〈2−5〉 クローバーとカタバミ
(どこかで、討伐でも終わったのか?)
リボンの切れ端を手で集めながら、セレネはそんなことを考えた。
最近、客足が少しだがあるのだ。こんな何も無い場所に佇んでいる花屋が。
ちなみに、二週間ほど前も同じようなことがあった。
いずれにせよ、客のほとんどは女性。小さな子供を連れている人もいる。
頼む花束はそれぞれ違うが、そのどれもに入っている花が勿忘草だ。
小さく青い花を咲かせる花である。
勿忘草の時期は、春から初夏にかけて。
今の時期ではないのだが、如何せん植物好きのセレネだ。秋にも咲くよう花を狂わせ、調整している。
賑わっている理由はそこだろうか。
勿忘草といえば、悲恋物語の伝承が有名だ。
『昔、若い騎士とその恋人が川のほとりを歩いていました。
二人はその川辺に、小さく可憐な青い花が咲いているのを目にしました。
騎士は恋人のためにその花を摘もうとしましたが、鎧が重く、川に足を取られて流されてしまいます。
流されながらも、騎士は花を岸に投げ、最後の力を振り絞って叫びました。
「私を忘れないで」、と。』
その言葉が、勿忘草の花の名前の由来になったという伝承だ。
花言葉としては、私を忘れないで、真実の愛などがある。
伝承をなぞって、この国では出兵前、後に恋人や家族同士で贈り合うという習慣がある。
相手の無事を願い、帰ってくるまで決して忘れないという思いからだ。
勿忘草を求める客が増えたということは、そういうことなのだろう。
(そろそろ良いかな)
もう客は来ないだろう。
セレネはそう読み、宮廷の医局に行くことにした。
セレネはあらかじめ摘んでおいた薬草を確認すると、籠を持って店を閉めた。
◇◆◇
「じいさーん、薬草持ってきたよ⋯⋯あれっ、いない」
セレネは医局に入るなり、少し目を丸くした。
宮廷薬師のじいさんこと、メディオが不在とは珍しい。
代わりにいるのは、薄茶の髪を編み込んで結った少女だ。
メディオが唯一取った弟子で、名前はミラ・ヘイズ。年はセレネと同じ十七歳。
ミラは真剣な表情で薬草を見分けていたが、セレネに気がつくとパッと破顔する。
丸い若葉色の目を爛々と輝かせて、作業そっちのけでセレネに抱きついてきた。
「セレネ! 久しぶりぃ〜!」
「籠持ってるから、持ってるから」
持っている籠が腹に突き刺さって痛い。ミラも同様だと思うのだが。
「あ、ごめんごめん。で、薬草だっけ? その辺に置いとけば、師匠気づくかなぁ」
「そうしとく」
扉の向かいにある机に、見えるように籠を置いておく。これなら言わずとも気がつくだろう。
「あ、そうだ! セレネ、ちょっと見て見て」
ミラは薬草がこんもりと積もった籠の側に行き、ちょいちょいと手招きをする。
近づけば、緑の匂いがよく感じられる。
セレネは積み重なった薬草を一枚つまみ上げ、籠にあるものと交互に見て呟く。
「クローバーとカタバミ?」
「⋯⋯当たり。つまんない」
ぷうっと膨れっ面を見せるミラ。
クローバーとカタバミの葉はよく似ている。混ざっていたら一種類だと間違えてしまうかもしれない。
けれども引っかからず、すぐに当てられたことが面白くないらしい。
「師匠に、クローバーとカタバミくらいは見分けられるようになれって言われたの」
(⋯⋯まだ見分けられないんだ)
確か、メディオの弟子になって二年のはずだ。
クローバーとカタバミが見分けられなければ、かなりの致命傷である。
クローバーは楕円形の葉で、白い模様が入っている。
カタバミはハート型。特に目立った模様はない。
効能の違いもかなりある。
クローバーは解熱、消炎、利尿作用などが期待できる。
カタバミは咳止め、疲労回復、美肌効果などが期待できる。
花が咲いていれば話が早いのだが、あいにく薬草として扱われているので、花はない。
実は、見た目以外でも、この二つを見分ける方法というものはある。
