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女傭兵トルソーの処戦訓

作者: 裏律

 まばらに木が生え、多少障害物があり、程よく見晴らしが確保できる平野で、夕日の、湿った鋭利さのある光の下、とある国の軍が駐屯し、野営に取りかかっている。次第に、野営の準備を終え、酒盛りを始める所が増えだす。

 軍の駐屯する平野の一区画で、酒盛りしている集団が、夜に備えて、薪をくべた焚火を囲い、やけに盛り上がり、騒いでいる。軍内の大半の兵士は、統一した規格の、しっかりとした造りの軽鎧を身につけているのに対し、その一団の装備は、統一感がなく、かつ、その多くは、みすぼらしさが目立つ格好となっている。

 そんな一団の近くを、一人の若い、他の兵士と同じく規格化した軽鎧を身につけた、青年の兵士が通りかかる。青年は、酒盛りをして、他よりも、いっそう盛り上がっている一団を、彫りが深いが、柔和な滑らかさのある顔立ちの、顔を向ける。

「傭兵が、酒盛り?」

 青年は、一団を見つめながら、そう呟く。

 呟いた瞬間、その近くで、胡坐を組み、酒を飲みかわしていた、三人の、みすぼらしい装備の者たち、傭兵は、黙りこむ。

 そんな傭兵たちの様子に、青年は、小さな声で「あ」と呟く。

 少しの間、その場に、沈黙が流れる。

 やがて三人の傭兵の内、一人の女傭兵が、鼻を鳴らし、素朴な細目で見上げる。

「お国の正規兵さまを差し置いて、傭兵ごときが贅沢してんのは、お気に召されない、って?」

 きめの粗い、濁りのような、奇妙な甘さを持った、低い声で、そう言うと、女傭兵は、すぐに逸らし、小瓶に入った酒を、口にふくむような動きで、少し飲む。そして胡坐を組んだ太股に、肘をつき、手の甲で、顔を支える。

 青年は「いや、その」と言いながら、そっぽを向く女傭兵の、厚み感じる丸みを持って、突き出る、奇妙な高さのある鼻が目立つ、横顔を、一瞬、見て、すぐに目を逸らす。

 そんな二人に、女傭兵の向かいに座っている中年男性が、控えめな動きで、後頭部をかく。

「いや、ちょっとトルソーさん、そんな言い方しなくたって」

 その中年男性の言葉を、トルソーと呼ばれた女傭兵は、無視し、小さい酒瓶の飲み口を覗きこむ。

 そんな態度のトルソーを見つめ、中年男性は無精ひげをなでながら、ため息をつき、トルソーの隣に座る、細身の男の顔を向け、太く、毛羽立った眉を下げ、血色の悪い下唇を突き出し、肩をすくめる。

 細身の男も、そんな中年男性に、引きつり気味に、口角を引き上げ、肩をすくめ返す。そして立ち上がると、その場を離れ、他の傭兵の集まりに合流する。

 そんな細身の男を見送った後、中年男性は、青年を見上げ、トルソーを顎で指し示す。

「トルソーさん、いつもこんななんですよ。すんませんね、正規兵さん。どうか、お気を悪くせんでください」

「い、いえいえ、そんな」

 中年男性の言葉に、青年は、トルソーを細かい動きで、何度か目を向ける。そして中年男性に向き直る。

「元は、私が何も考えずに失礼なことを言ってしまったのが悪いんですし」

 そして青年は、中年男性を見下ろしながら、少し、身を屈めて、一瞬、目を泳がせると、軽い動きで、頬をかく。

「それに私は、正規兵とは言え、まだまだ新兵でして。なので、そこまでかしこまらないでください」

 身を低くして、そう言う青年に、中年男性は、軽い声で「おぉ、そうかい」と返すと、少し腰を持ち上げ、近くにある荷物入れを漁り、そこから持っている小さい酒瓶と、同じ酒瓶を取り出す。

「まぁ、それはそうとして、正規兵さんも、酒、呑んでくかい?」

 そして中年男性は、青年の気を引くように、手に持った小さい酒瓶を、小さく振る。

「トルソーさんが失礼なこと言っちまった、詫びだ」

 そう言い、小さい酒瓶を差し出すように、青年の足元に置く。

 青年は、足元の小さい酒瓶に目を下ろすと、次は、中年男性に目を向けると、「えっと、いいんですか?」と聞く。

 中年男性は、手に持った小さい酒瓶を口に近づけると、青年を、上目遣いで見る。

「おう、正規兵さんが吞んでるほど、うまい酒じゃねぇけどな」

 そう言うと、小さい酒瓶を煽り、酒を飲む。

 青年は、「いえいえ、そんな」と言いながら、小瓶の前に、腰を下ろす。すると小瓶の蓋を空け、飲み口に唇を、軽く当てるようにしながら、一口、酒を呑む。そしてすぐに飲み口から、唇を離す。

