〈2−6〉 煙毒
先日、北方にある地にて異民族討伐が行われた。
大した脅威でもなかったそうなので、近くの都市、グレインから見習いの剣士たちが討伐に向かった。
武功を挙げれば、憧れの騎士に一歩近づけるかもしれない。
もしかすると、騎士爵の位を貰えるかもしれない。
そんな熱意を持って、剣士たちは意気揚々と北の地へ旅立った。
無事に討伐を終え、帰る途中に事は起こった。
野営にて食事を取っていた剣士のうち数名が、中毒症状を訴えたというのだ。
症状は頭痛、腹痛、吐き気、目眩など。
原因が何かは分からなかったが、剣士たちは持っているもの全てを投げ出し、その場から離れた。
そのおかげか、幸いにも死者はいなかった。
その時に取っていた食事は、近隣の村から分けてもらったものらしい。
頭に血が上った剣士の数名は、その村の村人が毒を盛ったとして捕らえ、その場で村長を手打ちにしようとした。
冷静な者がそれを止め、村長及び村人たちの罪状、処分は保留となっている。
◇◆◇
話し終えると、メディオは水をゴクリと飲んだ。
セレネはカタバミの代わりに、この前貰った花の砂糖菓子をつまみ、ふぅんと相槌を打った。
たっぷりと纏わりついている砂糖が、とても甘い。甘すぎる。
セレネはどちらかというと、甘いものより刺激のある辛い味が好きなのだが。
だからといって捨てるのも勿体ない。
(頭痛、吐き気に目眩、か⋯⋯)
「ねぇ、それって火は焚いてた?」
「そうだな。まぁ、安静にしてりゃ日にち薬で何とかなるっつって放ってきた。そんくらいしねぇと、戦場で生きてけねぇよ」
「⋯⋯⋯⋯」
薬師の言葉がそれで良いのだろうか。
まぁ一理ないこともないが、大雑把である。
話の内容と自分の知識を照らし合わせ、思考を巡らせていると、ちょんちょんと肩をつつかれた。
振り向くと、キラキラ輝く若葉色の目がすぐそこにある。
「ねぇねぇセレネ。これ、食べても良い?」
「いいよ」
「やった」
ミラは幸せそうな表情で、砂糖菓子を口に運ぶ。
元からあげるつもりで持ってきたので、むしろ食べてほしいまである。
これほどの甘味を食べる機会は滅多にないので、とても嬉しそうだ。
そんなミラを横目に、セレネはハーブティーでも淹れることにした。
積み重なった薬草から、ハーブティーに使えるものをちょいと拝借する。
今日は爽やかさが欲しいので、レモンバームにしようか。
鎮静効果や記憶力向上があるので、メディオにも良いはずだ。まだボケず、健康に過ごしてほしい。
爽やかな風味のハーブティーに甘い砂糖を入れれば、いい感じになるのではないかという魂胆もある。
「ハーブティー淹れるけど、じいさんとミラもいる?」
「いるいる〜」
「勝手に薬草使うなって言ってるだろうが! いるわ!」
「いるんだ」
三日間出張していても、その疲労を感じさせないほどに元気である。
本当に先程まで宮廷を離れていたのか、疑わしいくらいだ。
慣れた手つきでハーブティーを淹れると、爽やかなレモンの香りが広がった。
透明感のある淡いレモン色に、紫色のスミレが良いコントラストを生んでいる。
目にも鮮やかで美味しいとは完璧ではないか、と自画自賛しておこう。
ハーブティーを飲み終え、一息つくと、セレネは帰ることにした。
花の砂糖菓子の残りは、決めていた通りミラにあげることにする。
「じゃあね、また来る」
「うんっ、バイバーイ!」
元気良く手を振るミラと、ケッと鼻を鳴らすじいさんに背を向け、セレネは医局を出る。
そして、立ち止まる。
「⋯⋯⋯⋯」
そこには、いつも通りの従者アルカスを連れた、大変麗しい青年が立っていた。
確実に待ち伏せである。
「ごきげんよう、セレネ」
「⋯⋯ごきげんよう、ノクス様。では、さようなら」
待ち伏せのせいで、機嫌はむしろ悪い方なのだが。
その感情は押し殺し、セレネは何事もなかったかのように横を通り過ぎようとした。
だがしかし、腕を掴まれる。
そーっと振り向くと、神の作り物と見紛うほど美しい顔があった。
「逃げるなんて、ひどいなぁ」
ひどいなぁ、はこっちのセリフである。
穏やかな口調と笑顔なのに、謎の圧を感じる。怖い。
「一つだけ答えてくれたら、放してあげるから」
顔をしかめるセレネに、アルカスが憐れむような視線を向けてくる。
そこに長年の哀愁が漂っている気がするのは、思い過ごしだろうか。
「⋯⋯何でしょうか」
「異民族討伐で起こった中毒症状。原因は何だと思う?」
こちらが全ての話を知っている前提での問いである。
それが意味することは、たった一つ。
(こいつ、盗み聞きしてたのか⋯⋯!)
人の話を盗み聞きするとは、なかなかの腹黒さである。
色々湧き出てくる不満の言葉は飲み込んで、セレネはノクスから距離を取った。
「⋯⋯植物には勿論、毒があるものもあります。中には、全草に毒を含むものも」
花のみならず、茎、葉、枝、根、果実、種子――植物全てに毒を含むもの。
そう、枝にも。
「生木を燃やせば、その煙にも毒が含まれます」
一番有名なのは、夾竹桃だ。
花言葉は用心、油断大敵、危険な愛など。
桃色の綺麗な花を咲かせ、意外とどこにでも生えているが、触れるだけでも炎症を起こすほどの猛毒である。
致死量も極めて少ない。摂取すれば死ぬ場合が多い。
今回死者が出なかったのは、初期症状でその場を離れたことと、屋外で火を焚いていたことがあったからだろう。
それでも、運が良かった。
「あと、これどうぞ。落とし物です」
そういえば、とセレネは懐から、白いハンカチを出した。
棟の入口辺りに落ちていたものだ。
ありきたりな白いハンカチだが、端の方に、黄色いバラの刺繍が施されている。
(帝国出身の人が刺したものかな?)
そう思いはするが、口には出さない。
確信は持てないし、ただ好きだからと黄色いバラを選んだだけかもしれない。
「そう。預かっておくよ」
ノクスはそれを受け取った。
落とし主に心当たりがあるのか、アルカスに何か言っている。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
沈黙が流れる。
無表情のセレネ、微笑むノクス、何かを悟るアルカス。
「⋯⋯以上です」
「そう。参考にさせてもらうよ」
締めの言葉が必要だったのだろうか。
ノクスは琥珀の瞳を僅かに細めると、背を向けて歩き始めた。アルカスも一礼してついていく。
(⋯⋯どこに向かってるんだ?)
セレネの記憶が正しければ、宮廷管理官の執務室は逆方向である。
(まぁ、何でもいっか)
宮廷管理官なのだから、宮廷内のあらゆるところを彷徨いても何ら不思議ではない。
セレネは小さく息をつくと、ようやく帰ることにした。




