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沈黙の花  作者: ななせいな
三章 美の花
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〈3−6〉 政治って、難しい

 花屋に隣接している庭で、セレネはミラと薬草を摘んでいた。


 そろそろ時期が終わる薬草があまりにも多い。

 ということで、いつもならセレネだけが出向いているのだが、ミラにも手伝いで来てもらった。


 時限爆弾を解除するかの如く慎重な手つきで薬草を摘みながら、それでもミラはいつも通り世間話をする。


「そういえばさぁ、セレネ。流行ってた呪いって、香水だったんだねぇ」

「正しく言えば、柑橘の香水が太陽に晒された結果だけどね」


 あの後、柑橘の香水はやんわりと規制されている。


 今は柑橘を全面的に使わず、あくまで香り付けとして使う程度に量を減らしたものが出回っているようだ。

 それと、長時間外出する日には使わないようにと注意喚起もされている。


 正しく使えば、大して害はない。ただ、使い方を誤っただけなのだ。


 ちなみに言うと、朝に柑橘を食べると良くないとされる理由も同じである。


 火傷痕のようなことにはならないが、肌にシミができたり、肌荒れの原因となったりするのだ。

 美容の豆知識である。セレネからすれば、植物の豆知識だが。


「ねぇねぇ、セレネ知ってる?」

「何が?」

「最初はね、この香水が毒だなんて、そんなことないでしょーって反論する人もたくさんいたんだってさ」


 まぁそうだよな、というのが素直な感想である。普通に考えれば、根拠のない話なのだ。


(実際に試したから、ないことはないんだけどね)


 実験と称し、セレネは自分の体で色々試している。


 基本長袖を着ているので見えることはないが、セレネの左腕には包帯が巻かれている。

 その下には、同じ火傷痕のようなものがあるのだ。

 柑橘を食べ、こぼれた汁がかかったまま陽の下で遊んでいたら、こうなったのである。まぁ、それ以外の傷の方が多いのだけれど。


 すごく熱くて、すごく痛かった。

 そして、すごくじいさんに怒られて、すごく重い拳骨を落とされた。あれは一生忘れない。


 けれども、歴史は繰り返す。

 何があろうと、溢れんばかりの知識欲と知的好奇心は止められない。


 端から見れば物騒な過去を懐かしんでいるセレネをよそに、ミラは続きを話す。


「でも、とある人がちょっと言っただけで皆信じ始めたんだよ。誰だと思う?」


 若葉色のキラキラと輝かせ、セレネの前にやって来るミラ。

 その問いに答える前に、セレネは指摘する。


「薬草踏んでる」

「おっと、ごめんごめん」


 ミラは慌てて仰け反り、またキラキラと目を輝かせてセレネを見る。

 手が止まり、口しか動いていないことは、言った方が良いだろうか。


 セレネはしばらく考え、首を傾げながら言う。


「第三王子?」


 あの場にいた中で、一番発言力があるのは第三王子だろう。名前は忘れた。

 アーモンド殿下だっけ、となっているくらいである。正しくはアーデル殿下だ。


「もー、違うよぉ」


 ミラは首を横に振る。

 何でもすぐに当てるセレネが外したからか、少し得意げだ。


 あぁ、となって、セレネはポンと手を打つ。


「じゃあ、あのローストナッツ公爵令嬢の⋯⋯」

「ローストナッツ公爵なんて美味しそうな名前、初めて聞いたんだけど」


 ミラに真顔で突っ込まれてしまった。

 とても香ばしそうな公爵だ。きっとナッツが好きなのだろう、とセレネも思う。


 ミラははセレネの肩を掴み、ゆっさゆっさと前後に揺らす。


「ノクス様だよ、ノクス様!」

「⋯⋯⋯⋯」


(久しぶりに聞いたなぁ)


