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沈黙の花  作者: ななせいな
四章 思い出の花
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〈4−6〉 貴族の嗜み

 辺鄙な花屋に珍しく客がやって来たかと思えば、つい最近見覚えのある人物だった。


 片眼鏡の似合わない男、ウィスである。


 ウィスは気さくに片手を上げて挨拶をする。


「やぁ、まさかこんな場所に店を構えているなんてね」


 暗に、みすぼらしいとでも言いたいのだろう。

 セレネは愛想笑いなど忘れ、半目で言う。


「⋯⋯貶したいなら直接どうぞ」

「いいや、貶してなんかないよ。褒めてもないけどね」


 いちいち言動が癪に障る男である。何だこいつ。


 セレネが不機嫌さを隠さず顔を歪めていると、ウィスの後ろにいる男女二人が口々に言う。


「ウィス。すごく嫌そうな顔されていますよ。まるで不協和音のようです」

「どうやらこちらのレディは、ウィス様のことをあまり良く思っていないご様子」

「レベッカもクリスも辛辣すぎない?」


 レベッカと呼ばれた女は、薄茶の髪を高く結い上げており、紺のガウンとファーのマフラーを身に着けている。

 紅をひいて頬紅をつけている程度の化粧だが、美人と呼ばれる部類に入る顔立ちをしていた。


 クリスと呼ばれた男は、見たところ付き人だろう。

 ウィスとレベッカに比べて服装は簡素なデサインとなっており、荷物も持っている。付き人の割には、確かに辛辣だが。


「花を買うなら、手早くどうぞ」


 遠回しに、長居するなとセレネは言う。

 まぁ、こんな暖を取れるでもない場所に長居する理由はないだろうが。


「この前のお礼に君をランチに誘いたいのだけれど、今日は暇かい?」

「⋯⋯見たら分かる」


 ふてくされつつ答える。いちいち傷を抉らないでほしい。


「うん、暇なんだな」

「ウィス、セレネさんが可哀想ですよ。もっとアッファービレにしてあげてちょうだい」


 ニヤニヤと頷くウィスに、レベッカが淡々と言う。

 アッファービレとは何だろう。セレネは頭の片隅で考える。


「で、どうなんだ?」

「⋯⋯お邪魔でなければ」

「よし、なら早速行こうか」


 花屋に来たなら花買えよ、とセレネは声に出さずに毒づいた。




 ◇◆◇




 連れてこられたのは、王都の中でも特に高級だと謳われるレストランだ。


 暖炉のおかげで暖かな店内は、シャンデリアで照らされ、軽やかなピアノの音が響いている。

 どこを見渡しても裕福そうな身なりの者たちばかりで、楽しそうに談笑しながら食事を楽しんでいた。

 庶民然とした服装のセレネは、やたら浮いている。


 テーブルには白いテーブルクロスがかけられており、花瓶に花まで飾られているほどの上品さだ。

 そこらの店と違うのは一目瞭然。しかも、案内されたのは何故か個室である。


「ここなら、君の格好も浮かないだろう?」


 というのは、ウィスの言である。

 一理ないこともないので、言いたいことは黙殺しておいた。


 四人がけの椅子に四人で座る。


 付き人であるクリスもちゃっかり座っているが、良いのだろうか。

 道中に聞いたが、彼の名はクリスティアン・アシュリーというらしい。


『どうぞ、クリスでもティアでもご自由にお呼びください』


 そう言われたが、セレネは曖昧に返事を返すことしかできなかった。


「コースで良いよね?」


 ウィスが訊ねる。正直何でも良いので、セレネは頷く。

 好き嫌いも特にないし、任せていいだろう。


(追い出された伯爵令息の割に、高そうな店に入るんだな)


