表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の花  作者: ななせいな
二章 想いの花
10/40

〈2−5〉 クローバーとカタバミ

(どこかで、討伐でも終わったのか?)


 リボンの切れ端を手で集めながら、セレネはそんなことを考えた。


 最近、客足が少しだがあるのだ。こんな何も無い場所に佇んでいる花屋が。

 ちなみに、二週間ほど前も同じようなことがあった。


 いずれにせよ、客のほとんどは女性。小さな子供を連れている人もいる。


 頼む花束はそれぞれ違うが、そのどれもに入っている花が勿忘草(わすれなぐさ)だ。

 小さく青い花を咲かせる花である。


 勿忘草の時期は、春から初夏にかけて。

 今の時期ではないのだが、如何せん植物好きのセレネだ。秋にも咲くよう花を狂わせ、調整している。

 賑わっている理由はそこだろうか。


 勿忘草といえば、悲恋物語の伝承が有名だ。






『昔、若い騎士とその恋人が川のほとりを歩いていました。

 二人はその川辺に、小さく可憐な青い花が咲いているのを目にしました。


 騎士は恋人のためにその花を摘もうとしましたが、鎧が重く、川に足を取られて流されてしまいます。

 流されながらも、騎士は花を岸に投げ、最後の力を振り絞って叫びました。

「私を忘れないで」、と。』






 その言葉が、勿忘草の花の名前の由来になったという伝承だ。

 花言葉としては、私を忘れないで、真実の愛などがある。


 伝承をなぞって、この国では出兵前、後に恋人や家族同士で贈り合うという習慣がある。

 相手の無事を願い、帰ってくるまで決して忘れないという思いからだ。


 勿忘草を求める客が増えたということは、そういうことなのだろう。


(そろそろ良いかな)


 もう客は来ないだろう。

 セレネはそう読み、宮廷の医局に行くことにした。


 セレネはあらかじめ摘んでおいた薬草を確認すると、籠を持って店を閉めた。




 ◇◆◇




「じいさーん、薬草持ってきたよ⋯⋯あれっ、いない」


 セレネは医局に入るなり、少し目を丸くした。

 宮廷薬師のじいさんこと、メディオが不在とは珍しい。


 代わりにいるのは、薄茶の髪を編み込んで結った少女だ。

 メディオが唯一取った弟子で、名前はミラ・ヘイズ。年はセレネと同じ十七歳。


 ミラは真剣な表情で薬草を見分けていたが、セレネに気がつくとパッと破顔する。

 丸い若葉色の目を爛々(らんらん)と輝かせて、作業そっちのけでセレネに抱きついてきた。


「セレネ! 久しぶりぃ〜!」

「籠持ってるから、持ってるから」


 持っている籠が腹に突き刺さって痛い。ミラも同様だと思うのだが。


「あ、ごめんごめん。で、薬草だっけ? その辺に置いとけば、師匠気づくかなぁ」

「そうしとく」


 扉の向かいにある机に、見えるように籠を置いておく。これなら言わずとも気がつくだろう。


「あ、そうだ! セレネ、ちょっと見て見て」


 ミラは薬草がこんもりと積もった籠の側に行き、ちょいちょいと手招きをする。

 近づけば、緑の匂いがよく感じられる。


 セレネは積み重なった薬草を一枚つまみ上げ、籠にあるものと交互に見て呟く。


「クローバーとカタバミ?」

「⋯⋯当たり。つまんない」


 ぷうっと膨れっ面を見せるミラ。


 クローバーとカタバミの葉はよく似ている。混ざっていたら一種類だと間違えてしまうかもしれない。

 けれども引っかからず、すぐに当てられたことが面白くないらしい。


「師匠に、クローバーとカタバミくらいは見分けられるようになれって言われたの」


(⋯⋯まだ見分けられないんだ)