「先ほどは、失礼しました。なんといいますか、あまり傭兵の方々、酒盛りできる、って印象がなかったもので」

 その角張のある、太い眉を下げ、後頭部に手を当てながら、言う。

 そんな青年の言葉に、トルソーは粗い息の吐き方で、鼻を鳴らすと、顔を支えている腕を下ろす。そして青年に、一瞬、目を向けると、すぐさま焚火に顔を向ける。

「そりゃあ、まぁ、私たちみたいな、使い捨ての、バイト兵士ごときが、贅沢してるさまなんざぁ、士官学校育ちの新兵さまからしたら、さぞかし珍しいこっでしょうよ」

 焚火を見つめ、そう言う。トルソー、の小さい酒瓶を持つ手は、その飲み口を、摘み、揺らすようにして、軽く、小瓶を、かき回す。

 青年は、焚火を見つめるトルソーの、角度の広い柔和な尖りを持った、特徴的な鼻以外は、地味な印象の顔に、目を向ける。

 そんな青年とトルソーに、中年男性は「あぁ、もう、だから」と言うと、消極的な、小さい動きで、額を引っかき、ため息を吐きながら、下を向く。

 見つめてくる青年を、対するトルソーは、いっさい見ようとしない。

 少し、三人の間で沈黙が流れる。次第に、日が落ち、辺りが完全に暗くなる。焚火が、三人の姿を照らし出す。

 青年が見つめる先で、焚火の光で、トルソーの、全体的に地味で、骨ばっているが、しっかりと立ったエラから顎までの、輪郭の、滑らかだが硬質さのある流れによって、奇妙な威圧感を持つ顔が、浮かび上がる。

 すると中年男性が、顔を上げ、青年に向き直る。

「すまんな、正規兵さん。こんなんでも、この人、すごい人なんだよ。今、俺たちがこうやって酒盛りできんのも、トルソーさんがウチの傭兵団で信頼されてるから、特別に支給してもらえてんだよ」

 肩を落としながら、中年男性はそう言う。

 その言葉に、中年男性を振り向いた。青年は「そうなんですね」と返す。

 そんな二人に、トルソーは、トゲトゲしい粗い息の吐き方で、鼻を鳴らす。

「おいおい、バカ言ってんじゃねぇよ。私が出す程度の、みみっちい成果で、こんな豪勢なモン、支給して貰えるわけねぇだろ。これも全部、私が、軍部のお偉いさん方に、この臭い股、かっぴらいて、一生懸命シゴかせていただいてるから、ウチの団は、上層部と懇意になって、そのおこぼれで、お前らはいい思いできてんだぞ」

 そう言うトルソーに、青年は向き直り、中年男性は、鈍い動きで首を振ると、肩をすくめる。

 トルソーは、中年男性に向き直り、口角を、片方、引き上げる。引き上げた方の口角には、柔和な開き方をした隙間が覗く。

「軍部には、女が少ねぇからか、こんな汚い穴でも、大層、喜んでいただけてなぁ。こんなんで喜ぶなんざぁ、変な趣味してんよなぁ。私が男だったら、こんな傭兵稼業してるような、不潔な上に、安っぽい、行き遅れ女、死んでもごめんだぜ」