 今はアルケーツ伯爵令息でないと、先日言っていた。

 やはり、追い出されたと見て間違いない。


「おい、雑草娘。僕は追い出されてなんかないからな」

「じゃあ、どうしたの?」

「俗に言う婿養子っていうやつだ」

「婿養子」


 その言葉を反芻するようにセレネは呟く。


 話の流れ的に考えて、妻はレベッカだろう。


 アルケーツ伯爵は、大貴族と呼ばれる部類に入るとミラに教えられた。

 ならば、レベッカはそれと同等以上の貴族の家に名を連ねていると考えるのが妥当だろう。


「レベッカ様は、どこの家の方なんですか?」


 ウィスには敬語を使わないが、レベッカには使う。基準は丁寧に扱うべきか否かだ。


 セレネから見たウィスは、貴族というよりパンシチュー屋のイメージが強いためである。

 行きつけの露店の店主に敬語で話し続けるほど、セレネは真面目でない。


 レベッカはしゃんと姿勢を正し、親しげに微笑む。


「紹介が遅れましたね。七星家が一家〈勝利を支える星〉メラス侯爵令嬢のレベッカ・ベルヘンと申します。ウィスの妻です」


(七星家⋯⋯)


 思っていたよりずっと凄かった。


 カロンが名乗るフェクダ伯爵は〈王身を守る星〉、つまり王族の護衛らしいが、メラス侯爵は何だろう。

 〈勝利を支える星〉というほどなのだから、王国騎士団なんかに関係するのだろうか。


 疑問に思っているが口に出せずにいると、ウィスがそれを見越したかのごとく口を開いた。


「メラス侯爵家は軍部を司っている。家にいる者の殆どは、騎士や軍師だ。まぁ僕は運動ができないから、頭で戦をするのだけどね」

「計算が戦に役立つの?」

「勿論さ。勝算とか言うだろう? それと、僕には得意なゲームがある」


 ウィスはそこで言葉を切った。


 すかさず、クリスティアンが机の上に何か広げる。

 そして馬や王女、王の形をした黒と白の駒を並べる――チェスの駒と、携帯用のチェスボードだ。


「チェスは貴族の嗜み。戦略的思考を磨くためのボードゲームだ」


 片眼鏡の奥の目を眇め、ウィスは手早く駒を並べていく。


 チェスが得意ということは、戦略的思考が磨かれている――つまりは、軍師の才能があるということだろうか。

 それに加えてウィスは計算が得意なので、兵士の人数や兵糧、軍資金の算出も出せるということか。なるほど、娘と結婚させてでも欲しがる理由が分かる。


「レベッカもチェスが強いのだよ⋯⋯彼女とするチェスは、本当に楽しい」


 ほうっと感嘆の吐息を零し、ウィスは白の駒をコトリと動かす。すかさず、レベッカが黒の駒を動かした。


 貴族でないセレネは、チェスなんて嗜んだことがない。

 ルールどころか駒の名前も分からぬまま、セレネはそれを眺める。


 二人とも長考しない性格のようで、十秒も経たずに駒を動かしていく。

 盤面の情勢は目まぐるしく変わっているようだが、どちらが有利なのかセレネにはさっぱり分からない。


 しばらくして料理が運ばれてくると、二人は手を止めた。


「ステイルメイトだね」


 ステイルメイトって何だろう、と頭をひねっていると「引き分けのことですよ」とクリスティアンが教えてくれた。


「非常にアパッショナートな一戦でしたね」


 駒を片付けながら、レベッカが言う。

 アパッショナート。これもチェスの用語だろうか。


「チェスのルールくらい、知り合いの貴族にでも教えてもらうと良い。君は物覚えが良いだろう?」


 自分で教える気はないらしい。

 それに、セレネの物覚えの良さが発揮されるのは、植物学と薬学にのみである。チェスに発揮されるかは分からない。


 ベリーソースのかかったステーキが、食欲をそそる匂いを漂わせている。

 ナイフとフォークで肉を切り分けながら、ウィスは残念そうに呟く。


「これだけチェスが強いのに、レベッカの本業は音楽家なんだよね」

「音楽ほどブリランテなものはありませんから」


 自信満々に胸を張って言うレベッカ。


(音楽家なんだ)


 ということは、今まで言っていた「アッファービレ」や「ブリランテ」は、音楽用語ということなのだろうか。


 正体が分かっても意味が分からないなぁ、とセレネは首をひねった。

アッファービレ⋯⋯優しく、親切

アパッショナート⋯⋯情熱的

ブリランテ⋯⋯輝かしい

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