 まずは屋敷の庭に薬草籠を置きに行く。この後は、一度会議室に集合するはずだ。


「みなさーん! ご無事でしょうかー?」


 聞き覚えのある声が聞こえたので振り向くと、栗色の髪の女性が大きく手を振りながら駆け寄ってきた。

 規範官のイザベル・フェーレだ。


「無事って、どうかしたんですか?」


 きょとんとしながら、ミラが訊ねる。


 言われてみれば、イザベルは何かあったような口ぶりをしている。

 参加者の無事を確かめるような事態が起こったということなのだろうか?


 イザベルは乱れた呼吸を整えつつ、説明する。


「実は、原因不明の体調不良者が続出しまして⋯⋯」


 イザベルは事態をかいつまみ、端的に説明する。


 薬草採集に出ていた参加者たち。その一部が、突然体調不良を訴え始めた。

 症状は倦怠感や鼻詰まり、喉の違和感や目のかゆみ、くしゃみなど。症状は人それぞれで、重さも違う。


 他の三グループは必ず一人以上症状を訴える者が出てきたらしく、昼過ぎには屋敷に戻ってきたそうだ。

 ひとまず服を着替え、隔離して静かな部屋で療養させているらしい。


「皆さんだけ戻ってこないものですから、心配して⋯⋯いやぁ、ご無事で良かったです」


 眉尻を下げ、安心したように微笑するイザベル。


「わ、私は、坂から落ちて死にそうになりました、けど⋯⋯」


 指を捏ねながら、ボソボソと喋るリィナ。


 ルースに抱き上げられて戻ってきた時は、皆唖然としたものである。リィナは白目を剥いて、気絶寸前だったが。

 赤いのか青いのか白いのか分からない顔色をしていた。あれは到底説明できない。


「それって、廃止したはずのギミックが⋯⋯ということはないんですか?」


 小さく挙手をして、セレネは尋ねる。

 イザベルは首を横に振った。


「流行り病なるものを流行させるものや、それに類似したギミックは用意しておりません。第一、私たちも原因が分からずに困っていまして」


(なるほど)


 セレネは顎に手を添え、口の端を持ち上げる。


「エストレラ嬢。もしかして、原因に心当たりが?」


 透き通った緑色の目に期待を滲ませ、イザベルはセレネの方を見る。


(この人、もしかして⋯⋯)


 セレネはその目にどこか引っ掛かりを覚えた。同じような色を、どこかで見た覚えがあるのだ。


(気のせいか)


 まぁ、気のせいだろう。そんなことあるわけがない。

 緑色の目の人なんて、世の中にはいくらでもいるじゃないか。


「セレネ、分かるの? 教えて教えて!」


 同じように期待を滲ませ、目をキラキラと輝かせるのはミラだ。

 リィナ、アルディラ、ルースの三人も、それぞれセレネを見ている。


 ある程度の推測はついているのだが、あんまり言いたくないなぁ、とセレネは思った。


 何せ、昨日の夕方から目立ちすぎているのだ。

 ただ目立たず、この合宿をやり過ごそうと思っていたのに。


 昨日は腹が立ったのであんな行動に出たが、今のセレネは至って冷静である。

 誰か他の人が気づいてくれやしないかと考えてしまうのだ。


 本気で薬師になりたかったら、私情を挟まず行動する必要があるだろう。

 だがしかし、セレネは別にそんなわけではないのだ。ただの花屋で満足している。


 周りがどうなろうが、自分が平和に過ごせているならそれで良い。

 飢えなければ、それで良い。


 無慈悲に思われるかもしれないが、そういう思考なのである。

 ノクスと最初に出会ったときと、思考の根本は変わらない。目立たぬ蕾ほど、踏まれにくい。


「⋯⋯そうやって悩んで、大事なものを失う人間を僕は何人も見てきたよ。家族でも、友達でも、物でも」


 小さな声でとそう喋るのは、アルディラだ。

 長い前髪の下の目は、真っ直ぐとセレネを見据えている。


(大事なもの、か)


 今思い浮かぶものと言えば、やはり植物だ。

 植物学者の父と学んで、養父にも薬草として知識を教えてもらって。


 次に浮かぶものは――家族だろうか。

 特に兄なんかは、五歳で別れてそれっきり。今どこで何をしているのか、これっぽっちも知りやしない。


 できるのならば会ってみたいなと、心の何処かでいつも思っている。


「誰よりも大事な人を失って、十年経っても自分のせいだとを責め続けている人を僕は()()知っている」


 何人もではなく、一人。それは一体、誰のことなのだろう。

 話すことは終わったと言わんばかりに、アルディラはふいと視線を逸らす。


 セレネは横目でイザベルを見る。

 彼女は変わらず、温厚な笑みを浮かべている⋯⋯が、その視線は先程よりもどこか冷めている気がする。


 その視線の先を辿り、セレネの頭にとある推測がよぎった。

 そして、イザベルの瞳に抱いた疑惑が確信に変わりつつある。


 セレネは僅かに目を細め、口を開く。


「⋯⋯分かりました。推測でよろしければ」

「ありがとうございます。意見だけでも、十分に嬉しいです」


 そう言って、イザベルは頭を下げる。

 セレネは付け加える。


「一つだけ、条件をつけてもよろしいでしょうか?」

「⋯⋯? はい、何でしょう」


 目をぱちくりさせるイザベルに、セレネは凛とした口調で告げる。


「イザベルさんとフィエルダ様と、三人でお話することは可能でしょうか」

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