5. 畑を作る
一日目、寝る場所を確保してないことに気付いたのは夜だった。しかたがないので、祠の中で一夜を過ごすことにした。
ちょっと湿気があって狭いものの、枯れ草を集めて敷き詰めると寝床としてそれなりのものが出来上がった。
足を曲げておかないと体が入らないのが難点だが、屋外の安全性がまだ信用できない以上、こちらの方が幾分かマシだ。
あちこち凝り固まった体をほぐしながら、外に出ると、今日もいい天気のようだった。
今日の予定はもう決まっている。
「畑だな」
祠の横、朝陽が差し込む草地に目を付けた。木の根も少なくて地面が柔らかい。
鍬を手に、最初の一振り。
――ザク。
刃先が土を割ると、ふんわりと湿った香りが立ち上がる。
数度耕しただけで、黒く柔らかな土が顔を覗かせた。思ったより、いい土だ。
「よしよし……形になってきた。で、あとは……」
そこまでやって、ふと手が止まる。
「……種が、ねぇ!」
目の前にはきれいに整った土の畝。
だが植えるものが何もないことに気づいた瞬間――
【スキルを獲得しました】
スキル:《種子生成》:森に存在する植物の“種”を任意で生成できる
誰もいないはずのこの場所で、スローライフに似つかわしくない無機質なシステム音声が響いた。
「……マジで? こういうノリ?」
手のひらを見ると、小さな光の粒がふわっと現れ、数粒の種となって落ちた。
見覚えのない種。でも何となくだが、食べられるんだろうと感じた。きっとご都合主義的な展開なんだろうと。
森に存在する植物で知っているものといえば、すでに食べた芋か実といった所だろう。
「森の恵み……って、そういう意味だったのか」
万全な森のバックアップ体制を感じつつ、俺は掌に乗せた小さな種を一つずつ、耕した上に並べていく。
色も形も見慣れないけれど、食べられる瞬間が今から楽しみだった。
「……よし、播種完了。にしてもこの鍬、めっちゃ耕しやすいよな」
見回すと、大きめの葉っぱを重ねて蔓で結んだ自作の水汲み袋が、朝に見つけた泉の水でいっぱいになっていた。きれいに密閉されている水袋ではないから多少漏れているが、臨時の水やり用途としては十分だ。
土に染み渡るように、種が流れてしまわないように、そっと注ぐ。
「……芽、出るといいな」
*****
焚き火の準備をして戻ると、畑の隅に――小さな緑の先っぽが、ぴょこんと顔を出していた。
「……うわ、早っ!? もう発芽してんの?」
しかも、他の種もぽつぽつと芽吹き始めている。
よく見ると、葉がほんのり光を反射してゆれていた。
森の風がすうっと流れ、芽たちがその風に合わせて小さく揺れる。
まだ種を蒔いて一日も経っていないが、何だか自分が育てるその小さな芽に、愛おしいような気持ちが湧いてきた。
*****
翌朝、寝ぼけ眼で外に出た俺は、畑を二度見した。
昨日まいたばかりの種が、柔らかな葉を何枚も広げ、もう膝丈くらいまでに伸びていた。
一部は蕾のようなものがふくらみかけていて、花か実がなる寸前のように見える。
「いやいやいやいや、え? 肥料無しで? 水だけで?」
見間違いじゃない。自分で蒔いて、確か昨日の夕方に芽をだしたばかりだった。
それがたった一晩でここまで――
「……あれか、スローライフ仕様のチートってやつか」
俺は畑を見下ろしてニヤついた。収穫まで早くても二ヶ月くらいかかるだろうと予測していたが、この様子だと一週間と立たず収穫できるかもしれない。
しかしぐんぐん育ってるのは嬉しいが、肥料もないし消毒剤の代わりになるようなものも今はない。水をやるくらいしかお世話がないため、早速暇を持て余す。
「よし、恩恵で畑は安心そうだ。今度は、道具とか食器とか、ちょっと作ってみるか」
育つのを待つ間に、出来る事を増やしておこう。そう思って鍬を手に、森へと足を向けた。
*****
森の小川沿いで、平たい石をいくつか拾う。
中でも黒くて硬めの石を見つけたとき、なんとなく忍者のクナイが頭に浮かんだ。原始的というと忍者に失礼かもしれないが、初期の刃物にぴったりな見た目じゃんって思ってしまった。
壊してしまわないよう、慎重に石で石を叩き割り、縁をそっと削っていく。細く尖ったかけらが、何だかそれっぽい形になった。
「……ナイフ、っぽく見えるんだけどなぁ。試し切り、っと」
枝を削ってみると、金属のナイフ程はいかないが、比較的良い切れ味だった。
「うお、いけるじゃん。皮むきくらいなら何とかなるかも?」
そのあとは木を蔦で巻き付けて柄を作り、応急ながら“自作ナイフ一号”が完成した。
「道具が作れたっていうのは、なんか一歩前進って感じだな」
自作のナイフを見てニヤニヤしながら、人類もこうやって進化したんだろうかと思いをはせる。
早速作ったナイフを片手に、種子生成で作れる種のレパートリーを増やすことも考えて更に森の中を散策していた。
これまでより奥までやってきた所で見つけたのは、大きな青い実。
木にぶら下がっていて、ふわっと甘い匂いがする。
《森の恵み》に集中すると、「毒はなし/熟成中/加熱推奨」なんて直感が浮かんできた。
「加熱……ってことは、焼けばうまいやつ?」
芋と合わせてホイル焼き風(木の皮&葉っぱ包み)で蒸し焼きにしてみたら、これが驚くほどホクホクして甘かった。
「これ、正直昨日食べた芋みたいなのよりうまいぞ……」
早速種子生成で種を植えておく。
「熟成したらもっとうまくなるのかな?」
なんという植物なのかわからないので、その辺りで拾った石に焚き火で炭化した木の枝で「青・熟」と書いて分かるように置くことにした。
いつもお立ち寄り頂いてありがとうございます。
これまでのお話にもちょこちょこ手を加えています。
「こんな流れあったっけ?」と思うことがあれば、過去が変わっているからかもしれません(汗