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7.

よろしくお願いいたします。

その日ダイアナが生徒会室に入ると、先客がいた。

ダイアナが副会長になると同時に、空いた書記の席を埋めた同級生のセルマ・ドノヴァン子爵令嬢だ。

浮かない顔をしたセルマに、ダイアナは眉を寄せた。


「どうなさったの?セルマ様」

「あ…いえ、何でもないのです、ダイアナ様」

「でも何だか元気がなさそうだわ」


すると、セルマは思いの外真剣な表情でダイアナを見つめてきた。


「ダイアナ様……もしも、もしもですけれど…この先何か相談事が起こったら、ご助力くださいますか」


控えめながら仕事はしっかりこなし、笑顔を絶やさないいつものセルマとは違う雰囲気の彼女の言葉に、ダイアナは軽く目を瞠った。

しかしそれも一瞬で、すぐに笑顔に戻ったダイアナはセルマに力強く頷いた。


「もちろんよ。わたくしで何かできることがあるのなら、必ず力になるわ」

「有難うございます」


ほっとしたように微笑んだセルマに、ふと思いついてダイアナは問いかけた。


「そういえば、もうすぐわたくし達の卒業パーティがありますわね。エスコートはご婚約者様でしょう?確か…ヒュー・レイノール伯爵子息様だったかしら」


ダイアナの言葉にセルマの顔が強張ったように思い、彼女は怪訝に思った。

ヒュー・レイノールはダイアナ達より一つ上なので、昨年学院を卒業し、確か婚約したばかりのセルマを伴って卒業パーティに参加していたはずだ。

生徒会役員として、運営に携わっていたのでよく覚えている。


「そうですね、ヒュー様がエスコートしてくださることになっています」


笑顔もなく、慎重に言葉を選んで云っているようなセルマの口調に、ダイアナが質問を口にしようとすると、話題を変えるようにセルマからの質問が飛んできた。


「ダイアナ様はお兄様がエスコートされるのですか?」

「それが……ウォレン様が、最後くらい一緒にパーティに出ないかと、エスコートを申し出てくださったの」

「まあ、それは素敵ですわ!」


セルマは顔を輝かせて微笑んだ。いつもの彼女の表情だ。

生徒会長である、アリソン公爵子息ウォレンにもまだ婚約者はいない。

優秀な上に、理知的な美貌を持つウォレンにまだ婚約者がいないとあって、婚約者の決まっていない令嬢方からの様々なアプローチに、彼が辟易していることをダイアナは知っていた。

機知に富んだ彼との会話はいつも興味深く、ダイアナもウォレンには好意は持っているが、それは友人としてのものでそれ以上ではない。

そして多分、彼の瞳がいつも誰を追っているのかも判っているような気がしていた。


「お互いに婚約者がいないから、いわば共同戦線ってところかしら」

「それでも学院を代表する生徒会長と副会長ですもの。ひょっとして…お二人はご婚約されたり…?」


無邪気に期待するような瞳を向けられ、ダイアナの笑みは苦笑いとなった。


「それは、ないわ。ウォレン様とわたくしは、戦友みたいなものなの。卒業パーティにお誘いくださるのだもの、好意はお持ちくださっていると思うわ。でもそれは友愛よ。恋情ではないわ」

「そうなのですね。お二人ともご婚約者様がいらっしゃらないのは、お心に決められた方がおられるのでしょうか…」


心に浮かんだことがそのまま言葉として出た…という風に語られたセルマの言葉に、ダイアナは内心ギクリとした。

とうの昔に諦めた、忘れたと思った気持ちをざわりと撫でられた気がしたからだ。

しかしすぐにウォレンのことを思い出し、心の中でクスリと笑った。

目の前にいる令嬢の今の言葉を聞いたら、ウォレンはどんな反応を示すのだろうか。

余計なことを云ったのかもしれないという顔をしているセルマに、ダイアナは気にしていないとばかりに肩を竦めて笑顔を向けた。


「そうね。わたくしのことはともかく、ウォレン様が今だにご婚約されていないのは、何か訳があるのかもしれませんわね」



◆◆◆


ダイアナはあの日のセルマの表情が気になっていたので、卒業パーティの時にも彼女と婚約者の様子をそれとなく気にしていた。

けれどセルマにもその婚約者のヒューにも変わったところはなく、二人でパーティを楽しんでいる様子にダイアナはほっとした。

ウォレン・アリソン公爵子息はそつが無くダイアナをエスコートし、共に学院で同じ時間を過ごした彼とは気心が知れていることもあって、ダイアナ自身もパーティを大いに楽しんでいた。

レスリー=アンをエスコートしていたのは次兄のブルースで、妹に近づこうとする男子学生を目線で威嚇する様子の彼に、ダイアナはブルースらしいと心の中で微笑ましく思った。



卒業の一月後に行われたデビュタント・ボールには、ダイアナは、この役は譲れないと云い張る兄のレナードと参加した。

ダイアナに負けず劣らず艶やかな赤い髪と琥珀色の瞳を持つ兄のレナードは、昔は妹を構いすぎて時々嫌がられていたものの、お互いに成長するに従って落ち着き、今では仲の良い兄妹となっていた。

