〈2−7〉 叙爵式
城の中庭は、朝の光に満ちていた。石畳は夜露を残し、冷たい空気が足元に澄んでいる。
この日、異民族討伐の功績として、騎士爵の叙爵式が行われた。
城の中庭で晴れ晴れとした表情を見せているのは、まだ若い金髪の青年。
身につけているのは、深緑色をベースとした真新しい制服にマント。王国騎士団の制服だ。
今日この日、騎士爵を授かるこの青年は、王国騎士団に所属することが決まっていた。
青年は中央へ進み、定められた場所で片膝をつく。
差し出された剣が、陽光を受けて静かに光る。
式典を取り仕切るのは、七星家が一家〈天意を告げる星〉アリオス伯爵。
伯爵はそれを受け取り、刃先から柄までを一度だけ確かめた。
剣が肩に触れ、わずかに重みがかかる。風が中庭を抜け、旗が低く鳴った。
その動作は簡素で、だが確かだった。
返された剣を青年は腰に帯び直す。
立ち上がった背は、先ほどよりも迷いがない。
見守っていた騎士たちは、無言のまま一歩だけ姿勢を正した。
石畳の端で、書記官の羽ペンが紙を走る。
その記録が終わる頃、式は静かに結ばれていた。
青年は深く頭を下げ、堂々と騎士に相応しい態度で言った。
「王国に忠誠を。わたくし、ヴァルター・クラウスは、不正に背を向けぬことを誓います」
それは、誇り高き騎士としての言葉だった。アリオス伯爵は、しっかりと一つ頷く。
「うむ。我がアリオス伯爵の名に誓って、汝を騎士と認めよう」
澄み渡る碧空に、吹き抜ける風。
それに乗って舞う葉――その全てが、彼の門出を祝っていた。
◇◆◇
「叙爵式は、無事に終わったのかな?」
「そのようですね」
ノクスとアルカスは、宮廷管理官の執務室から、窓の外を眺めていた。
宮廷の中庭を歩く人は、普段に比べていくらか多い。
皆、王国騎士団の制服をきっちりと着こなしているので、式に参加した者だと自然に分かる。
今回の叙爵式がそこまで大々的なものでなかったのは、叙爵される者が一人しかおらず、まだ二十歳と若かったから。
それに、与えられるのは騎士爵と、まだ低い位置の爵位だから。
――それが、表向きの理由である。
式に使う費用削減という意味合いもあるが、実は今回の叙爵、周囲の貴族たちはあまり肯定の意を示そうとしていなかった。
今回の式の主役であったヴァルター・クラウスは、先の異民族討伐に参加した剣士である。
だが、戦いにて武勲を立てたわけではない。
帰路の野営にて起きた中毒事件。
原因はくだんの花屋が言っていた通り、毒を含む生木を燃やした煙だとわかった。
つまり、村人たちはとばっちりを受けそうになっていたのだ。
その時、判断を焦らず、冷静にその場を治めたのがヴァルターだった。
戦場において、感情に任せず、常に冷静な視線を保てることは大切だ。
そう評価されたのである。
ノクスは人の流れが少なくなってきた頃、アルカスの方を見た。
「⋯⋯そろそろ良いかな?」
「かしこまりました」
ノクスの意図を読み取った従者は、静かに執務室を後にした。
◇◆◇
騎士爵を賜った青年、ヴァルター・クラウスは、ちょっぴりソワソワしながら宮廷の中庭を歩いていた。
濃いブルーの目は、何かを探すように泳いでいる。
本当ならば、頭も動かして周りを見渡したいのだが、騎士となってすぐそんな行動をするのはどうかと自制している。
(ここにもないか⋯⋯)
がっくり肩を落として落ち込みたかったが、自分は騎士になったのだから、と何とかこらえる。
せめて今日一日くらいは、格好良く過ごしたい。
意味はない。ただの意地である。
それでも抑えきれず息をこぼし、ふと顔を上げると、目の前に栗色の髪の男が立っていた。
真面目そうな男は、真面目そうに一礼する。
見たところ、誰かの従者と言ったところか。
「クラウス様。少しお時間よろしいでしょうかと、主が伺っております」
「⋯⋯はい」
主とは誰だろう?