 そう言うと、トルソーは、裏返って、匂い立つような掠れを持った、特徴的な笑い声を上げる。

 そんなトルソーに、中年男性は、顔に引きつり気味の皺を浮かべ、舌を出すと、勢いよく小瓶を煽り、酒を飲み干す。

 笑い声を上げるトルソーに目を向けていた、青年は、一口、小さい酒瓶の飲み口に唇を当て、酒を口にふくむと、中年男性に顔を向ける。

「やっぱ、そうゆうこともあるんですか?」

「さぁ? あるかもしんねぇが。だが、トルソーさんのは、ただの妄想なんじゃねぇかな? たぶん、どっかでかぶれてきたんだろう」

 青年の問いかけに、中年男性は、肩をすくめ、そう返す。

 そんな中年男性に、トルソーは、ヒリつきのある動きで眉間に皺を寄せ、「あ?」と呟く。

 中年男性は、一つ、ため息をつくと、トルソーに向き直る。

「まぁ、そんなことよりです、トルソーさん。アンタそんなんだから隊長止まりなんですよ」

 そう言う、中年男性に、トルソーは、トゲトゲしい粗い息の吐き方で、鼻を鳴らすと、そっぽを向く。

「ほっとけ。私が困難だから、お前らは、まだ生き残ってこれてんの。感謝しやがれ」

「団長たちも悲しんでましたよ? 数少ない〘仇名付き(ネームド)〙のトルソーさんが、〖湿地の団〗の隊長止まりだなんて、って」

 トルソーが放った言葉に、そっぽを向く、その横顔を見つめながら、中年男性は、そう返す。

 そんな中年男性を、トルソーは、無機質な乾いた笑い声を上げると、横目で見る。

「敵から無様に逃げ回って、撤退まで時間、潰してる姿が、雄姿にでも見えるったぁ、こんな戦争続きの世の中でも、幸せに生きてる奴は、けっこう多いようで」

 そして少し背を丸め、卑屈さのある動きで体を揺らしながら、言うと、小さい酒瓶の飲み口を、唇に当て、小瓶を傾け、一口飲む。

 そのトルソーの様子に、中年男性は、青年に向き直ると、眉を下げ、鈍い動きで、首を振る。

 青年も、中年男性と向き合い、同じく眉を下げ、一瞬、口角を、強めに引き上げると、軽い動きで肩をすくめる。

 三人の間に、少しの間、沈黙が流れる。

「ここら辺の方々は、〖湿地の団〗所属なんですね」

 やがて青年は、沈黙を破り、そう疑問の声を上げる。

 そんな青年に、中年男性は「おう」と返す。

 青年は、小さい酒瓶を両手で持ち、焚火に目を向ける。

「〖湿地〗ですか。今、戦争で主に扱われる《魔術》を、端的に表した団名ですね」

 浮遊感のある、軽さのある声で、青年は、そう言う。

 そう言う青年を、トルソーは、締めつけるような、柔和な、軋みのある動きで、振り向く。かさつきのある、広いが、柔和な流れを持った細みの唇の、口角が引き上がり、湿り気のある、無機質な張りを持った笑みを浮かべる。

「へぇ、それを知ってるったぁ、お坊ちゃんにしちゃあ、よく分かってんじゃねぇか」

 底に溜まったような、濁りのある、甘ったるさを増した、低い声で、言いながら、トルソーは、胡坐を組んだ太股に、肘をつき、顎に、手を当てる。

 そんなトルソーを、青年は、少し身を引き、見つめ、中年男性は「またかよ」と呟き、鈍く、ガタつきのある動きで、目を逸らす。

 その二人を傍目に、トルソーは、無機質なくらいに、輪郭の起伏が無い、なだらかな曲線を描く、顎を撫で、青年を、わざとらしい動きの、上目遣いをして、見つめる。

「〖湿地の団〗の〖湿地〗は、おっしゃる通り、今、戦場で主流の、《土》と《水魔術》を示す言葉として、団名に取り入れてるっつぅわけでよ」

 そう話すトルソーに、青年は、軽い動きで頷きながら、話しに耳を傾ける。

 中年男性は、ため息交じりに、後頭部を、強めに引っかく。

「出たよ。トルソーさんの悪い癖が。一回り年下でも、お構いなしかよ」

 その言葉に、青年は、中年男性を振り向き、幼さのある動きで、首を傾げる。

 そんな青年に対し、中年男性は、青年から遠い方の手を上げ、その手のひらを向けると、すぐに下ろし、立ち上がる。すると小さい酒瓶を、青年に向けた方の手に、持ち変えると、酒瓶を手放した方の手で、青年の肩を、軽く叩く。

「正規兵さん、嫌だったら断ってくれていいからよ。俺もその辺に居るから、困ったら言ったくれや」

 その中年男性の言葉に、青年は「え? あ、はぁ」と返事をする。

 その返事を聞くと、中年男性は青年に背を向け、片手を上げる。

 トルソーは、去っていく中年男性に、その背中に向け、粗く、手で払うジェスチャーをする。

 中年男性は、振り向くことなく、別の傭兵のグループに入っていく。

 そんな中年男性の様子に、トルソーは舌打ちし「なんだよ、アイツ」と呟くと、青年に向き直る。

「続けんぞ? 〖湿地の団〗に所属する団員は、《土》か《水魔術》を使えるのを求められるから〖湿地〗なわけだが。まぁ、理由だが、お坊ちゃんの知ってる通りだわな」

「はい、《土》と《水魔術》が、最も扱いやすいのと同時に、戦争での汎用性も高いからですよね?」

 トルソーの言葉に、青年は頷き、言葉を返す。

 そんな青年に、トルソーも頷き返す。

「あぁ、つぅわけだから、ウチの団では、この二つか、どちらかを持ってる奴を、積極的に取り入れてるわけだ。ちなみに私は《水魔術》を使う。まぁ、今じゃあ、もっぱら《土魔術》が重宝されてんがな。ひと昔前は《水魔術》が覇権を握ってたんだがな」

 そう言うと、トルソーは、小さい酒瓶を目の前まで持ち上げると、焚火に透かして、軽い動きで、振る。少しだけ残った酒が、小さく跳ねるのが、透けて見える。

「だが、アイツらのおかげで、戦争は《土魔術》を主流にせざるを得なくなっちまった」

 そしてトルソーは、小さい酒瓶を、いっきに煽り、酒を飲み干すと、青年に向き直る。青年に向き直った、トルソーの細い目は、潤み、焚火の明かりを反射し、陰りのある、揺らめき持って、輝く。

「私のテントに、もうちょい、いい酒があんだがよ。来るか?」


 夜が更けた頃、大きめなテントの中で、陰りのある、柔和な明かりが灯り、一人分の人影が起き上がり、それに続き、それよりも細身な、もう一人分の人影が起き上がる。

 テントの中では、裸の青年が、ランプを持ち、座りこむ。

 その背後では、薄めの毛布にくるまったトルソーが、青年の、筋肉の起伏が強い背中を、見つめている。

 やがて青年は、ランプをこじんまりとした机に置き、身支度を始める。

 トルソーは包まった毛布を引きずり、テントの隅に座りこむ。そして羽織っている毛布の、首元を広げ、その中を覗く。首元の毛布の隙間が広がり、湿った陰が溜まりできたくぼみにより、浮き上がった、無機質な艶やかさのある、滑らかな鎖骨が露わとなる。

