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15.

よろしくお願いいたします。


その日、レスリー=アンに誘われるまま、ダイアナはキャンデール家の晩餐に参加した。

もう間もなく、ジリアンが勤めていた病院の医師に挨拶に行くことになっているブルースやジリアンとも話が弾み、楽しいひと時を過ごした。


「それでは失礼いたします」とダイアナが口を開く前に、コンラッドが先にダイアナに向かって笑顔で告げた。


「送っていこう、ダイアナ嬢。そのつもりで、ローウェル家の馬車は返してしまったのだ」

「いえ、そんな…」

「わが家で晩餐を一緒するとお宅に知らせる時点で、私がお送りする旨も伝えてある」


笑顔のまま、有無を云わせない雰囲気を漂わせたコンラッドには敵わない。


「有難うございます」

「私が送って行きたいのだ。我儘に付き合ってくれ」


仄かに頬に朱を刷いたダイアナを、コンラッドは蕩けるような眼差しで見つめた。

ブルースとジリアン、それにレスリー=アンは互いに視線を交わし、そんな二人を目を細めて見ていた。



◆◆◆


キャンデール家の紋章のついた馬車に、コンラッドにエスコートされて乗り込んだダイアナは、つい先日も同じようなことがあったことを思い出した。

あれはパヴェル伯爵家の茶会からの帰りだった。

あの時は向かい合って坐ったのに、今日は何故かコンラッドが隣にいる。

当たり前のように隣に坐っているが、未婚の男女としては近過ぎる距離だ。


「どうした?」


何事もないように聞いてくるコンラッドに、ダイアナはいつになくもじもじしてしまう。


「……近いですわ」


小さな声で云うダイアナに、コンラッドは「ああ」と頷き、いきなり彼女の手を取った。


「!」


ぶわりと赤くなったダイアナが顔を上げると、そのままコンラッドはダイアナの指先に唇を落とす。


「これから君を口説くつもりなのでね」

「口説くって…!」

「こんなところで無粋なのは判っているが、もうあんな思いはしたくからな」

「あんな思い…?」

「いや、いいんだ」


距離を取ろうと少し体をずらしてみたが、すぐにコンラッドに距離を詰められる。

顔を覗き込まれ、心臓が壊れてしまうのではと思うくらいにダイアナの心臓は駆け足だ。

ダイアナの顔を見つめていたコンラッドは、口の端でふっと笑った。


「君がおちびさんだった時も、そのエメラルドの瞳はずっと美しいと思っていた。だが今は、その瞳に、私だけを写して欲しいと願っている」

「コンラッド様…」

「君と歳が離れているという理由だけで、距離を取ろうとしたーーー君は妹の友人なのだと」

「友人ですわ、今までもこれからも」


ダイアナはコンラッドに微笑んだ。

その答えに、コンラッドの笑みが自嘲的なものに変わる。


「愚かにも、私は君の隣にどんな男が並んでも平気だと思っていた。そうでないことに気がつくのが遅すぎて、天罰が下ったかと思ったくらいだ」

「天罰?」

「アーロン・シャンティエが君に求婚したと聞いた」

「!」


では、ブルースの云ったことは真実だったのだ。

少しおさまっていたのに、ダイアナは再び首から熱が上がってくるような気がした。


「君はわが家から遠ざかっていたし、私にはもう希望はないのかと思った」

「……シャンティエ様のお話はお断りしました」


コンラッドには何も誤解されたくなくて、ダイアナは必死に告げる。

眉を寄せたダイアナに、コンラッドの大きな手が伸びて彼女の頬を覆った。

彼は彼女に甘やかに微笑む。


「それを知って、私がどんなに安堵したか判るかい?君がまたわが家に姿を見せるようになって、まだ希望があるのだとどれほど思いたかったか…」


ダイアナはコンラッドの手に頬を寄せ、目をつむった。

愛しいものを撫でるように触れるコンラッドの手。

心臓は煩いほど鳴っているけれど、それさえも心地よく感じてしまうーーー


「こんなこと…夢のようです」


これほど近くにコンラッドがいる。

コンラッドとの距離は一生縮まることなどないと思っていたのに、彼の方からこんなに近づいてきてくれるなんて。


「夢では困るな。…覚めてしまうからね」


ダイアナが目を開くと、空色の瞳がじっと自分を覗き込んでいた。

その瞳は真剣で、ダイアナは息が止まりそうになる。


「嫌と云うなら無理強いはしない。でもそう云うなら今だ。でなければ、私はもう君を逃してあげられないよ」


そう言葉では云いながら、コンラッドの親指がダイアナの唇の形をなぞる。

ぞくり、とダイアナの胸に甘い痺れが走り、彼女は潤んだ瞳でコンラッドに微笑みかけた。


「逃げませんわ。わたくし、ずっとコンラッド様をお慕いしていましたもの。ご存じだったでしょう?」


コンラッドは、ほっとしたように目元を緩めた。

そのまま彼の顔がゆっくりと降りてくる。

瞳を閉じたダイアナの耳に、コンラッドの囁きが聞こえてきた。


「ああ、知っていた。今でもそうあって欲しいと願っていたよ」


温かな吐息とともに、柔らかいものがダイアナの唇に触れた。

角度を変えて、何度もダイアナの唇に彼のそれが押し当てられる。

唇を舐められ、驚いたダイアナが口を薄く開けた拍子にコンラッドの舌が彼女の口内に侵入した。

歯列をなぞられ、逃げ惑うかわいらしい舌を絡め取られ、コンラッドは彼女の呼気さえも奪うように激しく口付ける。


「甘い…」


最後にダイアナの下唇を甘噛みして離れたコンラッドは、髪をかきあげ、ぺろりと自分の唇を舐めた。

酸欠状態で呼吸音も荒いダイアナは、ぼうっとした頭で壮絶な色気を放つコンラッドを見つめ、体の奥が疼くのを感じた。

今まで見えなかったコンラッドの男性的な面を見るにつけ、ダイアナも自分の中の女性が目覚めていくようだ。

コンラッドの手がダイアナの頬へと伸び、名残惜しげに撫でる。


「そんな顔で煽らないでくれ。これでも、君が怖がらないよう手加減しようと理性を総動員しているのだよ」


潤んだ瞳で上気したダイアナの顔を見つめ、コンラッドが眦を下げた。


「煽ってなんか…」


おりません、と最後まで云う前に、今度はコンラッドの親指がごしごしとダイアナの唇を少し乱暴に撫でる。

眉を寄せて、少し不機嫌そうにコンラッドは云った。


「これ以上は、本当にいけない」


幸いにも、それから間も無くして馬車はローウェル家に辿り着いた。


お読みくださり、有難うございました。


ようやく甘くなってきました…。^-^

あと数話で本編完結です。

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