鮮やかな髪色と華やかな顔立ちのローウェル兄妹は、落ち着いた大人の雰囲気を醸し出す兄にエスコートされた可憐な妹という風情のキャンデール兄妹と共に、デビュタント・ボールに参加した人々の目を惹きつけた。


ダイアナは久しぶりに見るコンラッドの姿に、ほうっと溜息を吐いた。

思ったよりも落ち着いている自分に安堵する。

レスリー=アンと共にいるコンラッドを避けて通れるはずもなく、数年ぶりに会うコンラッドにも貴族令嬢然とした挨拶ができたことにほっとした。

コンラッドの前に胸を張って立てる自分に、少しは近づけたのだろうか……。


ふと目を遣った先に、美しいブルネットの令嬢の後ろ姿があった。

令嬢が隣でエスコートしている男性を見上げる横顔が見え、見知ったセルマだと判る。

穏やかそうな青年がセルマに向かって話しかけ、彼女が彼の言葉に頷いているのが見えた。

が、頷いた時に彼女が悲しそうに眦を下げたように見えたのが気にかかり、ダイアナは二人に歩み寄ろうした。


「ディー、始まるよ」


そう囁かれて兄のレナードに腕を引かれ、彼が顎で示す方向に目を向けると、王族が王宮の広間に入ってきたところだった。

ファンファーレのあと、国王のよく通る声が響く。


「本日ここに、また新たに成人となった者たちを迎えることができて嬉しく思う。わが国の発展のために、皆が大いに力を振るってくれることを願っている。皆の前途に幸多からんことを!デビュタント・ボールを始めるがよい!」


国王の開会宣言に続いて、各デビュタントは順番に王族に挨拶し、国王からの祝福を受ける。

デビュタント全員の祝福が終わると、国王陛下と王妃、王太子と王太子妃がファーストダンスを踊り、そのあとデビュタントたちが一斉にダンスを踊ることになっていた。

この一連の流れを終えて、ようやく一人前の成人と見なされるのだ。


セルマの表情が気にはかかってはいたものの、ダイアナもデビュタントとしての役割を無事に終えることに神経を使い、またレナードとダンスを踊ったあとは彼の知り合いに引き回されて、いつしか彼女のことはダイアナの脳裏から抜け落ちていってしまった。



◆◆◆


学院の卒業後は何をしたらいいのか…と思い悩んでいたのが嘘のように、ダイアナは忙しい毎日を過ごしていた。

母親のリネットは、ダイアナが学院を卒業するのを待ち構えていたかのように、侯爵家の奥向きの仕事を彼女に手伝わせ始めた。

学生として勉強や生徒会活動に勤しんでいたダイアナを尊重していた間も、リネットは少しずつ伝えてはいた。

しかし、いずれどこかの貴族の家へ嫁ぐのであれば覚えておくべきことは多い。

ローウェル侯爵家では、領地経営を事務的に補佐することも女性の仕事とされており、学院で勉強した算術や社会学なども大いに役に立つ。

さらに、ダイアナ自身が学院でも得意としていた語学をもっと学びたいと父親のローウェル侯爵に願い出たところ、隣の大国を挟んだところにある、小国ながら力のあるエステバン王国の言葉を講師について学ぶことが許された。

エステバン出身だという優しげな老齢の婦人講師は、王族にもエステバン語を教えているというだけあって、言葉だけでなくエステバンの文化も交えての講義が興味深く、ダイアナは

講義の日を楽しみにしていた。


その日は講義もリネットの手伝いもなく、ダイアナはレスリー=アンとローウェル家でお茶会をする予定だった。

しかし朝一番で、学院の友人から至急お会いしたいと連絡があり、ダイアナはすぐにレスリー=アンにお茶会の延期を願う知らせをキャンデール家に送った。


身支度を整えて待っていると、執事長が来訪者を告げる。

ダイアナが応接室に入ると、青白い顔で身を固くしたままの友人の姿を認めた。


「ダイアナ様…」


思い詰めた様子で立ち上がった友人に、ダイアナは微笑みかけた。


「セルマ様、お坐りになって」


青ざめたままソファに腰をおろす友人を見つめながら、ダイアナも向かいのソファに坐った。

彼女は膝の上で両手を固く組み、何か思い詰めた様子が窺える。


「どうなさったの?」


穏やかに微笑んだダイアナの問いに、セルマは暫く逡巡した。

目を伏せたまま、組んだ手の指先が白くなっている友人を辛抱強く待ち、ダイアナは彼女が口を開くのを待った。

漸く、決心したように顔を上げたセルマは、ひどく真剣な眼差しでダイアナを見つめてきた。


「ダイアナ様、以前にわたくしがご助力をお願いしたら相談に乗ってくださいますか、とお話ししたことを覚えていらっしゃいますか」

「ええ、もちろん覚えているわ。何でも力になるとお答えしたはずよ」


ダイアナの即答にセルマは眦を下げ、泣きそうな顔になった。


「有難うございます。わたくし、もうどうしたら良いのか判らなくて……」

「セルマ様、落ち着いて。順を追って話してくださる?一緒に何が最善か考えましょう」


セルマは何度も頷き、ポツリポツリと語り始めた。


お読みくださり、有難うございました。

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