「なぁ、お前、知ってるか? 今の戦場で、何に、一番警戒しねぇとなんねぇか」

 そう問いかけると、トルソーは、首元の隙間に、鼻まで顔を突っ込む。

 トルソーの問いかけに、青年は、少しの間、空中を見つめる。

「さぁ。やっぱり〘仇名付き〙とか? になんのか?」

「まぁ、確かに、それもあんだがよ。だが違う」

 青年の答えに、トルソーは否定の言葉を返す。

 そんなトルソーを、青年は肩越しに振り向く。

 トルソーは、少しの間、青年を見返すと、目を逸らせ、口を開く。

「ソイツらは、ある時、急に現れた部隊で、どの国に属してるのかすら、分かっていない。分かってんのは、ソイツら、全員、黒いローブを着て、ハチ合わせちまったら、〘仇名付き〙ですら撤退を選ぶ。ソイツらは―――」

 ここまで言うと、トルソーは、一瞬、言葉を切り、続けて「―――〘死神〙、って呼ばれてる」と告げる。

 青年は、また前に向き直る。

「じゃあ、そいつらと実際にハチ合わせたりしたら、どうすればいいんだ?」

「ハチ合わないことを祈っとけ。アイツらの姿を見ちまった時点で、よっぽどのことがない限り、生き残るのは無理だ」

 疑問の声を上げる青年に、トルソーは間髪入れずに、言い聞かすように告げる。

 そんなトルソーの言葉に、青年は「そうか」と返す。

 その青年の様子を、トルソーは、しばらく黙って見つめる。

「そういや、お前は、どうして士官したんだ? 戦争は続いてっけど、それでも国は、そこまで貧しいわけじゃねぇし、お前、たぶん頭いいよな? 他に働き口はあったろ?」

 それに青年は、肩越しに横顔を向けるくらいに、トルソーを振り向くと、とぎれとぎれに「それは、まぁ、そうかも、なんだが」と答える。

「実はな、俺の故郷は戦争で無くなっててな。そん時に、まぁ、家族も、弟以外は全員な」

 そう言いながら、青年は、軽く、頬を引っかき、また前に向き直る。

 そんな青年に、トルソーは「そっか」と返すと、毛布を肩にかけた状態で、四つん這いになり、ぎこちなさが目立つ、わざとらしい幼さのある、ゆっくりとした動きで、近づいていく。毛布がはだけた隙間から、溜まった水のような、湿り気のある陰が、浅い谷間を形作ることで、控えめな胸部が浮き上がる。その控えめな胸部は、水滴の張りのような、湿り気のある、硬質さな滑らかさの曲線を描く。

 近寄ってくるトルソーを、青年は、また振り向き、見つめる。

 トルソーは、青年の傍らまで近寄ると、その筋肉質な腕の、手首を、触れるような力加減で掴む。

「じゃあ、なんだ。やっぱり故郷の恨みとかが、あるってことか?」

 そしてトルソーは、青年の顔を、上目遣いで見上げ、わざとらしい幼さが目立つ動きで、首を傾げる。

 青年は、そんなトルソーを、しばらく見つめると、やがて目を逸らし、少し空中に目を向け「まぁ、恨みがないわけじゃない、が」と言う。

「けど、それは弟の方が強くてさ。アイツのこと、しばらく面倒みて、思ったんだ。コイツは将来、絶対に兵士を目指すんだろな、って。だから弟が兵士になった時に、手助けできるように、先に兵士になっておこう、ってな」

