〈5−1〉 推薦状
「合宿〜 合宿〜 春の薬草合宿〜」
そうご機嫌に歌を歌うのは、薬師見習いのミラである。
カタバミとクローバーが、ごっちゃになって仕分けられてゆく。気になるなぁ、とセレネはウズウズする。
どうやら、春先に研修合宿が行われるらしい。
その通称が、春の薬草合宿だとのこと。
参加できるのは、薬師志望や薬師見習いのみ。
上手くいけば、そのまま資格も取得できるとか。
なので、参加費はそれなりにする。セレネには到底払えやしない額だ。
さらに身元を明らかにするため、必ず後援者、或いは推薦人が必要なようだ。
推薦人の場合は、貴族のみ推薦が有効であり、参加費は推薦した貴族負担。つまり推薦された側は、参加費を払わなくても良い。
後援者の条件は、職についており、一定の収入があることと、血縁者以外だそう。
まぁ、それくらいが妥当だろう。
薬と毒は紙一重。
何か事件を起こされてはたまったものではないので、他人の信頼が必要だということだ。
ちなみにミラの後援者は、師匠であるメディオ。参加費もメディオが払うと言っていた。
曰く、
『さっさと使い物にならねぇと、俺ぁ死んじまうぞ』
とのこと。
七十を過ぎているじいさんは、確かにいつ死んでもおかしくない。結構長生きしている方だ。
不吉なことだが。
「ねぇー、セレネも参加しないの? 一緒に行きたいよ」
「私には後援者がいないから、無理だね」
せがむミラに、素っ気なく答えるセレネ。
たとえ後援者や推薦人がいようと、参加する気はさらさらない。
セレネは、花屋である生活に満足しているのだ。
「師匠じゃあ、ダメなの?」
「養父と養女の関係でも、血縁者になるんだよ」
「へぇ」
薬を練りながら、相槌を打つミラ。
何故、混ぜているのにマーブル状になるのか。甚だ疑問である。
つまり、セレネがその合宿に参加するためには誰か推薦人が必要である。
セレネと面識があり、高い参加費を負担してくれるほど懐の深い人物。
そんなに都合の良い存在が、いるわけない。
それに、もう一度言うがセレネは参加したくないのだ。
たとえ後援者や推薦人がいたとしても、断るし⋯⋯と、この頃のセレネは思っていたのである。
◇◆◇
「セレネさん、セレネさん。今、お暇でしょうか〜?」
「カロンさん、カロンさん。今、とっても暇ですよ」
セレネは棒読みの半目で返した。
たまには、こうして遊び心を込めて返したくなる。
相手は一応伯爵令嬢なのだが、ノッてあげると喜ぶので良いだろう。
相変わらず、ぴょこんぴょこんと珍妙な動きをしながら、カロンは花屋にやって来た。
かと思えば、スカートの裾をつまんで上品に礼をする。
そして、懐から一通の手紙を取り出し、差し出してきた。
セレネは受け取り、中身を読む。
見なかったことにして、そっとカロンに返す。
「もういっちょ、ありますよ~」
カロンはもう一通取り出し、ひらひらと振る。
「⋯⋯いらないのですが」
「では、見せてさしあげましょう」
目にも止まらぬ動きで、カロンは手紙を開いた。
何か良からぬことが書いていたので、セレネは目を逸らす。
その視線を追うように、カロンは手紙を押し付けてくる。
「ほらほら〜 目を逸らさずに〜」
「私は何も見ていません」
「ちゃんと見たでしょう〜?」
「さぁ、何のことだか」
あくまでもしらばっくれるセレネ。
カロンは押し付けるだけでなく、読みたくない場所を指さしてくる。かなりしつこい。
その二通の手紙には、セレネにとって非常に都合の悪いことが書かれていた。
七星家が一家、〈王身を守る星〉フェクダ伯爵令嬢、カロン・ハイド。
宮廷管理官、ノクス・フェリス。
その二人が、セレネ・エストレラを春の薬草合宿に推薦するというのだ。
(七星家の令嬢に、宮廷管理官⋯⋯)
セレネは唇を噛んで眉根を寄せ、時が戻りやしないかと願った。
特に七星家の権力は絶大だ。
中でもフェクダ伯爵家は、王族の最側近とのこと。
やたら政治に詳しいミラから教えてもらった。
セレネが詳しくなさすぎるだけなのかもしれないが。
後援者や推薦人がいたとしても、断れるだろ⋯⋯と思っていたセレネは、内心頭を抱えた。
(断れるはずない!)
