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翔の弱さ


「え、えっと」

 

 急いで手で涙を拭く。

 なんで、なんで泣いているんだ僕は。分からない。

 まて、落ち着け。落ち着けるのか、今の僕は落ち着けるのか。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 志保が慌てた様子で翔に駆け寄る。心配そうな目と不意に合ってしまう。すぐに逸らし、自分に言い聞かせる。

 忘れるんだ。思い出すな。僕は僕でしかなく、世界中で一人の人間だ。

 志保は泣いている翔にハンカチを渡す。

 

「ごめんなさい。私がこんな話をして」

 

「いや、その違うんだ。なんていうか花粉的な」

 

「大丈夫ですよ。翔、私は何も見ていませんから」

 

 ああ、今日の僕は何かがおかしい。戸惑っているのか困惑しているのかそれとも怒っているのか、分からない。

 どの感情をとっても理解できない。

 

 そもそも、僕の心は何を想っているんだ。誰も何を考えているんだ。

 ただ、相手の思考を読むことしかできない僕には何が残っているんだ。

 僕という人は何をするために産まれてきたんだ。

 

「翔!! 私の目を見て! ここに居るから」

 

「っは、っは」

 

 体から悪い物が出てくるような感覚に陥る。冷たい汗が体を流し、風が体を冷やす。どうすることもできない志保はただ見つめ声をかけるしかすることがなかった。

 

「大丈夫? 翔? 翔ってば?」

 

 下を向いたまま地面を見つめる。普通の道なのに歪んでいるように見えてしまう。

 数秒か、数十秒ほど経ったあと、翔は顔を上げた。

 翔は志保に視線を向ける。志保は怯えるように震えながら泣いていた。

 

「えーと、もう大丈夫だから。泣かないでくれ」

「本当に? 本当に大丈夫なんだよね?」

「ああ、ちゃんと大丈夫だ」

 

 深呼吸をした翔は視線を上に向けた。

 星がちらほらと輝いている空。

 髪を揺らす風。

 落ち着いた翔は志保を見つめる。

 

「ごめん。今日は……無理かも」

 

 とてもデートをする雰囲気ではなかった。

 見たことがない翔の姿に戸惑っている志保に、自分がおかしく感じている翔。

 デートをする気持ちもなく体力も何もかもなかった。

 そこにあったのは、不安という爆発しそうな雰囲気だけである。

 洒落た音楽が街を包み、暗い闇が世界を包み始めたとき、2人は見つめ合った。長く、長く見つめ合った。




「後数分でできるから、休んでいてね」

 

 志保は翔の家に来ていた。

 デートをする雰囲気ではなかったが、このまま解散ということもするべきではないと両者納得し、翔の家に行くことにした。

 

「ありがとう」

 

 翔は弱々しい声で言い。ソファーに頭を預ける。

 一方志保は緊張していた。

 

 料理なんてしたことがないよ。ないっていうかいつも簡単に済ませるから、ちゃんと作るのは久しぶりだ。どうしようまずいとか思われたら。

 

 いや、大丈夫。大丈夫だぞ志保。私は料理が上手い、と思いたい。

 

 買って来た材料をテーブルに並べ、何を作るか考える。

 

 これは、おかゆとかを作るのが正解なのかな? それとも、がっつりした料理? いや、でも体調が悪そうだし。

 

 うん、胃に優しいのにしよう。

 料理に集中し始めた志保は、後ろで苦しんでいる翔に気付いていなかった。


 ご飯を作るのは大変だな。

 こうして料理してみるとやることが多いし、何より大変だ。

 料理をテーブルに並べ、志保は翔の方に歩み寄る。


 ソファーで横になっている翔を見た志保は呆然とした。

 決して眠ろうとはしていなかった。

 ずっと天井を眺めながら何か小さなことを言っていた。

 このような状況でも寝ようとしない翔に驚きながら翔に歩みを得た。


「翔?」

「怖い」

「翔?」

 

 何か遠くを見つめるように翔は何か言いながら見つめ続ける。

 

 志保の存在に気付いた翔は目を微かに動かし、志保を見つめた。

 

 さっと翔が私の手を握りしてくる。とても冷たく、冬の寒さに耐えることができなくなった手のようだった。

 震える手に力が入る。

 

 とても強く握っているように感じるのに、痛さはなかった。

 

 逆に弱いと感じてしまう。

 そして、翔は怯えた顔で志保を見つめ、優しく呟いた。

 

「怖い」

 

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