陽菜
「やっほー」
陽菜は頬を緩めながら体を揺らす。
やっと会えたねと言わんばかりな顔をする。
翔は目元を緩める。
「会いたくなかったが」
「そんなー酷いこと言ったら駄目だよ? 私の心は繊細なんだからさ」
「そんな繊細な奴が、こんな終わってる性格なんてしてないだろ」
「むー! 最低! 私は繊細なのに」
「はいはい。で? 何の用?」
「うわーせっかちだね。えーと、泊めてほしいな!」
「無理。他を頼れよ」
「失礼な! いろんな人に頼ったよ? でも、こんな時間だからみんな無理だって」
「はぁ、なるほど。でも、残念だったな僕も生憎無理なんだ」
「えええ。つまり、翔は私に野垂れ死ねって言うの?」
「そこまでは言ってない。てか、家に帰れよ」
「やだよ。家に帰ったって一人なんだからさ」
「は? 家を追い出された訳じゃないのに泊まる家を探してるの?」
「そうだよ。今日は寂しいと感じる日だからさ」
「だから? もしかして、僕の家に泊まるつもり?」
「おお~! 大正解なのですよ!」
陽菜は翔の言葉を聞かずに家の中に足を踏み入れる。
仮にここで否定をしたときに起こるリスクの方が高い。てことは、受け入れるしかないのか? コイツを家に入れてもいいのか?
「家にあがっても良いが、今日の朝には帰ってくれよ?」
「はいはい。寝るだけだから大丈夫ですよ~」
どこも大丈夫じゃないが。
翔は肩を落としながらドアを閉じた。
家にあがった陽菜は興奮していた。
「これが、翔君の家なのか~」
リビングに足を入れながらソファーに歩み寄る。
「いつも、ここに座ってるの?」
「ああ。いつもそこでテレビを観てるな」
「へー! じゃあ私もここに座ろ」
陽菜はソファーに腰を下ろす。
翔は距離を置くようにテーブルの前に置かれている椅子に腰を下ろした。
「てか、眠りに来たんじゃないのか?」
「眠りに来たけどさ~。ちょっとくらい探検してもいいじゃん! 私初めてなんだからさ。男の家に上がるの」
「はぁ、別に良いけど。あんまり散らかすなよ?」
「そんなこと言われなくても分かってます!!」
うわぁーと目を輝かせる陽菜は楽しそうに笑う。
一見これは普通ではない。誰がどう見ても陽菜は狂っている。
深夜二時というありえない時間に訪問し、家に上がっている。上がれる保証はなかったのに、まるで上がれるのが当たり前だと思うよな態度をしていた。
その自信がどこから来るのかは定かではない。ただ、陽菜の読みは正しかった。
翔という人はどんな人にでも優しくしてしまう。その優しさが時には凶器になることを知っていてもだ。陽菜はその優しさを見抜いた。
困っている人が居たら誰でも助けようとする翔を見抜いたのだ。
「翔って結構馬鹿でしょ?」
「それを言うなら、お前の方が馬鹿だと思うが?」
「えへへ。そうかな~? 私は結構頭が良いと思うけど」
「そういうことじゃない。お前は……なんていうか闇が深い」
「へー。それはどういうこと? もしかして助けてくれるの?」
「却下。助けると思うか?」
「なんで? 困っている人が居るなら助けるのが翔でしょ? そのアイデンティティを捨てるの?」
「あのな、勘違いしてるけど、僕はお前を助けようなんて気は毛頭ない。それにだ、なんで僕に冤罪をかけた奴を助けないといけないんだ?」
「もーいつまでその話を引きに出すの? そんなことはどうだっていいでしょ? それに、その問題ならもう解決できるじゃない?」
何かを見つめるように陽菜は翔の目を眺める。
「さぁ? 僕はこの現状を回復できるほどの人望も能力もないよ」
「それは、嘘だよ。だって、私は知ってるよ? 君の中学の時どういう人で、今はどのような心境に居るのか」
「…………」
翔は顔をひきつる。眉を潜め、深い深呼吸を零した。
「うわぁーー。その顔! めっちゃタイプ! もう好き。その顔を好きだよ」
「あのな、まずどうして僕なんだ? イケメンなら沢山クラスにいるだろ? それに優しい奴だってごまんといる」
「そういうことじゃないよ? あのね、初めて翔と会った時、胸の奥がどよめいたの。霧がかかった心が晴れに変わったのよ。その時、その日気付いた。ああ、きっとこの人が運命なんだなって」
到底誰にも理解できない。今、僕の目の前に居るのは怪物で狂人だ。
話すだけ無駄か。
「はぁ、別に僕はお前のことを運命と感じたことはねーよ」
「ふーん、まぁ、別に良いよ! 今から運命と思わせばいいだけだからさ! それに私は一度好きになったら永遠に好きになるタイプだから覚悟しといてね?」
「はいはい。じゃあ、お前も覚悟しとけよ?」
「?」
陽菜は首を傾げる。
「俺は、お前を退学にさせる」
数か月後か、数週間後。詳しい日付は定かではないある日。
生徒会室と書かれた部屋に翔の姿がそこにはあった。
地面に膝を付け、頭を地面に擦りつける。
「ごめんなさい」
翔の声は生徒会室、学校を包み込んだ。
「じゃあ、私と付き合ってもらおうかな?」
生徒会長・神崎久遠は翔に笑みを零しながら呟いた。




