〈5−6〉 薬草がいっぱいの籠
二日目。今日も心地よい気温で、天気は快晴だ。
危ないギミックとやらが廃止されたせいか、二日目は一日中薬草採集。
グループで固まって森に入り、できるだけたくさんの薬草を見つけてくるというものだ。
薬草と毒草の区別をつけるのは勿論、クローバーやカタバミといった似ているが種類は違うものを見分ける力。
それと薬草の効能を把握し、説明する力を身につけるまでが今日の研修である。
採った薬草は、明日の調合で使うとか何とか。
というわけで、セレネたち一行は森に入っていた。
太陽はちょうど真上にあり、一同は昼食を取っている。
昼食は切れ込みを入れたパンにハムやら野菜やらを挟んだものだ。
手づかみで食べられ、持ち運ぶにはぴったりである。
「午前中だけで、籠いっぱいになっちゃったねー」
切り株に腰掛け、足をブラブラさせながら言うのはミラだ。
確かに、各グループに支給された大きな背負い籠には、薬草がこれでもかと入れられている。
ちょっとでも傾ければ、薬草の一枚や二枚落ちるだろうという状態だ。
「私、この森に住みたいですっ。薬草の宝庫ですっ!」
パンを握りしめ、力強く言うのはリィナだ。帰りたいと咽び泣いていたのが嘘のようである。
ちなみに籠に入っている薬草の九割以上は、彼女が摘んだものだ。
小動物の如く冴えた勘で薬草溜まりを見つけ、小躍りしながら両手いっぱいに薬草を抱えていた。
茂みの中だろうが構わず突っ込んでいたので、頭には葉っぱが乗っており、体は泥まみれである。帰ったらまず、湯浴みをしてほしい。
「ここに住めば、親孝行もできます!」
謎の自信に満ち溢れ、リィナは断言した。
薬草の楽園を見たからか、吃りがだいぶ引っ込んでいる。慣れてきたようで何よりだ。
それにしても、娘が合宿へ行き、そのまま親孝行として森に定住したまま帰ってこなくなる。
両親はたまったものではないだろう。案外そういうものじゃないのかもしれないが。
「そういえば、リィナさんっておいくつなんですか?」
見た目は十八歳であるセレネやミラよりも幼いのだが。
年齢を訊ねるのは失礼かと思うが、大して年は変わらなさそうなので良いだろう。
リィナは膝の上に手を置き、背筋を伸ばして答える。
「えっと、二十歳です」
(まさかの二つ年上だった)
驚きつつ、セレネは残りの一欠片を口に放り込む。
ミラが元気よく手を上げ、話に入る。
「私とセレネは十八歳だよ! アルディラとルースさんは?」
堅苦しくなりたくないから、ファーストネームで呼び合おう! という謎の決まり事を忠実に守るミラ。さすがは発案者である。
「⋯⋯二十三」
「私は二十一だ」
億劫そうに答えるアルディラと、真面目に答えるルース。
薬師志望や見習いばかり集まっているせいか、やはり年代は若い。
いつの間に年齢の話になったところで、全員が昼食を食べ終わった。
一行は立ち上がり、午後の探索の準備を始める。
セレネはスカートについていたパンくずを払って立ち上がる。
満杯の薬草籠を背負おうとするアルディラに、リィナが控えめに声をかけた。
「あ、アルディラさん⋯⋯この薬草、ほとんど私が採ったので、私が背負います」
「⋯⋯⋯⋯重いけど」
「だ、大丈夫ですっ!」
アルディラはそれ以上何も言わず、リィナに籠を渡す。
背中がすっぽり隠れるほどの籠をリィナは背負い、あまりの重さにバランスを崩してよろめいた。
「あ、わわっ、わっ⋯⋯」
両手両足をバタつかせるリィナは、石に躓いた。
倒れ込んだ先にあるのは見下ろすだけで足が竦むほど長く、下はなだらかな斜面に続いている坂だけだ。
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁああっっ!」
リィナの姿が消えると同時に、珍妙な悲鳴も遠ざかっていく。
恐らく、坂を勢いよく滑り落ちていっているのだろう。
春になり、草木が生い茂り始めた地面は特に滑りやすい。
幸か不幸か、リィナが落ちた側は森を抜けている。つまり、障害物となる木がない。
セレネ、ミラ、アルディラの三人は坂の下を覗き込む。
それなりに距離は離れているが、リィナらしき影が見える。
「全く、仕方のないやつだな!」
そう叫び、坂の下へ走り――否、勢いよく助走を付けて飛び降りたのは、ルースである。
飛んだ時の高さはないにしても、向かった先は坂だ。前進すればするほど、着地する地面は低くなっていく。
ルースの位置と地面の高さが人二人分ほどに達したところで、ルースは着地する。
(⋯⋯足折れるだろ)
そんな勢いと高度であった。
だがしかし、ルースは痛がる様子もなく駆け出す。
驚異的に丈夫な肉体をお持ちのようだ。もしかすると、痛覚が鈍い体質なのかもしれない。
その光景を共に見ていたアルディラが、ボソリと呟く。
「⋯⋯あの人、鋼とかでできてない?」
全くもって、共感である。
◇◆◇
(ど、どどどどっ、どうしようどうしようぅ⋯⋯私、このまま死んじゃうの?)
