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6.

よろしくお願いいたします。

やはり、あの時の態度がおかしいと思われていたのだろう。

レスリー=アンが日をおかず、ローウェル侯爵家へダイアナを訪ねてきた。


ダイアナとお茶をしていた時、こちらへ近づいてくるヘンリーに気を取られている間に何かあったらしいと、レスリー=アンは見当をつけていた。

ダイアナの様子がおかしくなる原因といえば、兄のコンラッドが関係しているとしか思えない。

その日の晩餐時に兄にそれとなく聞いてみると、その日は学生時代の来客が来ていたという。

「男の方ですか?」という妹の問いかけに、コンラッドは暫く妹の顔を見つめたあと溜息を吐いた。


「女性だ。学院の同級生と結婚して、夫の仕事の補佐をしている」


観念したようにそう云う兄に、商談だったのだとレスリー=アンは理解した。

この話をダイアナに伝えることを、コンラッドは判っているだろうということも。



レスリー=アンからあの日コンラッドと会っていたのは既婚女性で、恐らく商談だったはず…と云う話を聞いたダイアナは、表情を変えず静かにレスリー=アンに向かって口を開いた。


「わたし、気づいてしまったの」


何を、とも云わず、レスリー=アンはダイアナが続きを話しだすのを待った。

取り乱すこともなく、唇を引き結んだダイアナの、その瞳だけは悲しみに沈んでいた。


「今までコンラッド様の隣に、女性が居るのをちゃんと見たことはなかったわ。だから片思いだと知りつつも、ほんの少しお姿が見られるだけで幸せでいられたの。でも、コンラッド様は、いつご婚約やご婚姻をされてもおかしくないほどに大人なのよ。今ごろそのことに気がつくなんて……」

「でもわが家は、恋愛結婚推奨ですもの。コンラッドお兄さまがその気にならなければ、婚約も結婚も…」


ないのです、という言葉をレスリー=アンは飲み込んだ。

諦めたように眦を下げたダイアナが、力無く首を横に振ったのだ。


「それでも…嫡男であるコンラッド様は、いつ然るべきところから然るべき方を娶られてもおかしくないでしょう?」

「そうでしょうか……」


自嘲的な微笑みの浮かんだダイアナとは対照的に、レスリー=アンは困惑した。

確かに、兄のコンラッドには縁談の話が多く寄せられるのだろう。

しかし、コンラッドはさしてそのどれにも興味があるようではなく、特に隠すことなく執務の合間に、執事長のオーティスと断りの相談をしているのをレスリー=アンは何度か耳にしていた。

どの令嬢とも適切な距離を保ち、礼儀正しく接している兄には、好意を寄せている相手がいるようにも感じられない。


「レスリー様、お願いがあるの」


物思いに沈んでいたレスリー=アンの意識が、ダイアナの言葉で浮上した。

視線を向けると、憂いの残ったエメラルドの瞳が見つめ返していた。


「これからお茶会は、わがローウェル家で開くことにしても良いかしら」


返答の代わりに目を見開いたレスリー=アンに、ダイアナは言葉を続ける。


「卒業される方の代わりに、来年から生徒会への参加を打診されていて、受けようと思っているの。わたし、暫くこれまで以上に、学生生活に身を入れようと考えているのです。コンラッド様のことを忘れるには、それしかわたしには思いつかないので」


ダイアナは、コンラッドを忘れると、敢えて言葉にした。

思い続けて努力し続ければ、いつかコンラッドが自分を見てくれることもあるかもしれない。

そう思えればどんな努力も厭わない。

けれど、自分はこれからもずっと、その対象にすらならないことに気づいてしまったのだ。

あの日コンラッドの頬に親しげに触れていた美しい女性が、ダイアナの脳裏からは離れなかった。

あんなにコンラッド様との距離を縮めることなんて、きっと自分には一生できないに違いないーーー


眦を下げてこちらを見返すレスリー=アンに、ダイアナは悲しげに微笑んだ。


「…いつか、コンラッド様の前で胸を張って立てる女性になりたいわ」

「なれますわ、必ず」


ダイアナの決意に、レスリー=アンは励ますように微笑んで頷いた。



◆◆◆


そこからパッタリと、ダイアナはキャンデール家に姿を見せなくなった。

学院での生活以外では、レスリー=アンは庭師長のヘンリーと薬草園造りに精を出し、時折屋敷から姿を消すのは、ダイアナとのお茶会のためローウェル家へ行っているかららしい。


ダイアナは宣言通りに学院生活に打ち込み、生徒会活動でも労力を惜しまず働いた。

初めは書記として活動していたが、学年が進んで次の年には副会長となった。

一緒に副会長をしていた、ダイアナと同学年のアリソン公爵子息ウォレンが最高学年になった年に会長となり、メンバーが一丸となって彼を助けながら皆が円滑に学生生活を送れるように心を配っていた。


ここトルディア王国では、貴族の子息令嬢は17歳で学院を卒業するとデビュタントとして王宮に招かれ、一人前の大人と認められる。

卒業後は、主に家を継ぐ嫡男は父親に付いて領地経営の実践を学び、次男や三男は文官や武官として国に奉仕する者が多い。

また少数だが、研究職に就く者もいた。

女性には家督を継ぐ権利が認められていないため、婚約者のいる令嬢は結婚するものが大半だ。

女子しかいない家は、婿を取って家督を継がせることが常だった。

婚約者のいない令嬢の中には、行儀見習いと称して侍女として城に上がる者もあり、より実務的な仕事を行う女官になる者もあった。

ただしこれらの仕事に就くのは主に下位貴族の令嬢や裕福な平民の娘で、より良い縁談の機会を増やすためと箔をつけるためであった。


「女官になる訳にはいかないわよね。お父様もお兄様も許さないわ」


溜息混じりにダイアナが溢すと、レスリー=アンもつられて溜息を吐いた。

まだ少し肌寒い季節の中、ローウェル家のサンルームでダイアナとレスリー=アンは温かいお茶を前にしていた。

テーブルの上には、ローウェル家の料理長が腕を振るった小さめのクリームパフとカラフルなメレンゲ菓子が、可愛らしい花柄のプレートに並べられている。

学院の卒業がだんだんと近づくにつれ、卒業後の身の振り方に頭を悩ませる二人だった。

二人ともに婚約者はおらず、かと云って王城勤めが叶うとも考えられない。


「わたし…お兄様に薬師になりたいとお願いしてみましたの」

「!」


おずおずと口を開いたレスリー=アンの言葉に、ダイアナは目を大きく見開いて彼女を見つめた。

内気な親友は、こうと思ったら時々大胆なことをする。

伯爵家、しかもキャンデールという名家の令嬢であるレスリー=アンが、働きたいと云いだすなど、どれだけ勇気のいったことだろう。


「それでコンラッド様は何と…?」

「はじめは笑って取り合ってくださらなかったのです。でも本気だと判ると、そんなはしたないことはさせられないと…」


そう云って瞳を伏せたレスリー=アンに、彼女には聞こえないよう静かにダイアナは溜息を吐いた。

二人のやり取りの場面が想像できるようだ。

自分はまだ何も父親や兄と相談はしていないが、万が一女官になりたいと願ったら、同じように一蹴されるに違いない。


お読みくださり、有難うございました。


今夜中に、もう一話投稿します。

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