久遠
「私の彼氏になれ」
突然の告白は沈黙の教室には全員に聞こえる声であった。
この状況下でも他人の話し声は耳を突く。下を向いていた生徒たちはゆっくりと顔を上げ、麻衣たちの視線を向けた。
「どいういうことだ?」
「だから、そのままだよ。私の彼氏になるんだ」
「何故?」
「うーん。今後のため」
如何せん納得ができない。
そもそも、何故注目が集まりやすいタイミングで告白してきたのか。
何故、志保が居る教室で告白をしてきたのか。
そもそも、目的はなんだ?
「俺にメリットがあるか?」
「うーん。毎日キスができるとか?」
頬を染めることもなく、麻衣は真剣な表情で口走った。
そうこうしていると、志保が慌てた様子で間に入ってくる。
「ちょ、ちょっと! あの、そういうのは無しだと……思うな」
頬を赤く染めた志保は下を向きながら麻衣に問う。
「どうして? 私は想いを伝えてるだけだよ?」
「そういうのは、翔もきっと迷惑だと思いますよ。まずは、友達からやってみるのが一番良いと思う……な」
「なんで、私の想いを志保に邪魔されないといけないのかな」
目に力を入れた麻衣は鋭い眼差しを向ける。
「でも、でも! 駄目だと思うんです」
「だから! なんで、私の恋を邪魔するの? 私、麻衣は翔に恋をしているの」
「そういうことじゃなくて、その、翔にも迷惑を掛けると思う……な」
志保は目を細め翔に助けを求める。だが、その訴えは虚しく届きやしない。
「迷惑? 想いを伝えることが迷惑なのか?」
「違う、その、なんていうか」
しどろもどろになる志保。
冷たい視線を向ける麻衣。
何も行動をしない翔。
「僕は恋人なんて作らないぞ」
翔は気取った。
何故、ここまで演技をしないといけないんだ? 不思議でしかないが、取り敢えず今は気取るしかないな。
「そうなのか、じゃあ、諦めるとするよ」
何かしらの情報を得たのか麻衣は納得したような笑みを零しながら自分の席に戻って行く。残された志保は目が赤くなっていた。
「大丈夫か?」
志保に手を伸ばす。
「うん。大丈夫」
俺の手を優しく志保は握った。冷たくなっている志保の手は翔の温もりによって落ち着いて行く。
「私、そろそろ行かないと」
数分程翔の手を握った志保は「バイバイ」と優しく呟き、教室を出て行く。
そんな志保の背中を見送った翔は考え始める。
人は犠牲に上に立っている。その犠牲が誰になろうと関係はない。ただ、上に立つ人間は勝ち残れた人間であるのは確かだ。
仮に、上の人間がゴミだった場合。犠牲になった人たちはきっと嘆くだろう。
だが、それもまた人生だ。
俺は立ち上がり、ベランダに向かう。
風が髪を揺らす。夏を知らせるような蝉の大合唱。
俺は今、不安なのだろうか。
BクラスをCクラスに落し、歴史的大逆転をする。この世で一番楽しみなこと。
だが、俺に出来るのだろうか。
いや、そもそも、俺はできる。
不安が翔を襲う。
今日立っていた生徒会長・神崎久遠は――翔の姉である。
姉・神崎久遠は生まれ持った天才。
容姿端麗。テストは常に満点。優しい性格。
どこかを貶そうとしても逆に貶されてしまう。そう思わすほどの天才であったのだ。
生まれ持った天才の弟である、翔の人生は壮大。
テストの点数が高くても、優しい性格を持っていても、部活で優勝しても、全部、全部姉には勝てない。
何故なら、姉は生まれ持った本物の天才。
そして、姉は親の駒になった。
父である――正人は姉を独り占めしたのだ。有能である姉は母親からも人気を得た。
家族とはいったいどいうことなのだろうか。
父・正人は姉を欲しがった。母・宮は姉を欲しがった。
そのため……離婚した。
どっちが権利を持つか裁判が行われた。
姉・久遠は――父の子となった。
母は呆然とした。自分で産んだ久遠は取られた宮は翔を見捨てた。
我が子である、翔に投げた最後の言葉は「つかえない子」
そうこうして、母親である宮は翔を捨てた。60万を置いて出て行ったのだ。
遠い記憶を思い出してしまったな。
俺は空に視線を向ける。
雲一つない空。太陽だけが輝き存在感を示す。
そんな、空に翔は小さく呟いた。
「久遠を父を母を、許せるだろうか」
投げた言葉は蝉によって消されていく。
退学者が出るまで後3日。




