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5. Side: コンラッド

よろしくお願いいたします。


出会いの頃からなので、思ったより長くなってしまいました。

説明的な部分は、ナナメにお読みください。。。

コンラッドは溜息を吐いた。

王宮に呼び出されるのはこれで何度目だろう。

この王国に忠誠を誓っている以上、王族の求めに応じることは当然の義務だと理解しているつもりだ。

だが、こう頻繁だと、自分の仕事にも支障をきたしかねない。

王家の役に立つことは、名誉なことだと考える輩もいるだろう。

しかしキャンデール伯爵家は領地を持たないのにも関わらず、すでに王家を凌ぐほどの財力と人脈を持っている。

王家に(おもね)る必要もなく、返って少し何かしらの瑕疵でもあった方が、他の諸侯からの風当たりも弱くなるというものだ。


内密に、という理由で庭園の四阿の一つに呼び出されたコンラッドは、話が済むと近道とばかりにヘッジ・メイズに足を踏み入れた。

正しい道を理解していれば、ここを通る方が王宮へは早く着ける。

しかし運悪く、ご令嬢の一団がメイズを散策中だったようだ。

まだ距離があるのをいいことに、このまま気がつかないふりをして遣り過ごそうとしたものの、ちょうど角を曲がる一瞬前に気づかれてしまったようだ。


「あらっ、今のはキャンデール家の…?」

「あのお姿は、確かに…」


遠くに声がうっすらと聞こえてきたが、コンラッドの足が止まることはない。

必要とあればご令嬢方のお相手を務めることもあるが、それは今のような時ではないのだ。

後ろを確認しつつ生垣を再び曲がり、比較的開けた場所に出たところで、彼は前方に人影を認めた。

ドレスを着ているところを見るとご令嬢か。

だが、その人影は小柄だった。それに、燃えるように艶やかな赤い髪。

恐らく、と当たりをつけて、コンラッドはその人影に足早に近づいた。

見事な赤い髪を持つ青年に、つい最近会ったばかりだ。


「ここで何を……いや、今はそれどころではないので、ご協力ください、お嬢さん」


コンラッドはそれだけ云うと、有無をいわせずに相手の手を引いて生垣の角を曲がる。

歩きながら、確か彼女は妹と同じ年頃のはず…と考えて、何故ここに彼女がいるのか推測した。


(迷子か。)


何が原因かは知らないが、一人でガーデンパーティを抜け出してくるなど、なかなか豪胆なお嬢さんだ。

流石に心細かったのだろう、大人しく彼女がついてくることにほっとして、彼女の顔をわざと見ないように手を引きつつ、また角を曲がって立ち止まった。

顔を赤らめている少女の手を離し、片目を瞑って唇に指を当てると、彼女はコクリと頷いた。

少しじっとしていると、人の声がする。


「どこに行ってしまわれたのかしら?」

「こちらの方でしたわよね?」

「せっかくお話しできると思いましたのに…」


令嬢たちの声が遠くへ離れていっても、コンラッドは暫くはじっと動かずにいた。

漸く大丈夫か、と溜息を吐いたあと、彼は協力してくれた少女を振り返る。


「近道をしようと思ったのに、返って時間がかかってしまったな。さて、私が云えることではないが、これからは、見知らぬ男について行ったりしてはいけませんよ、ローウェル侯爵家のお嬢さん」