 その言葉に、トルソーは「そっか」と返すと、戸惑いのある、ぎこちない鈍い動きで、青年の腕に寄りかかる。

 そんなトルソーを、青年は、一瞬、見下ろすと、すぐに目を逸らす。

「それにアイツ、執念深いからよ。たぶん俺が兵士にならないで、働くなんて言った日には、それこそ俺まで恨まれちまう」

 青年は、そう言いながら、大げさに気落ちしたような、軽い動きで、肩を落とす。

 そんな青年を、トルソーは、覗きこむような上目遣いで、きょとんとして見上げる。すると、すぐに息を吐き出すような、含み笑いをしながら、体を小刻みに震わせる。

 そのトルソーの態度に、青年は、大げさに目を見開き、わざとらしい動きで、首を、ゆっくりと横に振る。

「お前、笑い事じゃねぇってっ。アイツの様子、尋常じゃないんだってっ。下手したら、こっちが殺されかねなかったんだからなっ」

 そして青年は、わざとらしい金切り声を上げ、まくし立てる。

 トルソーは、とうとう堪えきれず、吹き出し、笑い転げる。

 それにつられ、青年も笑いだす。

 二人は、しばらく笑い続け、やがて笑いが収まり出す。

 すると青年は、収まった笑いに、後を引かれたように、少し、引き上がった口角を、そのままに口を開く。

「だからアンタは戦うな、って言うけど、俺は弟のために、軍で成果を上げておきたいんだ」

 そう言いながら、口角の引き上がりを、元に戻し、トルソーに横目を向ける。

 トルソーは、笑いすぎで潤んだ目で、青年を見上げると、少しの間、見つめ合う。やがて目元に浮いた涙をぬぐうと、また青年に向き直り、口を開く。

「なら憶えとけ。〘死神〙どもが現れる時、必ず、軽く、何かが爆発したみたいな音がする。その音が、一度響いただけで、次の瞬間には、人が一人、死ぬか、重傷を負う」

 そう言うと、トルソーは、青年から顔を逸らし、片膝を立てると、羽織った毛布を引っ張り、包まり直す。

「少し前の、《水魔術》が戦争の主流だった時に、突然現れたのが、アイツらだ。戦場での《水魔術》の使い方は、直接、水を操るモノもあるが、主に血液を操って止血するのが多い。だが〘死神〙どもの攻撃は、気づいた時には、いくつも大怪我してるから、止血も追いつかねぇ。だから《水魔術》とは、なんとも相性が悪くてなぁ。そんなわけだから、当時の〘仇名付き〙は、もちろん《水魔術》を使うヤツが、多かったわけで。そいつらは、どんどん〘死神〙に葬られていった、っつぅわけだ」

 ここまで言うと、一瞬、青年に目を向け、すぐに戻す。

「この時から〘仇名付き〙って呼ばれるのは、戦場で活躍しただけじゃなくて、この〘死神〙とハチ合わせて、生き残ったヤツだけになった。おかげで逃げ回ることしか取柄のない、こんな恥知らずが〘堅牢〙なんつぅ、分不相応な仇名を付けられたわけだ。だから今の、私以外の《水魔術》が得意な〘仇名付き〙は、バケモンばっかだわ」

 ここまで言うと、トルソーは、いったん黙りこむと、包まった毛布の下から、手を出すと、青年の手を取る。

 青年は、トルソーを見下ろす。

 そんな青年を、トルソーは見ない。

「行く当てがねぇヤツらを、預かって面倒見てんだ。こんなんでも金だけは、けっこうあるもんでな」

 ここまで言って、トルソーは、青年に向き直り、口を開く。

「今は、あんま先のこととか、考えらんねぇだろ? それでもし、お前らの復讐が終われる、満足できる、ってんなら、弟と一緒に、ウチに来いよ。落ち着くまでは、面倒見てやんよ」

 そして一瞬、青年から目を逸らすと、すぐに見つめ直す。

「だから、私の家族になってくんねぇか?」

 そう言い、トルソーは、青年を見つめ、黙りこむ。

 そんなトルソーに、青年は、少し、首を傾げると「それは、ありがたいが。いいのか?」と返す。

 その問いかけに、トルソーは、柔和な湿り気のある息遣いで、鼻を鳴らすと、青年から目を逸らす。

「こんくらいしかしてやれないけどな。それに、そんな感謝されることでもねぇよ。私が、やってることなんざ、追い詰められたヤツらの弱みに付け込んで、自分の寂しさをごまかしてるだけだ。だって助けられた相手のこと、一人にはできねぇだろ?」

 ここまで言うと、トルソーは、水の流れのような、柔和な鋭利さに、濡れたような動きで、口角の引き上げ、小さい笑みを浮かべる。

「別に、私のためだけに生きて欲しいってわけじゃねぇ。ただ最後には、こんな私を見捨てないでいてくれるヤツが、家族が欲しいんだ」

 笑いながら言い、身を屈め、立てた膝に、顎を置く。

 そんなトルソーを、青年は、黙って見つめる。

 二人の間に、しばらく沈黙が流れる。

 やがてトルソーは、小さく身じろぎするような動きで、態勢を変える。そして立てた膝に、顔をこすりつけるようにして、頬を当て、見上げるような横目で、青年に目を向ける。

「こんなん、気持ちわりぃよな? 股、開いた、一回り下の男に、家族だ、なんだ言ってる女なんざよ」

 そう言う、トルソーを、青年は、しばらく、じっと見つめる。

 黙って見つめて来る青年に、トルソーは、立てた膝に当てていた頬を離し、顔を起こし「ん?」と呟く。

 すると青年は、そんな様子のトルソーに、覆いかぶさるようにして、ゆっくり近づいていく。

 その青年の行動に、トルソーは「え、あっ、ちょっ」と呟きながら、後ずさると、バランスを崩し、布団に倒れこむ。

 そんなトルソーの上に、青年はのしかかる。

「俺としては、そこ自体が気持ち悪いって言うよりさ。その内心を利用して、必死に、一回りも年下の男の気を引こうとしてる方が、気持ち悪いぞ」

 青年は、わざとらしく意地の悪さを強調した、笑みを浮かべ、腕の下のトルソーを見下ろす。

 そんな青年とトルソーの間に、刺しこんでくるランプの明かりが、トルソーの白い肌を照らし出す。ランプの光で浮き上がる、トルソーの、その白い肌は、遠目では分からなかったが、近くで見ると、体中に、細々とした古傷が浮いている。

