1. TVに映る理想と過酷な現実
デスクの山に埋もれているとき、ふと耳に入ったテレビの音。会社に泊まり込んでいた深夜二時、仮眠室の片隅でついていた古いテレビが映し出していたのは、
『特集!都会を離れて、森の中へ~Iターン生活一年目の記録』
小さな山間の村で、自家栽培の野菜を収穫する女性。薪ストーブで作るスープに、笑顔を向ける近所の人々。
――画面越しに広がるその世界に、俺は目を奪われた。
「……いいな、こういうの」
画面の向こうの女性が、にこやかに野菜を抱えて話す。
『派手じゃなくていいんです。毎日、畑に“ありがとう”って言いながら暮らすのが、私には一番の贅沢なんです』
社畜歴三年目の沢渡ユウトは、手元の納期ギリギリの仕様書と、進捗ゼロのエクセルファイル。そして、上司からの鳴り止まないチャット通知も忘れ画面に釘付けになっていた。
こんな生活してぇ!そんな気持ちになったのは、どれぐらいぶりだったろう。膨大な仕事量に上司の叱責が飛ぶ毎日は、将来を夢見る気持ちも削り取ってしまっていたのかもしれない。
「……俺も、誰かにありがとうって言ったり、言われたり……そんな心の余裕がある暮らし、してみたいわぁ……」
テレビの中に映る、“朝起きて畑へ出て、昼は小屋の影で昼寝、夜は星空を眺めながら過ごす”――そんな時間が、宝石のようにキラキラと映った。
そんなささやかな願いが、数日後突然終わった彼の人生と共に、“新しい世界”へ届くことになるとは露知らずに。
まさに仕事は佳境。睡眠時間を削って会社に詰めること三日。
飲んだエナドリの缶が並ぶデスクで、あまりの睡眠時間の短さに俺の意識は朦朧としていた。
今日の山場を超えれば久しぶりの休み。あと少しの辛抱だと言い聞かせながらキーボードを叩いていた。
深夜、だるく重い体がふっと軽くなった気がした。遠ざかる意識の中、俺の体は静かに崩れるように椅子から落ちていく。
ざわつくオフィス、誰かの叫び声。なのに――俺の中では、全てが遠ざかっていった。
ふと気がつくと、音も消え、色も消えた真っ白な空間に、ぽつんと浮かんでいた。
壁もない、さっきまであった机やパソコンも無い、ただただ真白い世界。
「俺、職場で倒れて……どうなった?」
目を開けているのかもわからない。ただ、穏やかな何かが胸の奥を包んでいた。
久しぶりに感じる安らぎに身を委ねていると、どこから共無く、声が降ってきた。
『……あなたの願いは、届きました』
声は優しく、風の様で、森のざわめきのようでもあった。
『ありがとうを交わせる、そんな暮らしを望んだあなたに――」
次の瞬間、淡い光が俺の体を包んだ。
真っ白だった視界の中に、柔らかな緑と、風に揺れる葉の音が近づいてくる。