ヴァルターは平民出身だ。実家は機織り職人である。
王侯貴族との面識は、ほとんどない。
騎士爵は準貴族だ。
貴族と平民の合間という、何とも位置づけしにくい地位である。
一代限りで、粗相をしたら、爵位は即剥奪。
端的に言えば、平民よりちょっと偉い、くらいの立ち位置である。
従者をつけている者なのだから、ヴァルターに会いたいというのは、相応の身分の者なのだろう。断れないことは分かっている。
ヴァルターは頭を捻りつつ、その男について行った。
連れてこられたのは、自分が今まで足を運んだことがない場所である。
宮廷の中でも重要職ばかりが集まる棟だ。男は迷うことなく進み、一室の扉を開けた。
どこかと思えば、宮廷管理官の執務室ではないか。
「ノクス様、連れてまいりました。剣は預かります。どうぞ」
「ありがとうございます」
何故、自分は呼び出されたのだろう?
疑問だけが浮かぶ中、ヴァルターは男に剣を預ける。
護衛でもないのに、帯剣したまま入るわけにはいかないからだ。
部屋に入るなり、ヴァルターは片膝をついて頭を下げる。
「王国騎士団所属、ヴァルター・クラウス、参りました」
「そんなにかしこまらなくても良いよ。顔を上げておくれ?」
ヴァルターは緊張しつつ、穏やかな声に促された通り、顔を上げる。そして、息を呑んだ。
執務机に座り、何事も受け止めそうな優しい笑みを浮かべている青年は、この世の人間か疑わしいほどに美しかったのだ。
青年は優雅に立ち上がり、胸の前に手を当てて言う。
「はじめまして、クラウス卿。私は宮廷管理官の、ノクス・フェリスだ。王国騎士団への入団、心から祝わせてもらうよ」
「ありがたきお言葉です」
ヴァルターは、どこに視線をやれば良いのか迷った。
ノクスと名乗った青年の方は美しすぎて、なんだか見るのがいたたまれる。
だからと言って、窓の外に目をやるのもどうかと思うし、床を見るわけにもいかない。
目を瞑るのはもっとダメだ。
結果、忙しなく視線を彷徨わせていると、ノクスが近寄ってきた。彼はヴァルターの前で、少し屈む。
ノクスの手にあるのは、白いハンカチ。そこには、黄色いバラの刺繍。
ヴァルターが、ずっと探していたものだ。
「これは⋯⋯!」
「君のものだろう? この前、落ちていたところを拾ってくれた者がいたんだ」
「しかし、何故⋯⋯?」
何故、ヴァルターのものだと分かったのか。
ヴァルターはこのハンカチを、誰かに見せたことがない。
「さぁ、何故だろうね」
底知れぬ琥珀の瞳を細め、ノクスはハンカチを差し出す。
ヴァルターは礼を言って、それを受け取った。
「拾っていただき、ありがとうございます」
「いいや、私は渡しただけだからね。礼を言われる立場ではない」
「では、拾ってくれた方がどなたか⋯⋯」
ノクスは幼子に教えるように、立てた指を口の前に当てた。
ヴァルターは言葉を切り、口を噤む。
「良い花屋を教えてあげるから、そこで花でも買っておいで。贈り物に、ちょうど良いのではないのかな?」
「では、ご教示いただけますでしょうか」
勿論、とノクスは花屋の名前を口にした。
ヴァルターは再び礼を言い、預かってもらっていた剣を受け取って、宮廷管理官の執務室を後にする。
彼女にどんな顔で会えば良いだろうか、どう言えば良いだろうか――淡く微笑む想い人を頭に描き、ヴァルターは少しだけ口の端を上げた。
七星家については、後の話で詳しく解説します。
とりあえず今は「へー なんか肩書からしてすごそうだなー」くらいで良いです。
お察しの通り、七家あります。




