〈4−5〉 爆発実験
人通りの多いところでは危ないからと、セレネは場所を移した。
ついてきたのは、粉屋の三人とウィス、それに数人の野次馬である。
やって来たのはそれなりに広いが人のいない、寂れた場所。
あるものと言えば、枯れた植木くらいだろうか。
よく物乞いを見かける場所だが、今日はいないようだ。
あげるものはないので良かった。こちらとて貧しいのである。
何にせよ、ここなら大丈夫そうだ。
その辺りから拝借した木箱の中に、粉を充満させ、袋の素材でもある麻を入れる。
店から持ってきた花瓶に水を入れ、数字馬鹿に太陽との角度を計算してもらってそこに置く。
これで、箱の中は大凡粉屋と同じ状態となった。
「あとは待つだけです。危ないので、離れていてください」
野次馬たちにも呼びかける。
これで、彼らが好奇心に任せて近づこうとセレネの責任ではない。
「もう少し離れたほうが良いんじゃないか?」
片眼鏡をクイッと押し上げ、ウィスはキラリと目を光らせる。
絶対どうでも良いやつだと思いつつ、優しいセレネは聞いてやる。
「何で?」
「ほら、見たまえ。この地点から箱までの距離。もう少し離れたら、とても美しい数字の並びが完成する。これはかの有名な数学者⋯⋯」
「離れたら良いんでしょ」
どう考えても長くなりそうだったので、セレネは話を遮って一歩下がる。
美しくない! それは下がりすぎだ! という叫びは、面倒なので聞き流しておこう。
言われた通り下がったじゃないか、というのがこちらの言い分である。
ウィスは胸に手を当て、さながら聖句を読み上げる聖職者のように続ける。
「分かるか? 自然界には美しい数字が溢れている。一番分かりやすい例が植物! 花弁の数、重なり方⋯⋯それらが素晴らしい秩序に従っているんだ。一、一、二、三、五⋯⋯」
「そろそろかな」
「人の話を遮るな! っていうか君、いつ離れたんだ!?」
ちょっとずつちょっとずつ距離を開けたので、大人が一人寝そべることができるほどに、セレネとウィスの距離が開いた。
それはさておき、本題に戻ろう。
水の入った花瓶が太陽光を集約し、一点を照らす。
満遍なく地を照らす時は心地よく、暖かい陽光も、一点に集中すれば高温となる。
それは、麻を焦がし、発火させるほどに。
穏やかに降る雨は大地を潤すが、同じ水量が一気に落ちれば洪水となり、街を壊す。
水も光も、理屈は同じである。
野次馬たちが、驚愕の声を上げる。
「同じ音だったか、よく聞いておきなよ」
「勿論さ」
視線も合わせずに会話をした直後、ドンッと鈍い爆発音がし、箱が燃え上がった。
あらかじめ水を汲んでいたバケツを持って走り、セレネは即座に消火する。
ずぶ濡れになった木箱は、プスプスと煙を上げていた。
火種が残っていないかを念入りに確認し、セレネは粉屋たちの方を向く。
「窓辺に花瓶を置くのは、やめたほうがよろしいかと。このように、自然発火の原因となりますので」
曲面のある玻璃製の容器に水を入れると、集光効果のあるレンズが完成する。
容器を通して見える手が大きく見えるのは、そのためだ。
そのレンズが陽光を集め、火種を作った。
爆発するのは、粉が舞い、充満している室内ではよくあることだ。
舞う粉は目に見えないほどに小さい。その分、空気に触れる面が多くなるため、燃えやすい。
一つに引火すれば、その他の粉にも燃え広がり、結果的に爆発を起こすのだ。
「火付けではありませんよ」
分かっているだろうが、一応言っておく。
ウィスが女神を拝むかのごとく視線を向けてきた。うざい。
「いやぁ、疑っちまってすまなかったね」
「次来た時は、おまけしてやるよ」
気さくな態度で、ぽんぽんとウィスの肩を叩く粉屋たち。
「いえいえ、大丈夫です。貰うものと払うものが釣り合わないと、数字的に美しくないので」
頭を搔きながらウィスは言う。変わった謙遜である。こいつ以外に言うことはないだろう。
(ほっとこ)
使った木箱は、ありがたく貰うことにした。
乾燥させて、細かく砕いて畑に撒けば肥料になるのだ。
掃除が終わったところで、セレネは息を吐く。
買い出しをして、昼食を食べて帰ることとしよう。