 青年は、特に集中して、多くの古傷が浮く、トルソーの首を、触れるようにして撫でる。

 トルソーは、顔を逸らし「まっ、待ってっ!」と言うと、そんな青年の、首に触れて来る手を掴むと、その手とは、反対側の肩を触れるようにして、抑える。

 そんなトルソーに逆らうことなく、青年は身を引くと、不思議そうに、首を傾げ「ん? どうした?」と聞く。

 トルソーは、一瞬、横目を、青年に向けると、すぐに逸らす。

「いや、その、風呂とか、入れねぇから、私、今は、あんま綺麗じゃねぇわけだろ?」

「まぁ、場所も場所だし、それは仕方ないだろ」

「だから、もう一回は、その、息とか。だから、もうちょっと、ちゃんとした時に、さ」

 そのトルソーとの問答に、青年は、意図を飲み込めない様子で、トルソーを見つめ「いや、今更だろ? なんで?」と問いかける。

 青年の問いかけに、トルソーは、その白い肌を、ザラつきのある、甘ったるい、湿った赤みが、濡らすように浮く。そして顔を隠すように、青年との間に、手をかざす。

「だって、お前には、抱いてよかった、って思われたい」

 かすれ気味の、甘い鈍さを持って、揺れるような、弱々しい声で、トルソーは言う。

 その言葉に、青年は、一瞬、不思議そうな顔で、トルソーを見つめると、すぐ吹き出すようにして、笑い出す。

 そんな青年に、トルソーは、かざした手越しに、横目を向ける。

 すると、そのかざされた手首を、青年は掴み、少し強引な動きで、押さえつけ、トルソーの顔を見下ろす。

「いや、アンタ、その年で、しかも傭兵だろ? それで女捨てられないのは、キツイって。どっかのヒロインかよ」

 そう大げさに、意地の悪い笑みを浮かべ、そう言う。

 トルソーは、その青年の言葉に、目を逸らすと、黙りこむ。

 青年は、そっぽを向くトルソーの頬に、片手を当てると、振り向かせる。

 トルソーは抵抗することなく、青年に向き直り、二人は、しばらく見つめ合う。

 やがて青年は、その顔を、トルソーの顔に近づけていく。

 すると、その場に、どこからともなく、軽さのある飛翔音と共に、布が破ける音が響き、その瞬間、青年が吐血し、トルソーにのしかかるようにして、倒れこむ。

 トルソーは、青年に、「おっ、おいっ!」と声をかける。

 すると、また飛翔音が響き、今度は、トルソーの顔めがけて、飛翔物が飛んで来る。飛翔物である、矢の先端の、矢じりが、トルソーの頬の、皮膚に当たった瞬間、すぐさまトルソーは顔を逸らす。

 トルソーの頬を、矢じりが、薄く裂き、布団に突き刺さる。その頬の傷口から、大粒の血が流れ落ちる。

 トルソーは、のしかかり動かなくなった青年を退かし、素早い動きで立ち上がる。そして動かなくなった青年を、一瞬、目を向ける。

 青年の背中の、心臓がある位置には、深々と矢が突き刺さっている。

 トルソーは、そんな青年から、すぐさま目を逸らすと、頬から垂れる血を、手で、雑に拭い、軽鎧は着ることなく、素早くズボンだけ履き、上着を羽織る。

 頬の傷口からは、雑に血を拭ったきり、それ以上、血が溢れて来ることはない。

 そして腰ら辺にベルトを巻きつけると、テントの隅に置いてある、比較的、短いロングソードを、手に取り、剣を、巻きつけたベルトに通すと、次に、ランプを手に取り、テントを出る。

 そこでは正規兵と傭兵が、それぞれ別の位置で集って、敵の兵士と交戦していた。

 トルソーは、まず傭兵が集まっている方を見る。

 すると、そこに先ほど別れた中年男性が近づいて来て「トルソーさん、無事でしたか」と言う。

 トルソーは、その中年男性に頷くと、短く「敵襲か? 被害は?」と聞く。

 中年男性は、まず傭兵が集まっている方にランプを向け、見る。

「奇襲で敵に包囲されまして、今、交戦中です。ウチの団の被害は、少ないみたいですが、他の傭兵団には、けっこう出てるみたいで。本隊は分りません」

 ここまで言うと、中年男性は、次に、正規兵が集まり、敵と交戦している場所に、一回、目を向ける。

 トルソーも、釣られて、そちらにランプを向け、見る。

「そっか。どっちにしろ本隊に顔、出さねぇとだかんな。そこで方針を聞いて来る」

 そう言うと、トルソーは、少し離れた位置にある、正規兵が集まり出している方に、さっさと走り出す。

 そんなトルソーの背中に、中年男性は「了解です」と声を返す。


 やがてトルソーは、傭兵が集まっている位置から、少し離れ、集まった正規兵が、敵との交戦場所に近づく。

 すると、そんなトルソーに気が付いた、一人の、大柄な、壮年の男が、その正規兵の集団の中から出て来て、「おぉ、トルソー! 無事だったか!」と呼びかけながら、手を振り、近づいて来る。