どう考えても無理である。特に七星家のご令嬢は。
カロンが発足で、ノクスは面白そうだね、とでも言ってその話に乗ったのだろう。
アルカスが困っている様子がありありと想像できるのは、何故だろう。
或いは、この前の看病がここに響いたのかもしれない。そんな馬鹿な。
「みんなでお泊まり会ですよ〜 楽しそうですよね〜」
「⋯⋯そうでしょうか」
ぴょこぴょこ跳ねながら言うカロンに、セレネは無感情に答える。
基本無愛想なので分かるだろうが、セレネは群れるのがあまり好きではない。
群れなくとも生きていけるし、そちらの方が動きやすいまである。
お泊まり会と言われたとて、心躍るような性格ではないのだ。
「別に、資格を取ったからと言って、必ず薬師になる必要はないんですから〜 あっても損はしませんよ〜」
「それはそうですけど⋯⋯」
カロンは二通の推薦状をセレネに押し付け、素早く店の扉の前まで行く。
「ではでは、来月に行われる二泊三日の合宿、頑張ってきてくださいね〜」
それを捨て台詞に、カロンは帰っていった。馬の蹄の音が遠ざかってゆく。
馬車ではなく馬で来たようなので、走って追いつくのは不可能である。
ドアベルの音だけが、リィン、リィン⋯⋯と寂しげに響いていた。
そんな店内で、セレネは一人項垂れた。
◇◆◇
王城内にある自室にて、ノクスは果実水を舐めるように飲んでいた。
湯浴みを終えたばかりの彼は、寝間着に着替え、結んでいた黒髪も解いて背中に流している。
たった一つの蝋燭と月明かりのみにしんしんと照らされる部屋は、不思議なほどに静かだ。
ノクスは寝台に座り、膝を立ててその上に顎を乗せる。
何も考えずぼうっとしていると、扉が開く音が聞こえた。入ってきたのは、案の定アルカスだ。
最初の一言はなんだろうなぁ、と予測しているとアルカスが口を開いた。
「行儀が悪いですよ」
「分かってる」
ノクスが素っ気なく返すと、マメな従者はいつもの如く眉間を寄せた。
アルカスはサイドテーブルに盆を置く。
その上に載っているのは、コップ一杯の水と睡眠薬だ。
「好きなタイミングでどうぞ」
「ん、ありがと」
ノクスはちらりとサイドテーブルを見たが、すぐには飲まない。
しばらくアルカスと駄弁って、そこから寝るのがいつの間に毎日のルーティンとなっていた。
(⋯⋯疲れた)
今日は慣れないことをしたからか、幾分か疲労の色が濃い。
椅子に座っているだけというのも、なかなかの苦痛なのである。
ノクスは横になり、はあっと憂いのため息を零す。それでも、眠れそうにはまったくない。
「お疲れのようですね」
アルカスの言葉に、ノクスは無言で頷く。
ふと思い出し、ノクスは懐を漁ってとある物を取り出した。
「はい、これ」
ころんと寝返りを打ち、上下反転して見えるアルカスにそれを差し出す。
アルカスは近寄ってき、苦労を滲ませた表情でそれを受け取る。
「大事になさってくださいよ。なくせばどうなることやら」
「⋯⋯別にいいし」
なくなったらそのときだ。どうもこうもない。
ノクスはその身分に固執していない。むしろいらないと思うほどに。
アルカスの手にあるのは、本来の身分を現すためのペンダントだ。
細い金の鎖の先では、太陽をかたどった小さな装飾が月明かりを反射して輝いている。
「ねぇ」
「はい」
「ちょっと聞いて」
「はい」
すぐには言葉を紡がず、ノクスは毛布にくるまる。
以前、この姿を見たセレネは「蓑虫みたい」と言ったそうだ。
自由そうで良いなぁ、とノクスは案外気に入っている。
「兄上が訊いてきたんだけどさ⋯⋯」
アルカスの主人である彼は、三人兄弟の真ん中だ。
それぞれ腹違いの兄弟なのだが、体の弱かった彼は兄弟、特に弟と接した機会が少ない。
ノクスはベッドの端に腰掛け、足をパタパタさせながら視線だけをアルカスに向けて問うた。
「僕って、何歳だっけ?」
自分の年齢を覚えていない本人も本人だが、兄も兄である。
可愛がっているのだから、弟の年齢くらい覚えてやってほしい。アルカスは切実に思った。
「⋯⋯兄君より十歳年下、十八歳ですよ」
「そうだっけ?」
こてんと首を傾げるノクス。
とぼけてはおらず、純粋に覚えていないのだ。それだけ自分に興味がないと言える。
一時期は自分の名前すらも分かっていなかったほどに、無関心なのだ。
『僕』という一人称で問われた。だから、アルカスは十八歳だと答えた。
宮廷管理官ノクス・フェリスは二十四歳。十八歳であるはずが、まずない。
ノクスはまだしっとり濡れている髪を指に巻き付け、俯きながら呟く。
「⋯⋯皆、僕のことなんて放っといてくれたら良いのに」
ノクスは知っている。分かっている。
アルカスの気苦労が絶えないことを。心配してくれていることを。
もっと自分を大切にしてほしいと思っていることも。
周りがそうやって気遣ってくれることも、承知しているのだ。
けれども、ノクスはできない。
自分を大切にする方法なんて、分からない。興味が湧かない。関心が持てない。
アルカスは何も言わず、ただ沈黙する。
ノクスはほのかに唇の端を上げると、サイドテーブルの上にあるコップを手に取った。
もう会話は終わりと言わんばかりに、睡眠薬を一息に飲み干す。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
アルカスは頭を下げ、空になったコップを片付け始める。
ノクスは横になり、薬の効果によって襲ってきた眠気に身を任せ、瞼を閉じた。
ずっと夜ならば良いのに。
そうすれば、ずっと眠ってられるのに。




