女神ニュクスと名前
「あの…ここどこですか……!?」
さっきはちょっとだけ、いやかなり取り乱したけど冷静にならなきゃ。
「初めまして、七森美春。私の名前は女神ニュクスっ!」
さっきも言ったけど、とにかく綺麗で、華奢。
髪色も綺麗な白銀色、曇りもない瞳、吸い込まれそう。
「で、ここどこに対してのアンサーを出すなら、ここは天界だよっ」
やっぱり神の領域だった。
純白でどこか儚い。でも懐かしい匂いがする。
ニュクスは何で私を呼んだんだろう。
「何でここに美春を呼んだか知りたいんだよね?」
心が読まれてる。
そりゃ知りたい、いきなり何も前触れもなくここにいて、まるでアニメとかのよくある異世界…
「異世界転生ですっ♪」
ですよねぇええ、それ以外ないよねぇええ!
「とりあえず理由知りたいんだけど教えて」
「いやぁ美春を見てられなくてさ、貴方何回泣くの。
それと、煙草!もう自分で短期間に何箱吸ったかなんか覚えてないでしょ」
ん?
ちょっとよくわからない。
「だからそんな悲しくて、自分で命削る様な事してるくらいなら、こっちに呼んであげようかなって♪」
いや、待て待て。
確かに、何回も泣いたし、それは自分が大事な時に毎回間に合わなかったり
リヒト…いや冴の事を考えたりしてたからだし。
煙草も同じ銘柄を吸ってたからなのか、なんか懐かしさっていうか、、、
「思い出に浸っていたいのもわかるけど、次の何かに気を向けないと何も変わらないよ。」
「わかってるよ、そんな事」
自分でもわかってるよ。
2ヶ月も籠ってないで、冴に何か送る言葉もあったんじゃないか
久しぶりにアニメだったり、舞台だったりの趣味に浸っても良かったんじゃないか
でも、何を見ても私の心には何も響かなかった。
「だから美春の環境を変えてあげたかったの。この世界なら何もない。新しいことに夢中になれると思うんだよね」
環境を変えるか、、、ニュクスが言うそれもアリなのかもね。
でも、だいたい異世界転生のセオリーとして、異世界が悪魔族とかに襲撃されてそれを倒すための勇者召喚とか、聖女召喚とかだよね。
私もう目立ちたくないんだよなぁーっ
ふと思い出す。
ー冴がホストを辞めるって聞いた日
「俺、5月30日にEYES辞めるよ。1年で辞めるって言ったのに2ヶ月早まった。」
冴と出会ってから何でホストになったか聞いたことがある。
親友のライトからホストに誘われて、ホストは人生の寄り道だって。
だから1年で俺は辞めるよって。
この約10ヶ月一本釣りだったこともあっていろいろ目立ってきた。
だからお互い良くない掲示板にも有る事無い事書かれてきた。
もしかしたら、そう言ったことが耐えられなくなっちゃったのか。
それとも、今年に入ってから私が前みたく応援したくてもできなくなったからからなのか。
「力不足でごめんね」
「そうじゃないよ、店との話し合いのうちだから。」
彼は優しい、たとえ売上の都合だったとしてもそう言ってくれるのだから。
「ホスト辞めたらどうするの?」
ふと気になって聞いた。
「1ヶ月くらいスローライフ送りたいかな。ちょっと頑張りすぎた」
冴のスローライフは、都会とは違って自然あるところでゆっくり暮らしたいらしい。
「それもまたいいね」
きっとネオンぎらつく忙しない街から休息したかったんだろう。
そこに私はいるのかな、なんて、、、
ーーーーーー
「私スローライフ、送りたい」
ぽっと口から出た。
確かにスローライフ良いかも。
「スローライフかぁ…うーん、美春の気持ちは何となくわかっているんだけど、こっちの世界って、結構…トラブルも多いんだよね」
ニュクスは少し困ったように眉を下げながらも、どこか楽しげ。
「……じゃあ、スローライフ無理ってこと?」
私がちょっと不安になって聞くと、彼女はすぐに首を横に振った。
「ううん!できるよ。むしろ“しようと思えばできる”」
「しようと思えば?」
「そう。この世界では、何も持たずに普通に暮らしていける人って実はほとんどいないの。だから、スローライフを叶えるには、最低限の“基盤”が必要なんだよね」
「……それって、まさか」
「はい、恒例の──チート能力っ☆」
ニュクスの手には本が現れる。
何がいいかにゃ〜って本を開きながら候補を上げていく。
勇者みたいな戦闘力
魔術師みたいな魔力
専門職的な力
人を惹きつけるカリスマさ
いわゆるスキルや加護だ。
「いや、いらないってば。スローライフにチートは邪魔でしょ。チートもらったら絶対戦いとか巻き込まれるやつじゃん」
「そ、そうだけど本当に困らない?」
私は考える。
困ること…
とにかく私はスローライフが送りたい。
「あ、でも異世界語だけは欲しいっ!」
私もちょっとはニュクスの加護が欲しかったらしい…!
異世界に行ってもコミュニケーションが取れないのはかなりの確率でオワタ案件すぎる。
「コミュニケーションが取れればいいんだよね??」
「うん、それだけはお願い!異世界語話せないと何も始まらないし!」
「かしこまり!じゃあ、“異世界共通語の理解と発話能力”は付与しておくね」
これで最低限は安心かな。
言葉がわかれば何とかなる。
「あと、美春の元々持ってる潜在能力だけは最大限引き延ばしておくから、なにか役に立つはずだよっ!」
大丈夫、私にそんな才能はない。
「じゃあ、行こうか──ミーシャ・アンベール」
「ミーシャ・アンベール……私の、新しい名前」
みーしゃ…は私が呼ばれてたあだ名だからわかるけど、アンベール?
「〈unveil〉は明らかにする、ベールを外すって意味だよっ!」
なるほど、いいかも。
「新しい人生の、最初の一歩だよっ♪」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
冴のこと、過去のこと、まだ全部吹っ切れたわけじゃない。
でも、歩き出さなきゃ。ここから、また。
「じゃ別れの最後にミーシャ、貴方のこの世界に望むことは?」
「ホス狂の私にチート能力は要らないので、異世界スローライフをおくらせてください」
光が私を包んだ瞬間、ニュクスがふわりと微笑んだ。
「私はいつでも見守ってるから──ねぇ、美春」
……あれ?今、名前で呼ばれた?
その声は、どこか昔のあの“ぬくもり”と重なっていた──。