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沈黙の花  作者: ななせいな
三章 美の花
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〈3−4〉 公爵令嬢、再び

 やって来たのは、王城にあるティールーム。


 緻密な彫刻が施された猫脚のテーブル。

 花瓶に生けられた花は、フリルのような花弁を持つ淡いピンクの薔薇。


 贅を尽くされ、芳香な紅茶や茶菓子が香る部屋には、それにそぐわぬ空気が漂っていた。


 真っ青な顔で俯き、微かに震えているのは、柑子(こうじ)色のドレスを身に纏っている令嬢――ローデンベルク公爵令嬢のカレンデュラ・ヴァレンティ。


 その側で狼狽えているのは、金髪碧眼の少年。こちらは全く見覚えがない。

 それなりに整った顔立ちをしており、纏っている服は金糸の刺繍が施されたものと非常に上質だ。


「あちらがカレンデュラお嬢様でございます」


 それだけ言うと、侍女はカレンデュラの元へ寄り、じっと佇む。特に何かするわけではなかった。


「んじゃあ、セレネ、行ってこい」


(いや、私で良いの?)


 二度目なのだが、つくづく疑問に思う。

 見習いでもないセレネが、ここまでの高位貴族の手当てをしても良いのか。


 だがメディオに顎で示されたので、セレネはカレンデュラの元へ行く。拳骨を落とされたくはない。


「き、貴様、何者だっ!」


 セレネを指さし、唾を飛ばしながら言う狼狽えていた少年。


 見栄を張ろうとしているのは分かるが、なにせ威厳が足りない。

 年は十五、六歳ほどだろうか。明らかにセレネよりも年下である。


(何者もなにも)


「宮廷薬師の見習いです」


 サラリと嘘をつくセレネ。正確には、宮廷薬師の養女です、だ。


 放置されるか、花屋の小娘に診られるか、或いは完全素人の自分たちで対処するか。道は三つだ。

 どれが最善手になるかは、時と場合による。今がどれかは、セレネにも分からない。


「貴様、私が誰か分かっているのかっ!?」


(分からないです)


 若い貴族というものは、皆こんな人なのだろうか。自分を知ってほしくてたまらなさそうだ。

 至極冷静な感想を持つセレネ。


 陽光が眩しいので、セレネは一言訊いてからカーテンを閉める。

 瞬きするたびに視界が白くなるが、じきに収まるだろう。


 その後ろで、少年は腰に手を当て、キリリとした顔つきで言い放つ。


「私はシュタール王国第三王子、アーデル・フーレイ・ジュア・シュタールだっ!!」


(おぉ、第三王子)


 少々驚きつつも、作業の手を止めないセレネ。

 王族初めて見たなすごいな、としか思わない。


 ひとまず、肌の状態を診ていく。


 首元、胸元、手首の辺りが、火傷したように赤く爛れている。

 特に手首は痒いのか、引っ掻いた痕がいくつかあった。


 セレネは視線を上げ、カレンデュラの方を見る。


「カレンデュラ嬢、何をしていたかを教えていただけますか?」

「ア、アーデル殿下と、ここで茶会を⋯⋯」 


 カレンデュラは尻すぼみに呟き、目を伏せる。これは相当落ち込んでいる。


 話を要約すると、婚約者候補同士で優雅にお茶会を開いていたらしい。


 カレンデュラは落ち着きなく視線を彷徨わせている。

 今噂になっている呪いにかかっているのだから、この反応で正解だろう。


 カレンデュラはセレネのことを覚えていたようで、一瞬口を開いて何かを言いかけていた。まぁ、すぐに口を閉じていたけれども。


 そこに、先日のように高笑いをする自尊心高めの公爵令嬢はいない。

 ただただ、未知の呪いに怯えているだけだ。


「では、殿下。処置をいたしますので」


 ちょっと離れてくれませんか、と暗に伝えるセレネ。今はほとんど真後ろにいる。とても近い。

 アーデルは大人しく引き下がり、腕組みをしてこちらを熟視する。


 その時、扉が軽く叩かれてから開いた。


 入ってきたのは侍従服を身につけた青年と、白衣を羽織り、杖をついた医者らしき老人だ。

 前者はアーデルの侍従、後者は医者で正解だろう。


「お医者様をお連れいたしました」


 侍従は胸に手を当て、丁寧に腰を折る。そしてまた、どこかへ去っていく。


「医者来たんなら、もう良いな。俺ぁ馬鹿弟子が心配だから、帰るぞ」


(私は?)