「!」


半分は独り言、あとの半分はついてきた少女に向けての言葉だった。

ぶわり、と少女の頬が赤くなる。

エメラルド色の瞳が大きく見開かれ、自分を見つめていた。

その瞳を美しいなと思いつつ、先日会った青年の瞳は、琥珀色だったことをコンラッドは思い出した。

少し責めるような口調になったか、とコンラッドは言葉を足す。


「おっと、責めている訳ではありません。私にも事情がありましたので、今回のことはお互いに内緒で、ということにしましょう」


そう宥めるように云って、相手の反応を促すために片眉を上げると、少女は笑顔になり、こくりと頷いた。

コンラッドはここで、自己紹介もまだだったことに気がつく。


「申し遅れましたが、私はコンラッド・キャンデールと申します」


年下とはいえ侯爵令嬢に向けての礼を欠かさぬよう、コンラッドはボウ・アンド・スクレープの礼をする。


「お初にお目にかかります。ダイアナ・ローウェルと申します」


彼女もすぐに笑顔を貼り付け、綺麗なカーテシーをして見せた。

その堂にいった様子、少女としては少し低めの声も落ち着いて聞こえ、とても妹と同い年とは思えない威厳さえ感じる姿に、コンラッドは内心感心した。

しかしすぐに口元に微笑みを浮かべ、彼はダイアナに腕を差し出したのだった。


「それでは、ダイアナとお呼びしても?近くまでお送りしましょう。ガーデンパーティの会場はこちらですよ、ダイアナ嬢」



◆◆◆


その年の秋に、妹が王立学院の中等部に入学した。

暫くすると、その妹が友人と時々お茶会をしていると耳にした。

内気な妹が珍しいことだ、と興味が湧き、弟が帰ってきている時に挨拶という名目で一緒にお茶会の席に顔を出してみると、思いがけない人物が妹とお茶を飲んでいる。


「また会いましたね、ダイアナ嬢」


そう挨拶すると、妹は目を瞬かせて自分を見上げているのが判った。

そう云えばあの時のことは、彼女に内緒と云った手前、誰にも話していなかった。

正直、忘れていたくらいだ。

しかし頬を上気させて自分を見上げるダイアナに、彼女からの好意を、コンラッドは正確に感じていた。

自分に纏わりついてくる令嬢たちとは違う、純粋な好意をダイアナの美しい瞳から読み取ってコンラッドも悪い気はしない。

だが年の離れた妹と同い年、十も年が離れている。



「好かれてるな、あの侯爵令嬢に」


お茶会の席を離れて屋敷の中に入る途中で、ブルースが兄のコンラッドにだけ聞こえる声で話しかけてきた。


「レスリーと同い年だぞ」


コンラッドも同じように囁き返す。

ブルースは片眉を上げて、兄の顔を覗き込んだ。


「あと五年もすれば、蛹から蝶に羽化するように、誰もが振り向くような女性になるだろうさ」

「何が云いたい?」

「真っ直ぐな気持ちは眩しくて貴重だぞ」

「じゃあ、お前が娶ればいい」

「生憎、彼女に好かれてるのは俺じゃない」


ブルースは口の端を上げてニヤリと笑うと、振り向かずに兄に手を振り、キッチンの方へと足早に去っていった。

大方、料理長のトニオに何か軽いものでも頼むつもりなのだろう。

弟は騎士になってから、さらによく食べるようになった。

弟の後ろ姿を見送り、コンラッドは執務室に向かうべく目の前の階段を見上げた。

確かに、彼女のエメラルドの瞳の美しさにはハッとするものがある。

だが、それだけだ。

コンラッドは考えを振り払うかのように頭を振って、階段を登り始めた。



◆◆◆


それからも妹のレスリー=アンとダイアナはお茶会を続け、時には晩餐に彼女が姿を現すこともあった。

両親がダイアナをいたく気に入り、可愛がっていたからだ。

コンラッドが晩餐の席で話の水を彼女に向けてみると、はじめは躊躇いがちに口を開いていたダイアナも、会う度ごとに鋭い意見を出すようになっていった。

彼女の自由な発想は、女性ならではの視点でありつつ狭量なところがない。

いつしかコンラッドも、晩餐でのダイアナとの会話を楽しんでいる自分に気がついていた。




しかし妹が学院の高等部に進学してすぐに、父親の伯爵が急死した。

生前に父親から爵位を受け継いでいないコンラッドは、手続きの煩雑さに辟易した。

王都のタウンハウスに寝泊まりすることが多くなり、郊外に構えている本邸であるウイローワックスへはなかなか帰れない日々が続く。

葉先に魔を払う力があると信じられている、柳の木を信奉していたキャンデールの七代前のご先祖が、邸宅の庭にやたらと柳の木を植えたことから、キャンデール家の屋敷は「ウイローワックス」と呼ばれるようになった。