 確か、メディオの弟子になって二年のはずだ。

 クローバーとカタバミが見分けられなければ、かなりの致命傷である。


 クローバーは楕円形の葉で、白い模様が入っている。

 カタバミはハート型。特に目立った模様はない。


 効能の違いもかなりある。

 クローバーは解熱、消炎、利尿作用などが期待できる。

 カタバミは咳止め、疲労回復、美肌効果などが期待できる。


 花が咲いていれば話が早いのだが、あいにく薬草として扱われているので、花はない。

 実は、見た目以外でも、この二つを見分ける方法というものはある。


 セレネはカタバミを一つつまみ、口の中に入れる。


 咀嚼しながら別のカタバミを差し出すと、ミラも不思議そうに口に入れた。

 ゆっくりと不審げに口を動かしたかと思えば、バタバタと足を動かし始めた。


 水が欲しいのだろうと思い、コップに注いで前に置くと、ミラは一息に飲み干した。

 ぷはっと息を吐いて、死地から帰ってきた時のように一言。


「す、酸っぱいぃ⋯⋯」

「そう、カタバミは酸っぱいの」


 セレネは何食わぬ顔で、もう一つカタバミを食べる。

 ひふぅひふぅと変な声を出していたミラは、突然の納得顔で勢いよく立ち上がる。


「そういうことか!」

「どしたん?」


 頬杖をつきながら、冷めた態度でカタバミを食べるセレネ。

 ミラは高く拳を突き上げて言う。


「食べれば見分けられるじゃん!」

「⋯⋯⋯⋯」


 少し開いた窓の隙間から、ぴゅうっと風が吹き抜けた。

 セレネは口の中にあるカタバミを飲み込んでから言う。


「お腹壊すから、やめた方が良いよ」


 生で大量に食べると、多くの場合は健康を害する。

 茹でたり塩もみをすれば、多少はその成分が抜けるのだが、いずれにせよ多く食べすぎるのは良くない。


「その前に、食べたらなくなるだろうが! こんの馬鹿弟子っ!」


 空気がビリビリするような怒声は、相変わらずである。


 扉の方を見ると、いつまでも元気なご老人のメディオが戻ってきていた。

 そして、とても七十代とは思えぬ素早さでミラの後ろに回り込み、すかさず拳骨を落とす。


「ったぁっ!」


 すごい音がした。あれは痛い。ミラは頭を抑えて泣きべそをかく。

 セレネは片手を上げて挨拶をした。


「どうも、じいさん」

「薬草を勝手に食べるな!」

「いてっ」


 久しぶりに拳骨を食らってしまった。懐かしい。この芯まで響く感じ。

 毒を食べて倒れては、よくこうして怒られたものだ。セレネは頭をさすりながら、メディオの方を見る。


「ところで、どこ行ってたの?」

「んぁ? 呼び出し食らったから行ってたんだよ」

「呼び出し?」


 セレネは冷やすものを探しながら、復唱した。

 宮廷には薬師の他に、医者もいるはずだ。呼び出しとなれば、後者のほうが多い気がするのだが。


「えっと、この前の異民族討伐、だっけ? その部隊が帰ってきたんだよね」


 布巾を濡らして頭の上に乗せているミラが言った。

 あれはしっかり冷やせているのだろうかと疑問に思う。


(やっぱそうなのか)


 勿忘草の売り上げが多かった理由は、読み通りのようだ。

 メディオはどかっと椅子に座り、腕を組む。


 そして仕分けができていないクローバーとカタバミの籠を一瞥してからケッと鼻を鳴らした。


「そうだよ。んで、帰り道に原因不明の中毒が起きちまったとさ。人手が足りねぇからって、呼び出されてたんだ。三日間、グレインまで行ってたんだよ」

「後処理だ〜って言って、あっちこっちに剣士がいたと思うんだけど、セレネは見てないの?」


 言われてみれば、確かに騒がしかった気もする。あれはそういうことだったのか。


「そうなんだ」


 あくまでも興味がなさそうに、セレネは相槌を打った。


 ちなみにグレインとは、王都より少し北にある中都市である。

 確か、騎士や剣士を目指す子どもが通える学校があったはずだ。

 そのため、剣芽(けんが)(みやこ)と呼ばれているとかなんとか。


 メディオは眉間にしわを寄せて、近くにあった帳簿を机に叩きつける。


「お前、興味持ってんな?」


 顔に出ていただろうか。そう思いつつも、セレネはしらばっくれる。


「気のせいじゃない?」

「縄で縛られっぞ」

「⋯⋯何で知ってるの」

「そこの馬鹿弟子から聞いた」


 メディオは顎で指し示す。そちらを見ると、ミラがニコニコしていた。

 あとでもう一度、カタバミを食べさせてやろうかと考える。


 メディオは足も組んで、机の端をトントンと指で叩く。


「まぁ、暇なお前のために話してやるよ」


 何だか、軽く揶揄(やゆ)された気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