やることはやったとセレネはスカートの裾を翻す。
ちなみに、セレネが爆発の原因を知っていたことには、きちんと実体験がある。
(懐かしいなぁ)
あれは遡ること、十四年前。セレネが四歳の時の話である。
◇◆◇
その日、リーフ家の三人は腕まくりをし、キッチンに立っていた。
「子どもたちよ! 今日は三人でクッキーを焼こう!」
という突拍子もない父の言葉の元、突然始まったクッキー作り。
別に料理人でも何でもない、ごくごく平凡な植物学者の父はレシピ本を開いた。
用意したのは、小麦粉、バター、蜂蜜、卵、香辛料。
「よぅし、セレネ。父さんが量ったこの小麦粉とバターを、ボウルに入れてくれるかい?」
「うん、分かった」
セレネはバターを入れ、器をひっくり返して粉をボウルに入れる。
思いの外ボウルが重かったので、豪快にひっくり返してしまった。
ぼふんと粉が舞い、二人はケホケホと咳をする。父は換気をし、すぐに空気を入れ替えた。
顔も服も真っ白になったが、まぁ後でどうにかなるだろうと二人してスルーする。
「混ぜるのは力仕事だから、父さんに任せてくれ!」
父は手ですくい上げ、叩きつけるようにして生地を捏ねる。
といっても、まだバターと小麦粉しかないので、小麦粉がさらに舞うだけであった。
「はい、父さん。蜂蜜、卵、香辛料。全部計量したよ」
「おぉ、さすがは我が息子!」
「お兄ちゃん、すごい」
兄は何でもできる。一度にいくつものことを過不足なくこなすのだ。
三日に一度学校にも通っていて、そこでも上位の成績を収めているとか。とにかく凄いのだ。
兄が計量した蜂蜜、卵、香辛料を入れ、父はさらに生地を捏ねていく。
ただひたすらに小麦粉が舞っていたのだが、次第にドンッ、ドンッと生地に重みが出てきた。
叩きつけるたびに、窓がビリビリと揺れる。
「よぅし、次は楽しい型抜きタイムだ!」
「やったぁ」
「はい、父さん。型はここに用意してるから」
用意周到な兄が、型の入った籠を置く。
三人は木の棒で生地を伸ばし、型抜きをしていく。
花や葉っぱ、猫や女の子に男の子――たくさんの形が作られていく。
「セレネ、見て」
兄に肩を叩かれ、セレネは背伸びをして見る。
兄が使っている机は、セレネの背ではまだ見えないのだ。
器用な兄は、ナイフを使って型抜きをしていた。兄の手元には、星と三日月がある。
どちらも、家にある型では作れない形だ。
「わぁ、すごい!」
セレネは目を輝かせ、机に手をかけたままぴょんぴょん跳ぶ。彼女なりの喜びの表現だ。
「焼けたら、セレネにあげるからね」
「お兄ちゃんは、何でもできるね。すごいね」
「セレネのお兄ちゃんだからだよ」
そう答え、兄は茶目っ気たっぷりにパチンとウィンクをする。
その後もどんどん型を抜いていき、ついに焼く行程まで来た。
暖炉の上に鉄板を置いて、そこに生地を並べていく。
あとは、生地がこんがりきつね色になるまで焼いて、冷ますだけ。
「いいか、子どもたちよ。この待ち時間に、片付けをする! 何事も効率が大事なんだ」
こくこくと頷く二人を見て、父は力強く頷いた。
使った道具を洗ったり、出した食材を片付けたり、いらないものは捨てたり。
「お兄ちゃん、これどこ?」
セレネは小麦粉の袋を持ち、ふらふらしながら兄のもとへ歩いた。
小麦粉の入った袋は、両手で持ち上げても子どものセレネには十分重たい。
「小麦粉は二番目の棚の、一番上だね。重たいから、手伝うよ」
「うん。ありがとう」
二人は背伸びをし、協力して小麦粉を上に持ち上げる。
とはいえ、小麦粉を出したのは父。棚の一番上は、父でないと届かない高さにあった。
しばらくして、背伸びに耐えられなくなったセレネが転倒。
さすがの兄も一人では支えられず、小麦粉の袋は盛大にひっくり返った。
細やかに舞った小麦粉は、暖炉の火に引火。
かくして、真っ昼間のリーフ家は大爆発を起こしたのである。
優しいご近所さんのおかげで、火はすぐに消されたそうです。
それ以降の父の口癖は「効率じゃなくて、安全だ!」に変わったそうな。
ちなみに太陽光の集光は、何度も洗濯物を焦がしたという結構ありがちな(本人談)実体験に基づいているという話があります。




