〈3−2〉 旧庭園
セレネが連れてこられたのは、宮廷の奥まった場所にある旧庭園。
敷地的には王城、狭めて言うなら宮廷に入るが、錆びた鉄柵には立入禁止の看板が掲げられている。その文字もとうに掠れて読みづらいが。
赤毛の女性は古びた鉄柵をよいしょと開け、迷うことなくずんずんと奥へ進んでいく。
突然木の上から降ってきた女性に連れ去られているセレネは、逃げることを諦め、されるがままにされている。
何故、セレネの名を知っていたのか。何故、セレネでないといけないのか。
浮かぶ疑問は絶えることを知らない。
ヘアピンで鍵を開けている時点で、少々犯罪じみて見えるのは気のせいだろうか。
(にしても、宮廷にこんな場所があるんだな)
案外広いものだと、セレネは周りを見渡す。
木に押し込められ、覆い隠されるような位置にあるので、上からでも見えにくいだろう。
庭師が管理せずとも、淡桃色の薔薇は美しいアーチを作っている。
晴れていたら、もっと綺麗に見えただろうに。
枝が伸び放題ということはないので、放置されて然程時は経っていないのだろうか。
だがしかし、看板の具合から見たら数十年は経っていると思うのだが。
いくつもの薔薇のアーチをくぐって奥まで進むと、水がひかれていない枯れた噴水が見えた。
こちらも劣化具合から随分と放置されているように見えるのだが、やけにこの辺りは小綺麗だ。蔦の一つも生えていない。
宮廷北側にある貯水池とは違って、こちらは庭師が手入れしているのだろうか?
(いや、生えてはいるのか)
噴水と地面の境目辺りに、蔦が何本も絡まっている。断面は綺麗なので、刃物か何かで切ったのだろう。
だが、庭師の仕事にしては少々荒い気がする。
植物のこととなるとまじまじ観察したくなるが、今は自重しておく。初対面の人がいるのだ。
初対面の人が、突然草をちぎって食べ始めたら驚くだろう。
「よし、この辺にいたしましょうか〜」
ご丁寧にハンカチを敷いて、赤毛の女性は噴水の縁を勧める。セレネは勧められた通りに腰掛ける。
正直に言うと、見るからに上等なハンカチを下敷きにしたくない。
「ではではセレネさん、はじめまして。名もなき者でございます」
絶対に名がある自称名もなき女性は、キリリと妙に決まった顔で言う。
「⋯⋯名乗ってもらえると嬉しいのですが」
セレネはちゃんと訊いておく。
女性はぴょんと跳ねるように立ち上がる。
そして、スカートの裾をつまんで淑女らしい礼をした。
「七星家が一家〈王身を守る星〉フェクダ伯爵令嬢のカロン・ハイドと申します。どうぞ、気軽にカロンさんとお呼びくださいませ。セレネさんのことは存じておりますので、自己紹介は結構ですよ〜」
伯爵令嬢。やはり名がある。
そして七星家。初めて聞いたが、字面からしてなんか凄そうだというのは分かる。
カロンさんなんて気軽に呼べるような関係ではないが、呼ばないとしつこく言われそうだと思った。
「では、カロンさん」
「はいはい何でしょう、セレネさん」
「家に帰りたいのですが」
「いつかはきっと、帰れますよ〜」
絶対、と言ってくれないところが不安になる。そこは嘘でも絶対と言ってほしい。
足をぶらぶらさせながら、ニコニコしているカロン。
余裕たっぷりだ。どこか腹が立つ態度でもある。
セレネは嫌な顔をするのを抑えつつ、尋ねる。
「⋯⋯私に何をさせたいんでしょうか」
人に言えないようなことはやめてくれよ、とセレネは願う。
なにせ先程、カロンはヘアピンで解錠しているのだ。とても伯爵令嬢とは思えない。一体、どんな教育を受けてきたのか。
カロンは目の上に庇を作り、ぐるりと周囲を見渡す。
絶対誰もいないだろうに、いちいち仕草が大袈裟だ。
そして内緒話をするように口の横に手を添え、声を抑えて言う。
「上流階級を中心に流行っている呪いの話、聞いたことありますか〜?」
「⋯⋯まぁ、風の噂程度に」
医局に薬草配達に言っているので、手より口が動くミラからいくらか話は聞いた。
ミラの言っていることにいまいち信憑性が持てないので、全く気にしていなかったが。
「さすがは安心と信頼のセレネさん。話が早くて何よりですね〜 ところでところで、どこまでご存知でしょうか〜?」
安心と信頼とはなんだろう。
ツッコミどころが多すぎて、セレネは次第に考えるのをやめていく。
ミラから聞いた話をまとめるとこうだ。
上流階級を中心に流行っている、謎の呪い。
普段通りの日常を送っているだけなのに、突然肌の様子がおかしくなる。
赤くかぶれ、爛れる。どれだけ念入りに手入れをしてもだ。
メディオが悪態つきながら軟膏を練っていたのを、セレネは思い出した。
なお、仕事増やすなよ、日にち薬で治んだろ、こん馬鹿がっ! ――とは、宮廷薬師であるじいさんの言である。それで良いのか、宮廷薬師。
ミラもそれを手伝い、不思議なことにマーブル模様の軟膏を完成させていた。
逆に凄いと思うが、混ざりきっていないのは確かなので、拳骨を落とされていた。
「⋯⋯私が知っているのは、これくらいですが」
なにせ、情報源が信用ならないのだ。申し訳ないが。
四年経ってもクローバーとカタバミすら見分けられないような、愛嬌はあるが天然ポンコツ少女の話なのである。
カロンは満足気にうんうんと頷き、十分ですね〜 と言う。
今の淀んだ空とは一転、カラリと晴れた天気のような口調だ。
(上流階級を中心に流行ってる呪いかぁ)
上流階級を中心と言いつつ、実際呪いを受けた人は皆上流階級なのだろう。
宮廷薬師が忙しくなっているということは、そういうことだ。
にしても、呪いとは一体何だろう?
顎に手を添えて考え込むセレネ。その様子を覗き込み、カロンはクフクフと笑う。
「セレネさん、気になるんですね〜?」
「⋯⋯そんなことないですよ」
うぐっ、と一瞬詰まったが、セレネは動揺を押し殺すように淡々と答えた。但し、視線は逸らして。
実はちょっと気になっているなんて、口が裂けても言えない。絶対に巻き込まれる。
セレネは長いものに巻かれず、ただ花に囲まれていたら良いのだ。
「も〜 ほんとは気になるくせに〜 素直じゃないなぁ〜」
返答の間を見逃さなかったのだろう。揶揄うように、セレネを指でつつくカロン。
これはなかなかの煽り上手だ。人の神経を逆撫でするのが絶妙に上手い。
「全っ然、気になりませんから」
「全く? これっぽっちも?」
ニヤニヤと詰め寄るカロン。セレネは負けじと対抗する。
「はい。全く、これっぽっちもです」
「へぇ〜 そうなんですか〜」
へぇ〜 へぇ〜 と何度も繰り返すカロン。
結局、同じようなやり取りを三十分ほど繰り返した。
その対決の決着は――
数日後、宮廷の医局にて。
「ミラ。この前言ってた呪いの話、詳しく教えてくれる?」
セレネは好奇心に負けていた。
決してカロンにではないことを、ここに特筆しておく。