 表情一つ変えず――強いて言うなら、ちょっと不機嫌に顔をしかめるセレネ。

 あれと関われば、大抵が面倒なことになるのが何となく分かる。


 もう会うことはないだろうと、長らく忘れ去っていたのに。


「よし、そろそろ宮廷に行こう」


 この話を長引かせたくなかったので、セレネは立ち上がる。

 きちんと手も動かしていたので、籠には青々とした薬草がこんもりと乗っていた。


 この話を続けたかったらしいミラは、落胆の声を上げつつ、駆け足でセレネの後に続いた。




 ◇◆◇




 話題を変えようと思って場所を宮廷に変えたのに、話題は全く変わっていなかった。

 医局を目指しながら、二人は駄弁る。


「セレネ、王子様に会ったんだぁ! ねぇねぇ、王子様、格好良かった?」

「あー⋯⋯まぁ?」


 ただちょっと、私が誰か分かっているのか!? と喚き散らしたり、自立心旺盛なお年頃なだけであって。

 顔立ちは良いと思うし、金髪碧眼と貴族に好まれやすい色彩を持っている。頭も悪くないように見えた。


「第三王子といえば、ジェスタール公爵の後ろ盾がついてるんだよねっ!」


 博識でしょ〜? と言わんばかりに、横目でセレネを見るミラ。

 セレネは眉をひそめ、ぼそりと一言。


「ジャムスコーン公爵?」


 ティーパーティーでも開かれるのかかくやという、上品なお名前である。


 はてさて、ずっと昔にどこかで聞いたことがあるようなないような。


「ジェスタール公爵ね。言うと思ったけど」


 ミラは冷静にツッコんだ。


 やはり、植物名以外が覚えられない。

 そして、試されていた。何だか複雑な心境である。


「で、そのジャムスコーン公爵は凄い人なの?」

「えぇっ!? 知らないの?」


 大袈裟なリアクションをし、ミラはしたり顔で話し始める。


 ジェスタール公爵は、貴族議会の実権を握っているほどの大貴族。

 数々の重要な外交を成功させており、若い頃からここシュタール王国の発展に尽くしているらしい。


 権力を手にするためなら何でもし、第二王子の母方の祖父でもあるそう。

 なるほどそこまで凄い人なら、小さい頃に一度や二度は聞いたことがあるはずだ。


「第二王子が孫なのに、第三王子の後ろ盾なの?」


 なかなか不思議な話である。何か策略でもあるのだろうか。

 それとも、両方推しているのだろうか。だとしたら、相当欲張りである。


「⋯⋯セレネ、ほんとに何も知らないんだね」


 ミラは半目で言う。いつもと立場が逆である。

 薬が分からないミラと、植物以外が分からないセレネ。どっちもどっちだ。


 ジェスタール公爵は第二王子も第三王子も両方推しているわけではなく、第三王子一筋らしい。


 理由は単純明快。


 第二王子は幼少期から、社交界にほとんど姿を表せないほどに病弱なのだ。


 幼少期は祖父に連れられ、体調が(かんば)しければ、夜会などにも出ていたらしい。

 だが、九年前に大病を患い、そこからは一年に一度姿を現すかどうかという状態だそうな。


 それでは王位も望めない。

 なにせ執務すら行わず、学校にも行かず、ただ王宮に引きこもっているだけなのだから。


 権力が欲しいジェスタール公爵が、可愛い孫である第二王子を諦めるのにも納得が行く。


「じゃあ、第三王子が王太子なの?」

「自分の国の王太子が誰かくらい把握しようよ、セレネ」


 正直に言うと、セレネは王が誰でも良いのだ。ある程度平和な世なら、それで良い。


 国王は王太子が誰か公言していない。つまり、現在不在だ。

 影の薄い第二王子は置いておいて、国内貴族は第一王子派と第三王子派で見事に対立しているらしい。


 前者は剣術馬術に優れており人当たりが良い。後者は無骨で、後ろ盾が強いのでその影響が強い。

 ちなみに、第一王子は二十七歳、第三王子は十四歳とかなり歳が離れているそうな。


(政治って、難しい⋯⋯)


 やっぱり関わりたくないなぁ、とセレネはひとりごちた。

 これだけ知っているミラを、素直に尊敬する。

〈おまけ ジャムスコーン公爵〉


セレネ  「え、やっぱりジャムスコーン公爵ですよね?」(真剣)

ノクス  「美味しそうだね。すっっごく美味しくなさそうだけど」(ニコニコ)

アルカス 「はぁ⋯⋯」(眉をひそめて)

カロン  「ジェスタール公爵ですね〜 やだセレネさんったら、ユーモアがあるぅ〜」(左手にはジャム、右手にはスコーン)

ミラ   「だーかーらー、ジェスタール公爵だってばぁ!」



おまけの第三王子アーモンド(アーデル)

「⋯⋯ジャムスコーン公爵? ジャムスコーン公爵? もしや、ジェスタール公爵? いやでも、ジェスタール公爵を知らんやつがいるのか⋯⋯? よもや、そんなふざけた名前にするなど⋯⋯」(腕組みをしながら)



ジェスタール公爵はとっても凄い人です。正しい名前で覚えてあげてください。

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