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沈黙の花  作者: ななせいな
一章 花屋
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〈1−1〉 花屋の少女

 花壇、高木に低木、畑――ありとあらゆる植物が育っている庭の端で、セレネは薬草を摘んでいた。

 一つ一つ目で見て確かめ、収穫できそうなものを丁寧に摘んで籠に入れる。


 一見すると簡単そうな作業だが、実は奥が深い。

 良い薬草を見分けるために積み重ねた経験と集中力、体力、そして相応の知識が必要だ。


(こんなものかな)


 額に軽く滲んだ汗を拭い、セレネは籠を持って立ち上がる。


 住居兼花屋の店内は、広くも狭くもない空間だ。

 豊富な花が色や種類に分かれ、香りを放って咲き乱れている。


 いずれにせよ庭の方が何倍も広い。


 趣味の庭弄りによって広がっていった庭の範囲は、留まるところを知らない。

 土地代、植物代、維持費、生活費――様々なものが積み重なり、手持ちの貨幣もそろそろ心許なくなってきた。


 庭弄りがしたくて広い土地が欲しかったという理由だけで、人通りの少ない王都の外れに構えられた花屋。

 花まみれだが人のいない店内を見れば一目瞭然、お世辞にも繁盛していると言えない。


 まぁ、それなりに人間らしい生活が送れているので、良しとしよう。

 先のことは後回しだ。その時考えれば良い。


 それに、飢えを凌ぐには雑草を食べれば良い。案外美味しいのだ。

 スベリヒユ、タンポポ、イラクサ、あとはカタバミとか。


 薬草でもあるので、薬草畑にたくさん生えている。自給自足というやつである。


(そろそろ行かなきゃかな)


 セレネはちらりと外を見る。もくもくとした雲と薄い雲が混じった空は、夏の終わりを告げる行き合いの空だ。


 乗合馬車は出ているだろうか。乗れるだけの銀貨はあるのだが、不定期に走っている馬車を捕まえるのは難しい。


 だからといって、徒歩で行くにはちいと遠いのだ。


(⋯⋯待つかぁ)


 はあっと息を吐きつつ、セレネは薬草の入った籠を持ち上げた。

 どうせ客は来ないだろうが、店が閉まってる旨を伝える看板を掲げるのも、忘れないでおく。




 ◇◆◇




 今日は運が良く、十分ほど待つと乗合馬車に乗ることができた。

 ガッタンガタンと揺られ、辿り着いたのは王都スティア。

 その中心よりの北部にある宮廷だ。王城と呼ばれることもあるが、セレネとしては宮廷だ。


 王城はかなり身分の高い王侯貴族が集う、国の象徴や権力の中心。謁見の間なんかがそうだろうか。

 宮廷は王侯貴族だけでなく、侍従や下働きも含む、平民でも仕えることのできる場所。

 王城よりかは緊張感が少ない、といった感じだ。


 セレネはこういう風に線引をつけている。公式にどうなのかは、知らないが。


 荘厳な宮廷を迷うことなく進み、セレネはどちらかというと質素な棟に入った。それでも十分立派だが。

 二階の一番奥の部屋、宮廷の医局だ。セレネはその部屋の扉を叩く。


「じいさーん、薬草届けに来たよ」

「おう」


 セレネは短い返事を聞くと、薬草特有の匂いが充満した部屋に入った。

 壁に面して薬をしまう棚が置いてあり、窓辺には所狭しと薬草が干されている。


 そんな部屋で軟膏を練っているのは、先日七十路を迎えたじいさん――宮廷薬師のメディオである。

 短く刈り上げた白髪に、衰えを感じさせない伸びた背筋が特徴だ。


「今日は何持ってきた?」

「カミツレとセージ、あとはタイム」


 籠の中にたっぷりと入った薬草を見ながら、セレネは言う。


 どれも庭に開拓した薬草畑で栽培したものだ。丹精込めて育てたので、質は良いはずである。

 メディオはセレネに一瞥をくれることもなく、手を動かしながら指示する。


「適当に置いとけ」

「分かった」


 ぶっきらぼうだが、元からそういうじいさんなので気にしない。

 どちらもあまり話すタイプではないので、自然と会話は途切れてしまった。


 メディオとセレネは養父と養女の関係にある。直接的な血の繋がりはない。

 セレネにとってのメディオは、育ての親である。あとは、少し薬の知識を教えてもらった。


 メディオはこうして宮廷薬師をしているが、セレネは違う。

 宮廷仕えの薬師なのだから、狭き門をくぐって資格を入手する必要がある。

 見習いなら資格はいらないのだが、セレネはあえてその道を選ばなかった。


 自分で摘んだ薬草で調薬するのも楽しいが、セレネは植物全般が好きなのだ。

 なので、王都から少し離れた街で花屋を営んでいる。


 趣味の庭弄りと兼ねて薬草も育て、こうして定期的にメディオのもとへと持っていっているのだ。そして、セレネは薬草代も貰える。

 一石三鳥である。


(やっぱ、じいさんの作った薬は質が良いな)


 作り終えた軟膏を見たセレネは感心した。

 世辞でも贔屓(ひいき)でもなんでもなく、素直にそう思った。


 均等に練られ、無駄がない。見たところ粘度もちょうど良さそうだ。


「あんま触んなよ。お貴族様に納品するやつだ」

「ふぅん」


 極普通の保湿クリームに見えるが、容器からして良いものだ。

 大凡そうなのだろうと予想はしていた。

 別に、くすねたりしようとは思っていない。


 平民の出でありながら、貴族に納品するだけの質の薬を作ることができる。

 やはり養父はすごいんだなぁ、とセレネは改めて思った。若い頃から相当に苦労したのだろう。


(こっちは王城かぁ)


 別の容器に目移しし、すごいなぁ、とセレネは声に出さず呟く。

 つまり、王族に納品する薬ということだ。

 軽い睡眠薬のようである。公務で疲れているのだろう。知らないが。


 セレネはちらりと窓の外を見る。そろそろ日が傾き始める時間だ。

 早くせねば、またいつ乗合馬車に出会えるか分からない。


「じゃあ、そろそろ帰るね」

「気をつけて帰れよ」

「はいはい」


 適当に返事をしつつ、セレネは空になった籠を持って立ち上がった。

 来た道を戻り、棟の外に出る。


 小一時間ほどすれば、空は茜色に染まり始めるであろう。


 涼しい風を浴びながら歩き、角を曲がると、目の前に図体の大きい男が一人立っていた。

 衣服の胸元に刺繍されている紋章からして、騎士が妥当だろう。


(別の道から回るか)


 ただの庶民セレネとは違い、騎士は騎士爵という爵位を与えられている。

 領地を持っているわけではないが、それでも貴族である。

 逆らえば命が吹き飛んでしまうし、厄介事には巻き込まれたくない。


 踵を返したセレネは、少し顔を上げて足を止めた。何故だか別の騎士が、目の前に立ち塞がっている。


(⋯⋯挟まれた)


 はてさてどうしようか。


 セレネが頭を悩ませたのは、ほんの一瞬だった。

 今目の前にいる方――騎士二とでも呼んでおこうか。最初に出会った方は騎士一だ。

 その騎士二が、後ろに回していた手に縄を持っていたのだ。しっかりと太い縄である。


 すこぶる嫌な予感がする。


 当たってほしくないセレネの予感は、残酷なことに当たってしまう。


 小柄なセレネが、鍛え上げられた騎士二人に抵抗するできるはずもなく、あっけなく縄で縛られてしまった。

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