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進むべき時間

「怖い」

 

 私の手を掴んだまま翔は呟いた。今まで一度も弱さを見せてこなかった翔が初めて見せた弱さに戸惑ってしまう。

 どうしよう……これ。

 

 どうもすることができない。何を言えば正解なの?

 何をしたら救われるの? 分からない、分からないよ。

 

 私は何もできない元から弱い人間なんだよ……だから私には何も行動することはできやしない。

 志保は分かっていた。

 

 人に頼られる人は頼ることをしないと。決して自分の弱さを見せることはしないと。

 だけど、限界を迎えるとこも知っていた。それなのに、知っていたのに、今の私には翔を助けることが……できない、何をしてやれば救えるの……誰か教えてよ。

 私は翔の手を強く握る。私にはこうすることしかできない、お願いなんとかなって。

 

「し……志保」

 

「翔?」

 

「あぁ、志保がそこに居るのか」

 

 視野に入っているのにも関わらず、翔はどんよりと見つめ続ける。

 

「いるよ、お願い私に……私に出来ることを教えて」

 

「はは、大丈夫、ちゃんと守れてるよ……今回は……ちゃんとできてるよ僕は」

 

 翔?

 脳が追い付いてはくれない。けど、心が言っている。これ以上は足を踏み込んでは行けないと。

 

「大丈夫だよ……翔。だから、目を閉じて」

 

 志保の声のおかげなのか、翔はゆっくりと瞼を下ろした。

 長い眠りにつくように、ほんの少しだけ頬を緩めながら翔は2年ぶりに家で眠りについた。





 


「翔? もう朝だよ?」

「翔ー? 翔ってば? お母さん行くからね? ちゃんと朝食食べるのよ? 後、姉も起こすのよ?」

「あ、あぁ。ちゃんと起きるから、いっ……らっしゃい」



「う、うわぁぁ」

 

 発狂と同時に目を覚ました翔は勢いよく体を上げた。

 はぁ、はぁ、ここは。って自分家か。

 

 はぁ、落ち着け。大丈夫だ、大丈夫だから。これ以上、僕の心を蝕まないくれ。

 一呼吸し、天井に視線を向ける。

 

 手先に何かしらの感覚を感じ、視線向ける。

 床に座り、ソファーにもたれたまま志保は眠っていた。そして、志保は僕の手を握っていた。

 どういう経緯なのかは知らないが、たぶんめっちゃ繋いでいたな。

 

 肌の感触的にそうだ。

 

 志保を起こさないように体を起こす。テレビの方に体を向ける。

 翔は目を閉じ、過去の記憶を消していく。

 

 大丈夫、僕は何も悪いことはしていないし、ましてや良い行いをしている。

 もう誰も犠牲にはしない。

 

「翔?」

 

 針の音しか鳴らないリビングに弱々しい声色が全体を包み込んだ。

 

「よかった、良かったよ!」

 

 志保は立ち上がり、翔を優しく抱きしめる。

 緊張とか、愛とか、そんなことを考えている暇は志保にはなかった。

 初めて知りたいと思った存在の翔は何よりも大切な存在でしかなかった。

 罪悪感も芽生えていた。志保の発言がトリガーとなっていたことは志保にも安易に理解できた。

 

「志保?」

 

 ほどなくして志保は状況を理解したのか、頬を赤く染めながら離れる。

 志保の行為に翔は戸惑いながらも言葉を紡ぐ。

 

「僕はもう大丈夫だよ」

 

「…………うん」

 

 カーテンから差し込む闇が深夜だと知らせてくる。

 寝ていたのか。家では寝ることができないと思っていたのに、寝ていたのか。

 

「翔。私を頼って」

 

 志保の言葉は翔の胸を掴んだ。小さな手で弱々しく。

 翔の目に映る志保の姿は、この前のコンビニに来ていた志保とは違った。今の志保は翔を助けたいと思うような表情。決して逃げないと誓っている眼差しであった。

 

 「…………」

 

 頼ることは大切なことは知っている。

 でも、僕は人に頼れるほど立派な人ではない。

 自分で解決できる……問題だ。だから、頼る必要なんて……ない。

 本当にないのか? 今の僕は限界を迎えていることは知っているし分かっているじゃないか。それなのに頼らないで一人で解決しようとするのか?

 そんなの論外だ。


「僕が小さい時、両親と姉は僕を置いて家を出て行った」

 小さな声がリビングを包み込んだ。

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