セレネはカタバミを一つつまみ、口の中に入れる。
咀嚼しながら別のカタバミを差し出すと、ミラも不思議そうに口に入れた。
ゆっくりと不審げに口を動かしたかと思えば、バタバタと足を動かし始めた。
水が欲しいのだろうと思い、コップに注いで前に置くと、ミラは一息に飲み干した。
ぷはっと息を吐いて、死地から帰ってきた時のように一言。
「す、酸っぱいぃ⋯⋯」
「そう、カタバミは酸っぱいの」
セレネは何食わぬ顔で、もう一つカタバミを食べる。
ひふぅひふぅと変な声を出していたミラは、突然の納得顔で勢いよく立ち上がる。
「そういうことか!」
「どしたん?」
頬杖をつきながら、冷めた態度でカタバミを食べるセレネ。
ミラは高く拳を突き上げて言う。
「食べれば見分けられるじゃん!」
「⋯⋯⋯⋯」
少し開いた窓の隙間から、ぴゅうっと風が吹き抜けた。
セレネは口の中にあるカタバミを飲み込んでから言う。
「お腹壊すから、やめた方が良いよ」
生で大量に食べると、多くの場合は健康を害する。
茹でたり塩もみをすれば、多少はその成分が抜けるのだが、いずれにせよ多く食べすぎるのは良くない。
「その前に、食べたらなくなるだろうが! こんの馬鹿弟子っ!」
空気がビリビリするような怒声は、相変わらずである。
扉の方を見ると、いつまでも元気なご老人のメディオが戻ってきていた。
そして、とても七十代とは思えぬ素早さでミラの後ろに回り込み、すかさず拳骨を落とす。
「ったぁっ!」
すごい音がした。あれは痛い。ミラは頭を抑えて泣きべそをかく。
セレネは片手を上げて挨拶をした。
「どうも、じいさん」
「薬草を勝手に食べるな!」
「いてっ」
久しぶりに拳骨を食らってしまった。懐かしい。この芯まで響く感じ。
毒を食べて倒れては、よくこうして怒られたものだ。セレネは頭をさすりながら、メディオの方を見る。
「ところで、どこ行ってたの?」
「んぁ? 呼び出し食らったから行ってたんだよ」
「呼び出し?」
セレネは冷やすものを探しながら、復唱した。
宮廷には薬師の他に、医者もいるはずだ。呼び出しとなれば、後者のほうが多い気がするのだが。
「えっと、この前の異民族討伐、だっけ? その部隊が帰ってきたんだよね」
布巾を濡らして頭の上に乗せているミラが言った。
あれはしっかり冷やせているのだろうかと疑問に思う。
(やっぱそうなのか)
勿忘草の売り上げが多かった理由は、読み通りのようだ。
メディオはどかっと椅子に座り、腕を組む。
そして仕分けができていないクローバーとカタバミの籠を一瞥してからケッと鼻を鳴らした。
「そうだよ。んで、帰り道に原因不明の中毒が起きちまったとさ。人手が足りねぇからって、呼び出されてたんだ。三日間、グレインまで行ってたんだよ」
「後処理だ〜って言って、あっちこっちに剣士がいたと思うんだけど、セレネは見てないの?」
言われてみれば、確かに騒がしかった気もする。あれはそういうことだったのか。
「そうなんだ」
あくまでも興味がなさそうに、セレネは相槌を打った。
ちなみにグレインとは、王都より少し北にある中都市である。
確か、騎士や剣士を目指す子どもが通える学校があったはずだ。
そのため、剣芽の都と呼ばれているとかなんとか。
メディオは眉間にしわを寄せて、近くにあった帳簿を机に叩きつける。
「お前、興味持ってんな?」
顔に出ていただろうか。そう思いつつも、セレネはしらばっくれる。
「気のせいじゃない?」
「縄で縛られっぞ」
「⋯⋯何で知ってるの」
「そこの馬鹿弟子から聞いた」
メディオは顎で指し示す。そちらを見ると、ミラがニコニコしていた。
あとでもう一度、カタバミを食べさせてやろうかと考える。
メディオは足も組んで、机の端をトントンと指で叩く。
「まぁ、暇なお前のために話してやるよ」
何だか、軽く揶揄された気がする。




