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 翌朝、とはいえ、岩口が就寝から目覚めたのは、僅か四時間過ぎただけだった。慣れとは不思議なもので、仮眠時間ぐらいの就寝時間ながら身体はすでにいつもの活動を始めている。いくらか眠気はあるものの、冷えた早朝の空気に、岩口の気分は快調だった。

 卯の刻渡りの小太鼓と鉦が響き始めたのは、岩口が目覚めて小一時間過ぎた頃だった。

 卯の刻渡りはアルバイトを呼ばず、若衆やすでに若衆を退席したOBが総出で参加する祭礼手順になっていた。過去の若衆が大勢いた頃とは違い、番場渡りで神輿の担ぎ手が不足した員数を補うためである。昔の色彩を継承する数少ない現在の骨太(ほねぶと)神社の神事だった。

 番場渡りとは卯の刻渡りで神輿を担いで神社の境内を出て少し参道を渡行し、また鳥居内へと引き返す、いわば神輿渡行のリハーサルである。岩口にとっては直接の関係はなく、氏子総代の切川や若衆会のトップが全責任を持つ祭礼行事だった。

 岩口は普段着で卯の刻渡りをチラ見したあと少し早めに朝食を済ませ、宮司装束に着替えると本殿で祝詞(のりと)を上げるのが慣例となっていった。

「ドォ~タラ(ドォノォ)~~コォ~タラァ(コォノォ)~~~」

 祭礼用の祝詞(のりと)を上げながら、岩口は心身とも宮司に変貌した。要は、宮司役を演ずる一キャストに成りきる訳である。^^

 拝殿向こうから氏子達の賑やかな渡行の声が本殿の中まで聞こえてくる。岩口は『祭りだなぁ~』と思うでなく思った。数年前から燈明の灯りが電気式ランプに変化し、岩口の務めは大層、軽減されていた。燈明に上げる灯芯、油などの心配をする必要がなくなったためである。

 祝詞を上げ終えた頃、境内に響く氏子達の声も小さくなっていた。卯の刻渡りが終わったのである。

 卯の刻渡りが済むと、氏子達は一端、神社から去り、巳の下刻(午前十時)過ぎに開帳神酒(かいちょうみき)と呼ばれる祭礼開始の集合まで各家庭に戻るのである。アルバイト達は午前十時に神社へ祭礼衣装で集合するよう指示されていた。巳の下刻までは当然、岩口は神社から解放され、フツゥ~の人に戻れる訳だ。人ですから、ユッタリ感も欲しいですよね。^^

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