 トルソーの目の前まで、やって来た、壮年の男は、スキンヘッドに、規格化された軽鎧の上からでも分かるほどに、筋肉質な肉体を持つ。

 そんな壮年の男を、トルソーは見上げ気味に見る。

「えぇ、なんとか。ウチの団の被害は、少なくなっとるようでして。今、集めさせてんで、すぐ動けます。そっちの方は、どうなってます?」

 そのトルソーの答えに、壮年の男は、気まずそうな動きで、わずかに無精ひげが伸びる顎を、撫でる。

「そうか、流石は優秀と名高い〘湿地の団〙だ。恥ずかしい話しなんだが、こっちは、けっこう被害が出ていてな」

「て、ゆうと撤退ってなるんですかね?」

 聞き返してくるトルソーに、壮年の男は頷きながら「そうなるな」と言う。

「だから、お前には、他の傭兵を率いて、撤退するまで、時間稼ぎして貰いたくてな」

 そんな言葉に、トルソーは、少し鈍い動きで、首を傾げる。

「えっと、それは、殿しろ、っつぅことですか?」

 トルソーは、そう言いながら、消極的な動きで、後頭部をかく。

 壮年の男は、そんなトルソーを見下ろしながら、顎を撫でていた手で、頬をかく。

「あぁ、だが夜襲で、かつここまで気づけなかったということは、敵の数も、そこまで多くないはずだ。なら目的は、こちらの撤退のはずだ」

 ここまで言い、壮年の男は、考え込むようにして、一瞬、目を逸らすと、すぐにトルソーに向き直る。

「まぁ、こちらも、あまり数が多くない上に、予想外に多く削られてしまったがな。兵力差は、こっちが少し多いくらいか。しかし奇襲なわけだから、相手も、持久戦の準備はないはずだし、どっちにしろ包囲し返されることを恐れて、そこまで執拗に攻めては来ないだろう」

 その言葉に、トルソーは、小首を傾げながら、呟くような言い方で「それなら、なんとか?」と言う。

 それに壮年の男は、頷き「あぁ、だから頼むよ」と言うと、トルソーの肩を軽く叩く。そして硬い動きで、また一つ頷くと、トルソーに背を向け、正規兵の集団の中に消えていく。

 壮年の男が消えて行った、正規兵の集団を、しばらく見つめた後、トルソーは、一つ舌打ちし「結局、また傭兵は使いっ走りかよ」と言うと、ベルトに通したロングソードを鞘ごと抜き、鞘を外す。そして鞘を、その場に放り捨てると。正規兵の集団に、背を向け、少し先の傭兵が集まる交戦場所に、ランプを向け、駆け出す。


 やがてトルソーは来た道を、駆け戻り、傭兵たちが敵と交戦している現場の、奥まで入り込んできた、味方の正規兵とは明らかに違う、規格化された軽鎧を着た敵の兵士を、通り抜けざまに切りつける。

 すると、それに気づいた、敵と鍔迫り合いをしていた中年男性が、強引に敵を剣で押しのけ、鍔迫り合いを切り上げると、トルソーの方に、駆け寄って来る。

 そんな中年男性を、敵は執拗に追いかけ切りかかる。

 それを見た瞬間、トルソーは、ランプを捨て、剣の切っ先を、敵に向けると、いっきに駆け出す。トルソーの体重を乗せたが切っ先が、敵を刺し貫く。

 敵は大量の血を吐き出し、バランスを崩す。

 そんな敵を、トルソーは足蹴りにすることで、刺した剣を抜く。

 敵は、勢いよく、背中から倒れこむ。

 そしてトルソーは、後ろの中年男性を見る。

「どうやら、お上の方々は、私たちが無様に逃げ回るのを、笑いながら撤退なさるってよ」

「了解です」

「まぁ、奇襲で、まだこちらの方が数も多いだろうし。相手も、あんまネバりぁしねぇだろ」

 そう言うトルソーに、中年男性は微妙な雰囲気で黙りこむ。

 そんな中年男性の顔を、トルソーは、手に持つランプで照らし出し、不機嫌そうな声で「なんだよ」と聞く。

 中年男性は、微妙な表情でトルソーを見つめる。

「そうやって言いくるめられたんです?」

 そう聞かれたトルソーは、嫌そうな雰囲気で黙りこみ、鍔迫り合いをしている敵の背中を切りつける。

「アチラさんの口が上手かったんだよっ」

 そう吐き捨てると、トルソーは駆け出し、それに中年男性もついて行く。

 するとトルソーは、走りながら、息を深く吸い込み、大きく口を開く。

「お前らぁっ! 本隊のとこまで下がれっ! 撤退だぁっ!」

 そう叫びながら、トルソーは戦場を駆け回る。

 すると敵の攻撃が、トルソーに集中しだす。

 トルソーに向かって来る攻撃は、死角から放たれたモノであっても、その肌に触れた瞬間、体をよじり、全ての攻撃を、浅い切り傷や、軽い打ち身程度のダメージで済ませながら、捌き切る。

 そんなトルソーの指示に、傭兵の集団は、敵の攻撃を防ぎながら、後退していく。

 やがて傭兵と本隊が合流すると、傭兵たちを最後尾として、敵の包囲網の薄い箇所に突っ込んでいき、包囲をくぐり抜ける。

 そしてキャンプ場から、少し離れた場所まで来ると、トルソーは「傭兵団たちっ! 固まって、迎え撃つぞぉっ!」と叫ぶ。

 傭兵たちは、その場で後退を止め、固まっていき、集団の密度を高める。これにより、混戦になるのを避けることで、一人々々が相手にする、敵の数を最小限に抑えると同時に、侵入した敵を見分けやすく、かつ対処しやすくなる。