なかなかなスピードで滑り落ちながら、リィナはベソベソと泣く。
背負った籠がソリ代わりとなっているせいで、身動きもできないしスピードが落ちる兆しはない。
まさか、ここで人生が終わってしまうとは。
こんな臆病な自分をいつも励ましてくれた両親に、まだ親孝行もできていないのに。
リィナは青い空を見上げ、両親の姿を思い描く。
(⋯⋯あれ、どうしてだろう)
リィナはぼんやり考える。
視界の端、正確にいうならちょうど右側で、人が走っているように見えるのだ。
深緑色の制服にマント――王国騎士団の制服だ。
ルースが来たのかとも思ったが、追いつくには早すぎるかと思い至る。
「貴っ様ぁ! 私の手を煩わせるなぁっ!」
確実にルースのものと思われる怒声が聞こえた。
刹那、背負っていた籠がなくなり、ふわりと体が浮く。
「⋯⋯へ?」
間抜けな声を出しているうちに、ずっと動き続けていた景色がはっきりと見えるようになった。
速度が完全に落ちたのだ。
「あ、ありがとうございます。あと、すみません⋯⋯」
感謝と謝罪を同時に述べ、リィナはそうっとルースを見上げる。
手を伸ばされ咄嗟に身構えるが、そのルースの手はつうっと左手首をなぞった。リィナはぴくりと跳ねる。
「手、捻ったのだろう? 腫れているぞ」
「た、たたっ、大したことないです⋯⋯っ!」
リィナは早口でまくしたてる。
転んだ時についた左手がズキズキと疼くが、冷やして安静にすれば治るだろう。折れてはいないはずだ。
そんなことよりも、顔が近い。近すぎる。
「他に怪我は?」
「ななななな、ないので、大丈夫、です。自分で歩けますっ」
だから下ろしてほしいとリィナは暗に伝える。
ルースはリィナを抱き上げたまま、顔をしかめる。
「貴様が歩くより、私がこうして歩いたほうが速いだろう。亀の如くついてきたとしたら、私は容赦なく貴様を置いていくぞ」
「あうっ⋯⋯」
出る言葉もない。
訓練された精鋭の騎士の体力に、リィナが敵うはずないのだ。
置いていかれてしまえば、迷子になる自信がすごくすごくある。
「せ、せめて、持ち方を変えるとかは⋯⋯」
今のお姫様抱っこみたいな体勢じゃなく、せめて背中に背負うとか。
あたふたするリィナに、ルースは真顔で一言。
「この籠はどうやって背負う」
「⋯⋯⋯⋯」
正論を言われ、リィナは黙り込む。
抱き上げられた時、ルースはリィナの背中から籠を奪い取り、背負っているのだ。見事な早業だったので、忘れていた。
「籠にぶち込まれたければ、別に良いが?」
「だ、大丈夫です⋯⋯」
薬草は心の底から好きだが、薬草と同じ扱いをされたいかと聞かれると、そうではない。
窓辺に干されて乾燥させられたり、すり潰されたり。こう考えると、可哀想だと思う。
かくして、リィナはルースに抱えられたまま、坂の上まで上がったのだった。
恥ずかしすぎて耳の先まで真っ赤になり、穴があったら入りたくなったのは、言うまでもない。




