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さて、巡行の鉦や太鼓の音が遠退くと、社務所はシィ~ンと静かになり、宮司の岩口が本殿より戻るまで人っ子一人いなくなった。先ほどまでのざわつきが嘘のような静けさである。そうこうして、祝詞を読み終えた岩口が楚々と社務所へ戻り、若衆達を待つ間、夕食用のお握りを頬張った。小腹が空いたとき用に美登里が作ってくれた軽食である。宵宮の巡行が終わり、氏子総代を筆頭にした一同が骨太神社に戻ってくるまでの間、ジィ~~っと待たねばならないのである。自宅は神社境内の中だから目と鼻の先だが、社務所を空ける訳にはいかない。ここ数年、宮守の神主が病気療養中で、神主役も宮司の岩口が務めねばならないという、なんとも厄介な事態になっていた。
「フゥ~~!」
岩口は社務所の座布団に座りながらおにぎりを齧ったあと、大きなため息を一つ吐いた。
『このまま、この神社[紙]にスッポリと包まれて、一生を終わるんだろうな…』
そう思うと、悲しくもないのに岩口の眼から涙が頬を伝った。社務所もリホームされ、一般の家庭と変わらない姿になっていた。二十年ばかり前は、囲炉裏が社務所の中央にあり、自在鉤が吊るされ、焚火で湯が沸かされていたのである。天井は新建材が張られておらず。煤で真っ黒になっており、なんとも薄暗く陰気な様相だったことを、ふと、辺りを見回しながら岩口は回想した。そこへいくと、今は天井からは蛍光灯の照明が白々と降り注ぎ、比較にならないほど明るかった。
「変わったもんだ…」
時代の流れだから様変わりするのは当たり前なのだが、岩口は当たり前のことを思い、なぜか侘しくなった。
「お、遅くなりましたっ!」
そこへ飛び込んできたのは、仮屋番[巡行の間、神主とともに神社で留守番をする役目]の宮居である。神社の規約で、去年、若衆のトップ役員を務めた者が仮屋番をすることになっていた。
「ああ、宮居さん…。来られないのかと思いましたよ」
「宮司も大変ですな。神主役もなされて…」
「ははは…神主の神尾さんが病気療養中ですから仕方がありません…」
「そうでした…」
二人は神尾を思い、沈黙した。岩口の脳裏に、神尾[紙]が病院[鋏]に切られねばいいが…という雑念が湧き起こらなくてもいいのに湧き起こった。^^




