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イポメアの街


「おいおい、そんな顔すんなって。俺が変なとこ連れてくわけないだろ?」


人の波をかき分けながら歩く男は、ちらっと後ろを振り返ってミーシャにウインクした。


うん、とても気持ち悪いっ!

いい歳した男が何してんだか。

でもそんなところも、どこか憎めない。

──いいキャラしてんなぁ。


「わかってるよ、領主様の所に連れてってくれるんでしょ!」


今朝になってようやく商人の男の名前を知った。


名は…グレン・マーチャント。


午前中はグレンの荷積みをマーチャント商会に卸し、その従業員との掛け合いを見て更に良心的な人なんだなと思った。


裸足だった私に、グレンは何の見返りもなく靴をくれた。

旅の途中で困るだろうとローブまで。

さすがに暑くて今は脱いじゃったけど…

それでも、ありがたかった。


あと凄く話しやすい、さすが商人。

打ち解けるのは早かった。


マーチャント商会に馬車を置き、領主様に献上する魔石を持って今はイポメアの街をグレンと歩く。


馬車の移動、意外と気に入ってしまった。

木の香りが鼻に残って、

ぎこちない揺れがどこか心地よくて。

現世じゃ体験できなかったから、すごく新鮮だった。


「な、せっかくイポメアの街に来たんだ、ついでに街も見ていけよ!旅人はたくさんの街を旅するんだろ?」


イポメアにも興味あるし、ちょっと寄り道だけどありだ。

急ぐ旅じゃないし、この世界のこともグレンから聞いた話しか知らない。

私にとって凄くいい誘いだった。


「グレン、ありがとう。街見たいかも」


街の中は想像していたよりもずっと賑やかで、空気には甘い焼き菓子の匂いが漂っている。


グレン曰く、イポメアではバター、全卵、砂糖、小麦粉の4つの材料を同じ分量混ぜてオーブンで焼く、キャトルというお菓子が有名らしい。


まだ食べたことは無いけど、聞いた感じパウンドケーキみたいなものだろう。


「ミーシャ、キャトル食べてみるか?」


待ってましたと言わんばかりに、私は返事をした。


「あ、でも領主様のとこ行ったら多分食べられるから今はお預けだなっ!!」


結局食べられないんかい…

ちょっと悲しくも私はグレンと街を回る。


それにしても活気がある。

いろいろな雑貨屋さんに職人が集うアトリエ。


色んな種族が混ざり合ってるんだなぁ。

イポメアは亜人差別がないって話だけど……

逆に、他の街ではあるのかな?


まだまだ知らない事ばかりだね。



「でもよ、何で冒険者じゃなくて旅人なんだ?」


やっぱり気になるよね。


「戦いたくないんだよね、だって戦うと目立つじゃん?」


グレンは腹を抱えて笑った。


「目立ってなんぼだろ、じゃなきゃ冒険者なんてやれねーよ!」


「わかってるよ!だから冒険者じゃなくて旅人なの!」


グレンはまだ笑いをとめない。

だから私は必死に話す。

私は目立たずスローライフを送りたいんだと。


「でもよ、旅人ってすっごく珍しいんだよ。さっきも言ったけどほとんど旅してぇやつはギルドに入って稼ぎながら冒険者を兼任して行くんだ。でも入ってねぇんだろ?ギルド」


私はギルドには入ってない。

むしろ入りたくない。

ただ、さすがに稼ぎが無いのは困る。


「ギルドってもよ、いろんなギルドがあるんだよ。」


良くある異世界転生ものに出てくるのは"冒険者"ギルドだけど、商人や職人にもギルドはあるのか!

グレンの話を聞きながら自分の稼ぎのことを考える。


どうしようか。


「悩んでるなら適正試験うけてみろよ」


確かに…でもちょっと怖いな…。

もしニュクスが“ほんとはチートでした〜”とか言ってたら、ステータス見られて即バレじゃん。


とはいえ、受けるしかないか。


「わかった、イポメアで受けてみるよ。それはどこで受けるの?」


適正試験は1日1回、午前中にルベルム学院で受けられるらしい。

あとこの世界で魔力を持たないものはいないみたい。

ただ個体差があるにはあるんだとか。


ステータスを表示できるのは、“初期魔力”があるから。

生まれたばかりの赤子でさえ、それを持っているという。



色んな話をしてきたけど、やっぱり私にも気になる事がある。


「えっと…今更なんだけど、なんで私がその領主様のところに行かなきゃならないの?」


「あー、そこんとこは難しく考えんな。旅人だろ? あの人ら、そういうの気にするんだよ。うちのイポメアはちょいと古風でさ」


グレンはぽん、と軽く私の頭を叩いて苦笑した。


「ま、“身元不明で、鑑定不能”ってなるとお偉いさんは興味津々ってわけだ」


昨日馬車の中で聞かれた時にも驚かれたっけ。

旅人だからっ、で全部通したけど逆にそれがダメだったか。


「それ、全然安心できないんだけど」


「大丈夫、大丈夫。黙ってニコニコしてりゃ、酒でも出してくれるかもよ。…あ、でも変なこと言うと牢にぶち込まれるかもな〜」


「え…それ困るんだけどっ!?」


「なーんて冗談、冗談!」


「冗談やめてよぉ〜」


私はぷくっと頬をふくらませながら内心でグレンを軽く睨んだ。

後で、ちょっとお灸をすえてやろう。


そんな他愛もないやり取りも、ここでおしまい。


屋敷はすぐそこだった。大理石の塀と高い門。

門番の兵士は無言で敬礼し、静かに鉄の門を開けた。


緊張がじわりと広がる。


「グレン、領主様の名前と作法とかあったら今のうちに教えて!?」


「領主様のお名前は、セリオ・ハイドランジア様。

作法はね、あんまり気張んなくていいよ。礼儀正しくしてれば怒られやしないって!」


「それってつまり、“しくじると怒られる”ってことじゃん…!」


門をくぐると、途端に街の喧騒が遠のいた。

敷き詰められた石畳に、左右対称の見事な植栽。

噴水からこぼれる水音が、まるで時の流れを忘れさせるようだった。


「立派すぎて、まるで夢の国の城みたい」


こんな場所に、自分がこれから入っていくなんて

正直、まだ実感がわかない。


ポツリと呟いたミーシャの言葉に、グレンがちらりと視線を寄越した。


「緊張すんなよ、さぁ行こうか」


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