8. 有能な相棒
整地された場所に、何となく置いた座りやすそうな岩に腰を下ろして、俺はぼんやりと空を見上げた。
晴れた空に、ぽっかり雲が浮かんでいる。
食べ物を与えたのはほんの出来心だったのだが、異世界生活数日にして同居人を手にいれた。
かわいらしさを感じるフォルムではあるが、俺の見立てでは原型は芋虫だ。
どうせならかわいい女の子が……そんなやましさ前回で呆けている俺のその隣で、イモがぷるぷるっと小さく跳ねる。
陽だまりに転がって、背を丸めながらぐでーっと寝ている。
仲間になった途端にこの寛ぎ様、大物である。
「なぁ、イモ。俺、そろそろ家って呼べるものを作りたいんだ」
ぷるっとイモが震える。
こちらを見ているということは会話が成立しているんだろうか。
「いや、同居人になったとはいえ、ほぼ初対面のお前がどう思ってるかは知らんけどさ。
今寝てる祠は悪くないけど、やっぱちょっと狭いし。俺、そろそろまっすぐ寝たい」
そう、祠は寝れなくはないが、体を伸ばすことは出来ない、絶妙に足りてないのだ。
いつもどこかの関節は曲げないと寝床に収まれないため、寝返りもままならない。
俺は拾った木の枝を使って、言葉が通じないかもしれないイモに説明するため、地面に図を描き始めた。
「こんな感じで、キッチンと寝室、あとはリビングか」
「ぷうっ」
「ん? お前も部屋が欲しいの?」
「……ぷくっ!」
「わからんな。ま、とにかく住みやすければいいんだよな」
枝で描いた図はぐにゃぐにゃだったけど、イメージはだんだん固まってきた。
イモはその設計図のど真ん中でころんと寝転がって、勝手に一部屋を占拠していた。
「おーけーおーけー。できあがったら寛いでいいから」
笑いながら、イモの頭を撫でた。
俺、巨大芋虫さわれてる。
木材を拾い集めてきたものの、俺は腕を組んでうなっていた。
「このまんまじゃ、どこにも使えねぇな」
抱えてきた木はサイズも太さもバラバラで、角もささくれている。そこで俺は、鍬を片手に一振り――ついでに念じてみた。
「……『家に使いやすいサイズ』とか、どう?」
すると――
【スキルを発動しました】
《均等加工》
→材木を加工する際、“使用用途に最も適した長さ・形状”に自動で調整されます。
「おお……スキル、マジでありがてぇ」
刃をあてると、鍬の重みだけで“すぅっ”と板が切れた。
余計なバリも出ず、切り口はなめらかで、木の香りがふわりと立ち上る。
「いい木だなぁ……あれ? おいイモ、お前なにしてんの」
イモは切ったばかりの板の上に乗って、ゴロゴロ転がりながら板の表面を磨いていた。
しっぽで優しくこすった跡には、ほんのり光沢がでている気がする。
「……なに、手伝ってるつもりなの? いや、まあ……意外と効果あるけどさ」
どやっとした顔(?)でこちらを見上げるイモに、思わず頬がゆるむ。
「よし、一枚だけがきれいでも浮いちゃうからさ、全部お願いな」
ぷるぅっ。
ニヤリと告げた俺に、イモはしまったとでも言いたげに体を震わせた。
それもそのはず、家を作る板の量って半端ないんだ。
板を切り、角を削り、表面を磨く――なんでもない素材たちが、少しずつ家づくりの建材に変わっていった。
イモも本当にお前は虫なのかと思うほど、俺の意図をくみ取って建材を磨き上げてくれた。
時々昼寝して全く起きてくれないこともあるが、もはや俺のスローライフに欠かせない相棒となったのだ。
用意した木材を一通り必要な形に加工し終わり、俺は腰を伸ばして深呼吸した。
切って、削って、磨いて……。
家といっても、まだ素人が考えて作る小屋に毛が生えた程度のものではあるが、スキルありきでもかなり大変な作業だった。
ようやく「部材」になった木たちを、今度は家のかたちに組み上げる番だ。
もちろん釘は無い、がここでお役立ちのイモ様である。
「……ここだな、柱。これ立てるぞ、イモ。押さえてくれ」
ぷるっ!
イモは柱材の根元にむにっと張りつき、なんとか身体で支えようと奮闘中。
ユウトが反対側を持ち上げて、枠に材をはめ込む。
ガコン。
微妙にズレた。
「……ちょい右!いや、そっちじゃな――わー倒れ、あっぶなっ!」
ユウトがあたふたするその横で、イモはすでにぺちゅっと接着糸を噴射していた。
ぐらつきが収まると、柱はふわりと安定し――乾いていくと、糸の表面にほのかな光沢が現れ始めた。
「おお。これ、仕上げのなんかを塗った後っぽいな、オイルみたいなやつ?」
指先で触れてみると、すべすべで、かすかに木の香りを引き立てている。
まるで蜜蝋仕上げの家具みたいな、ぬくもりのあるツヤ。
接着剤みたいにくっつけるだけではなく、イモの粘着液はコーティングのような効果も見込めるらしい。
ユウトはその仕上がりに思わず見とれた。
つやのある質感は、多少の水や汚れなら弾いてしまいそうだ。
「すげぇな……」
ほうと見惚れていると、得意になったイモはその後も、柱と床の継ぎ目、梁の接合部、棚板の支え、しまいには座ってたベンチの足元にまで勝手に糸をぷちゅっ!ぷちゅっ!と吐き出し続けた。
「あのなイモ、それ今使ってない!……ああもう、それ見た目きれいだから怒れねぇ……」
イモはしっぽで仕上がりをなぞりながら、ツルツルつやつやした表面に誇らしげに胸(?)を張った。