迷信深い人なら、今や大木に成長した柳たちが、キャンデールの家を禍々しいものから守ってくれると喜ぶことだろう。

風に吹かれてさらさらと鳴る柳の葉音を思い出しながら、コンラッドは存外あの屋敷が気に入っていることを自覚した。

そう云えば歌があったな…。

昔、まだ子どもだった頃、よく母が子守唄に歌ってくれた柳の歌ーーー

もう歌詞も思い出せないが。


苦笑したコンラッドは、ウイローワックスにいる妹のレスリー=アンのことを思った。

父から引き継いだ海運業は、仕事量を減らして進めている。

間もなく諸々の手続きも終わるはずだ。

しかし、ショックを受けているであろう妹の側にいる時間も取れずに、コンラッドはもどかしい日々を過ごしていた。

所有している鉱山の業務を一時止め、娘に付き添っている母や、休暇を取り頻繁に様子を見にきてくれる弟に感謝しつつ、自分自身で妹を慰められないことが辛い。

彼らから、ダイアナもよく妹の元を訪れてくれている旨を聞いていた。



◆◆◆


爵位を無事に継ぐ手続きが終わると、今度は王宮からの呼び出しが再び始まった。

漸く少し落ち着いたと思ったところだったのに、おちおち自分の執務室で仕事を片付ける時間も取れない。

だが、暫く会わないうちにレスリー=アンはだいぶ落ち着いてきていた。

珍しく自分の執務室にいる時間が取れたコンラッドは、溜まった書類仕事の合間に窓から妹とダイアナがテラスでお茶を飲んでいる姿を認め、目を細めた。


そこへ、執事長のオーティスから待っていた人物の来訪が告げられる。

会うのは数年ぶりになる友人で、かつてコンラッドが婚約を意識した女性だった。

しかし彼女はすでに結婚しーーーリシェール・ビザーレ侯爵夫人が彼女の名前だーーー夫の領地で彼の事業を大いに助けていると聞いていた。

ある王族からの頼みもあり、それが彼女の夫の事業とも関係があるので、彼女が王都に商用で出てくると聞いてコンラッドは面会を取り付けたのだった。

オーティスに、執事のバートに案内させ、念のため部屋に留まるように伝える。

既婚のご婦人と、二人きりで会う訳にはいかないとの判断だ。


学院当時リシェールは、コンラッドの一つ下の学年だった。

才媛の彼女とは生徒会で共に活動し、主張せず順従であるべきと教育される貴族令嬢の中にあって、率直に意見を述べつつも周りの話もよく聞き、感情豊かなところもコンラッドは好ましく思っていた。

またリシェールの実家が子爵家だということも、コンラッドにしてみれば好都合だった。

事業に成功し、人脈も財力もあるキャンデール家のコンラッドが、格上の家の令嬢と婚約した場合、他の諸侯からさらに妬み嫉みを買い、痛くもない腹を探られることだろう。

コンラッドの両親は完全に恋愛結婚だったのにも関わらず、公爵令嬢だった母親を娶った父親は、よく他の貴族から嫌味や皮肉を云われているのを彼は側で聞いていた。

だからコンラッドは、出来れば格下の家の令嬢との婚約が望ましいと思っていた。

しかし実際は、爵位の上下に関係なく、積極的に自分を売り込んでくる婚約者のいない令嬢ばかりに囲まれることになり、彼女たちと平等な距離を保つのに気疲れするばかりだった。

そんな中、自分に媚びるでもなく、男同士の友人のような気軽さで、距離を詰めてくるリシェールの存在が心地よく感じられたのだ。


ところが。

恋慕という感情に育つ前、リシェールとならいい関係を築けそうだとコンラッドが思い始めた頃、彼女は同じ生徒会にいたギルロイ・ビザーレ侯爵子息と婚約してしまった。

聞けば、二人は幼馴染で、ギルロイの長年の求婚に、彼女が漸く頷いてくれたのだという。

どちらかというとクールな印象のギルロイが、珍しく嬉しそうにそう話すのを聞き、コンラッドも心から祝福したのだった。



バートに案内されて執務室に現れた女性は、歓声をあげてコンラッドに駆け寄り、再会を喜んだ。

だがコンラッドの目の下の隈に気がつくと、心配そうに彼の頬に手を当てて顔をのぞきこむ。


「お父さまのこと、お伺いしましたわ。心よりお悔やみ申し上げます。少しお痩せになったのじゃない?」

「いや、これでも一時期よりはかなり楽になったのですよ。ご心配有難う」


コンラッドは彼女に微笑みかけ、頬に触れた手を優しく掴んでそれとなく離した。


(相変わらずだな…。)


彼女は一度友人と見なすと、遠慮なく距離を詰めてくるところがある。

コンラッドが知る、彼女の唯一欠点になり得る点だった。

魅力的な女性なだけに、自分の都合のいいように誤解する男たちもいるかもしれない。

今だに夫のギルロイは気が気ではないだろう。

そう思いながらコンラッドが窓の外に目を遣ると、ちょうどテラスで妹とお茶を飲んでいるはずのダイアナが、こちらから目を逸らしたように見えた。


(見られたか…?)


一瞬眉を寄せたが、思い直す。

見られたっていいじゃないか。

もしもダイアナ嬢が何か誤解したとしても、その方が彼女のためかもしれない。


コンラッドはリシェールに笑顔を向け、ソファを指し示して坐るよう促す。

机の上の資料を取り、一瞬窓の外に視線を向けた。

唇をきつく結んだダイアナの横顔が見えた。

軽く溜息を吐く。

さあ、商談の始まりだ。


お読みくださり、有難うございました。


ヘッジ・メイズ(Hedge Maze) は、迷路庭園のことです。

迷路のように、同じ生垣が続く庭園のことですが、コンラッドは迷わないらしい…。

何度も王宮に呼び出されて、思いの外移動に時間がかかることに気がついたので、どこをどう通ったら最短か研究したようです。^^

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