 そんな傭兵たちを置いて、戦線離脱する。

 それから、しばらくの間、膠着が続く。その最中、前触れもなく、軽いにも関わらず、戦場の喧噪でも、掻き消えない、異様な、爆発音が響く。

 その瞬間、傭兵たちに緊張感が走る。

 しかし、傭兵たちが警戒した頃には、すでに小さな飛翔物が、トルソーのこめかみに当たり、その皮膚を破り始めていた。

 トルソーは、こめかみに当たる飛翔物の、進行方向通りに、首をズラすと、背中から倒れこむようにして、その飛翔物を避ける。そして受け身を取ると、すぐさま立ち上がり「お前らぁっ! 散開しろぉっ!」と叫ぶ。

 傭兵たちは、すぐさま散開することで、混戦に持ちこみ“ソレ”に対し、同士討ちとなる確率を上げることで、その攻撃を牽制する。

 少し遅れ、トルソーの眉間からは、ドロッとした流れ方で、大げさな量の血が流れる。

 目に覆いかぶさるようにして、流れてくる血を、トルソーは雑な動きで、すぐさま拭うと、飛翔物が飛来した方向を見て、そこの松明が灯っている場所をめがけて、駆け出す。

 額の傷からは、それっきり、もう血が流れだすことはない。


 トルソーは敵陣に突っこむと、無数の敵の攻撃を、なおも皮膚が切れか、打ち身程度の負傷で凌ぎながらも、松明が灯る場所まで、たどり着く。

 そこには周りの敵と同じく規格化された、しかし、少し、質の良い装備を着た男がおり、その傍らには、戦場では比較的小柄な、黒いローブのフードを被った男が、影のように付き添っている。

 そんな黒いローブの男を見たトルソーは、表情を険しく、しかめる。

「やっぱりかっ。〘死神〙っ、面倒なヤツが居やがった」

 険しい表情で、黒いローブの男、〘死神〙を睨みつけながら、嫌そうに、そう吐き捨てる。

 質の良い装備の男と、黒いフードで顔の下半分しか見えない男は、急に出てきたトルソーを振り向く。

 ローブの男は、そのトルソーの様子に、フードから覗く口の、口角を引き上げる。

「今のを避けれるなんて、やはり〘仇名付き〙は面倒ですね」

 そう言うと、ローブの男は、粘着質な動きで、小首を傾げる。

「それにしても、不思議です。この暗闇で、あの攻撃を視認するなんて、ほぼ不可能ですし。それに額に傷を負ってるということは、当たるまで気がつかなかった、ってことでしょ? と、同時に傷口の血が、もう止まっているということは、アナタの血を介した《水魔術》を使って、止血している」

 揺さぶるような口調で、続けて、そう言う。

「ということは、もしやアナタは《水魔術》が作用した血液を介して、皮膚に当たった攻撃を感知することで、あの超人的回避を実現している、と見るのが、妥当、ですかねぇ」

 なおも続く、ローブの男の、粘着質な追及に、トルソーは、何も返さない。

 そんなトルソーを、ローブの男は興味深そうに、小首を傾げる。

「なんとも命知らずな《魔術》の使い方をする方も居るとは。さすがは《仇名付き》。とんでもない度胸ですね」

 そのローブの男の言葉に、トルソーは、トゲトゲしい粗さのある、息遣いで、鼻を鳴らす。

「こんな冴えない、みみっちい曲芸、知ったって、何にもなんねぇだろ。それとも、なんだ? 知ってりゃなんとかできる、ってか?」

 トルソーは、静かに伸びる粘液の、柔和な滑らかさのある、奇妙な鋭利さのある声で、そう言う。

 その言葉に、ローブの男は、顎に手を当て、少し、俯く。

「確かに、バカみたいな《魔術》の使い方ですけど。まぁ、対処のしようは、ないですね」

 そんなローブの男の返答に、トルソーは、わざとらしく軽い動きで、肩をすくめる。

「なら、ここいらで引いてはいただけねぇですかね? そっちも、あんま時間はかけたくねぇでしょ?」

「そうですねぇ、そちらの本隊に戻ってこられても、困りますし」

 トルソーの言葉に、ローブの男は、軽く答えると、隣に立つ、質の良い装備の男に、顔を向けると「これくらいで、引いときますか?」と聞く。

 質の良い装備の男は、少し、ローブの男を、横目で見ると、目を逸らすような動きで、トルソーに、目を向け直し、小さく頷く。

 そして攻撃が止み、敵は撤退していく。

 そんな敵に、トルソーは自陣近くまで引き返すと、もう一度、敵を振り返ると、次に先程まで野営地だった、平野を見る。

「名前くらい、聞いときたかったな」

 呟くような声で、そう言った後、トルソーは、すぐに背を向け、本隊が戻ってき始めた、自陣の中に入っていく。

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