 セレネはぽかんとするが、既にメディオは去ってしまった。


 代わりとして、医者が杖をつきながらこちらに近づいてくる。

 海老のように背中が丸まっており、ボサボサの眉毛に埋もれている目は見えているのか怪しいレベルだ。


「では、私もこれで失礼いたします」

「あぁ、嬢ちゃん。ちょっと待って」


 医者に呼び止められ、セレネは半眼になりつつ立ち止まる。


 医者は眉毛と同様ボサボサの髭を手で扱きつつ、カレンデュラの近くで目を細めて唸る。

 そして、とぼけた口調で一言。


「ワシ、近くが見えんのよね。嬢ちゃん、ちょっと代わりに手当してちょ」

「⋯⋯⋯⋯」


 それでも医者か、というのが本音である。


 日にち薬を処方しがちな宮廷薬師といえど、王城や宮廷の医療関係は適当すぎやしないか。

 はてさて、管理官は誰なのやら。


「なぁに、エストレラ君の養女(むすめ)さんでしょ。上手にできるって」

「⋯⋯⋯⋯」

「いやぁ、こんなに大きくなっちゃって。立派になったねぇ。ワシ、感動しちゃうよ」

「⋯⋯どうも」


 セレネは、辛うじての三文字を絞り出した。

 一体何の話をしていただろうかと、遠い目をする。


 恐らく、この老人とはずっと昔に会ったことがあるのだろう。

 薬師と医者なので、接点はあってもおかしくない。


「⋯⋯貴様ら、早くカレンデュラの手当てをせんか」


 低く唸る声が聞こえたかと思えば、アーデルのものだった。ご(もっと)もな指摘である。


 医者はアーデルの方を向き、目を細める。顔を確認しているのだろう。

 きちんと認識できてから、変わらずとぼけたように言う。


「おっと、ごめんなさいね、殿下。じゃ、ワシはここで見守ってるからヨロシク。道具は自由に使っていいからね」


 侍女に椅子を引かれ、医者はそこに腰掛ける。本当にやる気ゼロだ。

 何だったら、紅茶を用意してもらって飲んでいるまである。本当に、何をしにきたのか。


 セレネは特に食い下がることなく、諦めてカレンデュラの方に向き直る。


(相っ変わらず、香水の匂いがキツイな)


 顔をしかめたくなるが、ダメだダメだと言い聞かせて耐える。


 香水をふんだんに使えるということは、裕福な象徴だ。

 特に柑橘系は、収穫できる場所が限られている。まずこの辺りでは無理だ。


 王侯貴族しか食べられない超高級品。宴会に出すだけでも、富を象徴できる。


 香水をつける場所といえば、首元や胸元、それに手首なんかが多い。

 そう、まさに今爛れている箇所と同じ――。


(⋯⋯まさか)


 一つの可能性が頭をよぎり、セレネは(たず)ねる。


「今つけていらっしゃる香水って、流行っているものですか?」

「え、えぇ、そうよ⋯⋯行商人から買ったの。良い匂いでしょう?」


 ちょっと鼻を高くするカレンデュラ。セレネの言葉を、褒めてもらったと取ったようだ。


「あぁ、今季はこれが流行るからと母上が言っていたな⋯⋯」


 アーデルが後ろで呟いた。母上、ということは王妃だろう。

 この国にいる三人の王子はそれぞれ母親が違ったはずなので、第三王妃か。


(⋯⋯そういうことか)


 セレネの頭の中で、バラバラだったピースが繋がる。


 最近流行っている、柑橘の香水。

 裕福な王侯貴族だけが身につけることができ、その多くは女性。


 この前カレンデュラと出会った時、太陽は見えず、天気は曇りだった。

 だが今日は違う。既にカーテンを閉めてしまったが、日差しの強い晴れだ。


 セレネの予想が正しければ、同時に何人も呪いの症状が出たことに合点が行く。

 王侯貴族だけだったのも。それが呪いと呼ばれるのも。


「ねぇ、この呪いは薬で治るの? あたくしの美しい肌は取り戻せるの?」

「えぇ、大丈夫ですよ。ご安心ください」


 セレネは僅かに口角を吊り上げて言う。

 愛想笑いではない。謎が解けたことによる好奇心からくるものだ。


「これは呪いでも何でもないですから」

〈宮廷の責任者である、宮廷管理官に聞いてみようのコーナー〉


Q.宮廷薬師でも、その見習いでもないセレネが対応しても良いんですか?


A.「別に、良いんじゃないのかな? 知識も腕もあるみたいだし」(頬杖をつきながら)


Q.でも、相手は貴族ですよ? 万が一があったらどうするんですか?


A.「⋯⋯⋯⋯?」(きょとん。紅茶を飲んでいたため、回答なし)


以上、執務室からでした。


「うちの主人がすみません、こちらにも事情があるんです⋯⋯」とアルカスが丁寧に謝罪してくれました。


くだんの宮廷管理官は、のんびり書類作業でもしていると思います。

出番はもうしばらくお待ち下さい。

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