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次の土曜、岩口は町民図書館にいた。言うまでもなく江戸時代に伊勢神宮が全国各地の神社と繋がっていた関連性を調べるためである。その専門書を求めて岩口は、まず伊勢神宮の創建から調べよう…と、図書館の関連した専門書を本棚で物色していた。
『伊勢神宮の創建の年は分かっていない…か。だが、日本書紀によれば、天照大御神の鎮座地が現在の内宮がある五十鈴川のほとりに定まったのは垂仁天皇25年のことらしいが、日本書紀の記述が正しいとは言えないか…。考古学的には三世紀後半から四世紀初めの丁巳の年である294年となる…か』
岩口はなおも調べ続けた。
『だが、他にもヤマト王権の勢力範囲が拡大した四世紀後半とする説もある…か。要するに曖昧で、現在でも伊勢神宮が創建された正確な年は判明していないということだな…。無駄な時間を使ってしまった…』
岩口は、伊勢神宮の創建年は重く考えないことにして、江戸時代の享保年間、先祖である岩口吉綱が何故、伊勢神宮から遠く離れた骨太神社に移り住んだか? を調べることにした。
『江戸の頃には、伊勢参りが盛んだった…か』
伊勢参りが盛んだったということは、全国に伊勢神宮の存在が知れ渡っていたことを意味する。当然、人から人へと話し継がれ、語り継がれて広がっていったことは想像できた。
『だが、なぜ骨太神社の存在を知ったか? だが…』
人から人へと話し継がれ、語り継がれていく内に、神宮に骨太神社の存在が知られるようになったのか…と、岩口は考えた。
『と、すれば、御先祖の岩口吉継が足を折ったことで、お前は骨太神社の宮司になれという神のお告げだと考えたとしても妙ではない…』
少し無理な推論ではあったが、岩口はそう考えることにした。そう考えれば、岩口家の先祖が伊勢神宮から遠く離れた骨太神社へなぜ移り住んだか? という謎が解けることになる。
『よしっ! そういうことにしよう…』
岩口は勝手に独り合点した。^^




