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沈黙の花  作者: ななせいな
三章 美の花
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〈3−3〉 溢れたところだけ、綺麗になる

「ミラ。この前言ってた呪いの話、詳しく教えてくれる?」


 クローバーとカタバミが山盛りになっている籠と睨み合っていたミラは、顔を上げる。

 パッと明るい笑みを見せ、胸をドンと叩いた。


「りょーかいっ!」


 そして、ミラはゲホゲホと咳き込む。どうやら、胸を強く叩きすぎたらしい。



 ◇◆◇




「じゃあ、呪いを受けたのは皆、貴族ってこと?」

「そうそう。今んとこはね」


 温かいハーブティーを淹れた二人は、医局で茶会の真似事をしていた。薬師見習いと花屋に、洒落た茶菓子を用意する余裕はない。

 精々セレネが自家栽培した果物くらいだが、残念ながら手持ちにはない。


 ついでに言うと、茶葉は積み重なった薬草の中からくすねたものだ。

 大して量は使っていないので、宮廷薬師のじいさんことメディオにはバレないと信じたい。


(呪いを受けたのは貴族のみ。その大半は女性で、年齢の振り幅は割と広めか)


 守秘義務なんていう言葉、ミラには存在していない。


 本来ならば注意すべきだが、セレネはここぞとばかりに情報を聞いていた。

 貴重な噂の情報源だ。信憑性は今一度、考えねばならないが。


 ちょうどその時、扉が開いてメディオが戻ってきた。

 さながら一戦終えた猛獣のような殺気を漂わせ、控えめに言って近寄りたくないが、いつも通りだ。


「お疲れ様」

「おかえり、師匠!」


 セレネは持ってきた薬草を見せようと、ミラは仕分けたクローバーとカタバミを見せようと、それぞれ立ち上がる。

 机の上にあるハーブティーから目を逸らさせるためだ。打ち合わせもしていないのに、二人の息が合った瞬間であった。


 メディオは平然といるセレネを見て言う。


「お前来てたのか?」

「事前に知らせたでしょ」


 そもそも定期的に来ているので、言わなくとも分かるはずだ。


 メディオは鼻をスンスンさせ、鋭い眼光でセレネを睨む。


「セレネお前⋯⋯また薬草使ったな?」


 さすがは熟練の薬師。犬の如く鼻が良い。

 セレネは持ってきた薬草籠をメディオに押し付けつつ、しらばっくれる。


「ふぅん。気のせいじゃないの?」

「とぼけんな、馬鹿が!」

「ほら、これ持ってき⋯⋯いてっ!」


 言い終わる前に拳骨を落とされ、セレネは涙目で頭を抑える。


 その拍子に机にぶつかり、カップが床に落ちた。

 幸いカップに傷一つないが、ハーブティーはじんわりと床に広がっている。


 その様子を見たミラが、呆れたような声を上げ、雑巾を用意する。


「もー、ドジなんだからぁ」

「ごめん。拭くから、貸して?」

「はい、どーぞ」


 ミラから雑巾を受け取り、セレネは床を拭く。


「溢れたとこだけ、床掃除ができて良いじゃねぇか」


 床を拭くセレネを一瞥し、ミラが作ったマーブル模様の軟膏を均等に練るメディオは言った。

 何かを溢した時に言う、お決まりのセリフである。


 何事も前向きに捉えなければならない。溢れたところだけ、綺麗になる。


 口を尖らせながら床を拭いていると、コンコンと控えめに扉が叩かれた。


「はいはーい」


 ミラが扉を開けると、そこにはメイド服を身につけた女が立っていた。

 金の髪をきっちりと結い上げた女性。

 人の顔と名前をいつまでも覚えないセレネにしては、珍しく見覚えがあった。


(えっと⋯⋯ローストナッツ公爵令嬢の侍女の人だ。お嬢様)


 正確にはローデンベルク公爵令嬢の侍女なのだが、そんなことセレネに知る由はない。

 ラッパをパカパカ鳴らしてた迷惑な人、として記憶に残っている。


 ちなみにカレンデュラの名前を覚えていたのは、花の名前だからである。

 カレンデュラは、ナスタチウムとも呼ばれる花だ。


 花言葉は乙女の美しい姿、あふれる慈愛、別れの悲しみなどだ。


 明るいオレンジや黄色の花を咲かせるカレンデュラは黄色いバラと同じ理由で、ネガティブな花言葉が多い。

 それでも、太陽に向かって咲く姿やハーブとしての利用から、ポジティブな花言葉もしっかりとある。

 オレンジ色の巻き毛と花の色が酷似していたので、割の印象に残ったのだ。


 人の名前は覚えられないが、植物が絡むと覚えられる。それがセレネである。


 侍女は一礼し、口を開く。


「呪いを解く薬をいただきたく、参りました」


(喋れるのかよ)


 あれだけ見ていても喋らなかったので、てっきり口が聞けないのかとでも思っていた。


 何かと重要な秘密の多い貴族は、声を持たない者を雇うことがしばしばある。

 彼女もその例に漏れないのかと思ったのだが、普通に喋っていた。


「患者はどこだ? 医者には見せたのか?」


 また呪いかよ、めんどくせぇという呟きは、聞こえなかったことにしよう。


「カレンデュラお嬢様は王城の庭園にいらっしゃいます。お医者様は先程呼びに行きました」


 何もしない盛り上げ役の侍女かと思ったのだが、仕事はちゃんとできるようだ。

 さすが、第三王子の婚約者候補になるほどの公爵令嬢の侍女だけある。


「俺ぁ、宮廷薬師だぞ? 王城常駐の薬師はどうした」

「同様の呪い騒動により、留守にしておりました」


(同時に何人も起こっているのか?)


 それも、王城常駐の薬師が全員留守にするほどに。

 いくらなんでも、タイミングが被り過ぎではないだろうか。


 訝しむセレネに、メディオは言う。


「んじゃあ、行くか。セレネ、ついてこい」

「私?」


 薬師でも、見習いでもないセレネに、何故行く必要があるのか。行くならばミラではなかろうか。


「馬鹿弟子は留守番だ。医局は常に、誰かいなくちゃいけねぇだろ。それに、お嬢様っつーのは厄介なんだ」


 まだ年若いお嬢様は敏感だ。

 たとえ下心がないと分かっている老人でも、異性に触れられるのを良しとしない人もいる。


 ならば、比較的年が近くて女のセレネを連れて行くということだ。

 ちなみに、ミラが未だに見習い薬師としていられる理由である。


(いやでも私、ただの花屋⋯⋯)


 養父が薬師であるとての話である。まぁ、多少の心得はあるが。


「いくら馬鹿弟子でも、留守番くらいできっだろ」


 ケッと吐き捨てるメディオ。

 また別の患者が来た場合は、一体どうするのか。マーブル模様の軟膏を提供することになってしまうかもしれないのに。


 そんなミラは、のんびりとハーブティーの残りを啜っていた。何か、ちょっと羨ましい。

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