3. スローライフスタート
目覚めると、木漏れ日の中で鳥が鳴いていた。
祠の床は冷たいけれど、どこか心地いい。
俺は鍬を肩にかけて、森の風を深く吸い込んだ。
「さて……スローライフって、何すりゃいいんだ……?」
畑? 料理? DIY?
でも農業とかしたことないし、レシピとか調べようにもスマホもない。
“のんびり暮らす”って言葉だけが独り歩きして、具体的なやることが思い浮かばない。
「……とりあえず、この辺りの散策でもしてみるか」
森を歩きながら、慎重に周囲を観察していた。
こういう世界で典型的なのは、外に出たら魔物がいたパターン。どう考えても鍬しかない状態では詰みだろう。
そう思っていたが、魔物どころか、小動物にすら出会わなかった。
歩き回りながら、見つけた食べられそうなものを探していった。手にしたものを集中して見てみると、なんとなく“このきのこはイケる”“この実は酸っぱい”みたいな直感が湧いてくる。
あの木の根元、何となく気になるな……と近づいて土を掘ってみると、丸々とした根菜が出てきたり、低木に生えた怪しい赤紫の実が食べられると感覚で分かったり。
恐らく恩恵のお陰なのだろう。
採取してきた食材をかき集め、その辺りで拾った木の枝に刺していく。
「さて、次は火でも起こしてみるか……」
俺は祠の中で、火打石のようなものを見つけていた。
不格好な石と金属片――でも、何度か試すうちに、小さな火花が落ち葉にパチッと跳ねた。
「……ついた!」
炎は小さく揺れ、やがて枯れ枝を飲み込んでゆっくりと大きくなる。学生時代はキャンプ行ってバーベキューとかやったなぁ等と感慨に浸りつつ、 焚き火の火を調整しながら即席の串焼きにしていく。
――ジュッ。
「お、焦げ目……ついた! 火、強すぎないかこれ?」
ぶつぶつ言いながらも、森の静けさと焼けていく香ばしい匂いに、ちょっとだけワクワクしていた。
「……まあ、見た目はアレだけど、いただきます」
一口かじると、焦げ目の香りがほんのりして、苦味のあとにほのかに甘みが残る。サツマイモのようなホクホクと甘みのある野菜のようだ。
「……うまっ」
ごちそうってわけじゃない。でも、不思議と心にしみた。最近はインスタントラーメンとエナドリの日々だったから、自然の食べ物がこんなに美味しいと感じることが久しぶりだった。
「なんだろな……“ちゃんと生きてる”って感じ、する」
味ももちろんだが、ここにあるものを手で得て、自分の起こした火で調理した。その事実が何よりもおいしさを際立たせた。
焚き火の火に当たりながら、俺は空を見上げた。枝のあいだからのぞく青が、なんとも静かだ。
「さて……これからどうするか、だよな」
祠があるから当面は雨風もしのげるし、鍬もある。森の中でなんとかなることも分かってきた。
けど――布団がない。調理道具もない。このままの生活をできなくもないが、スローライフとはいえ、もう少し文化的に暮らしたい。
「とりあえず、火を起こしやすくするとか、寝床もうちょい整えるとか……あと飯。安定して確保したいな」
頭の中で“スローライフのやりたいことリスト”がぼんやりと浮かんでくる。
畑を作って、とれた野菜や果物で保存食も作ったり、武器も作って動物を狩るとかも肉を食べるには必要だろう。それに憧れるのはログハウスだ。家造りだってやってみたい。
「……全部、やったことねぇけど」
でも、それが悪くない。
ゆっくり、のんびり。少しずつ暮らしってやつを作っていけばいい。
薪をくべ直して、もう一串焼き野菜をあぶりながら、これからの日々を思い描いていた。