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14.

よろしくお願いいたします。

カンッ、カンッ、と甲高く金属のぶつかり合う音がする。

レスリー=アンとダイアナは、この日キャンデール家の庭を散歩していた。


「たまには、薬草園とは違う方へ行ってみましょう」


そう誘うレスリー=アンの言葉のままに、いつもとは反対の方向へ歩いていると、金属のぶつかり合うような音が聞こえてきたのだ。

ダイアナがレスリー=アンを見ると彼女は頷き、二人は音のする方へと足を進めていった。


突然、開けた場所に出て、ダイアナは目を丸くした。

平に地ならしされた場所では、キャンデール家の兄弟が剣を交えていたからだ。

恐らく真剣ではないのだろうけれど、二人は一心に打ち合っている。

剣が交わる度にカンッと甲高い音がして、それが最初に聞こえてきた音だと判った。


弟のブルースは騎士団で副団長を勤めていたほどだ、剣の腕が立つのはダイアナにも理解できる。

しかし、コンラッドもこれほど剣が遣えるとは思わなかった。


と…。


「甘いな、カート!」


ダイアナたちの存在に気がついたのか、コンラッドが一瞬気を逸らした隙に、ブルースの剣先がコンラッドの喉元で寸止めされた。

コンラッドがのけぞって避けることを予測したような正確さだ。

降参するように両手を挙げ、コンラッドは弟に云った。


「お前に勝てるとは思っていないよ。私より早く、彼女たちにも気づいていたのだろう?」


レスリー=アンはこういう光景を見慣れているのか、つかつかとブルースに近寄ると両手を腰に当てて叱るように口を開く。


「ブルースお兄さま、大人気ないですわ。コンラッドお兄さまは病み上がりですのよ」

「カートには本気で、と云われたんだがな…」


剣を下ろし、眦を下げて妹に答えるブルースに、コンラッドは苦笑いを押し殺した。

自分もそうだが、弟も妹には弱い。

そしてその妹は、いつも弱い者を守ろうとする心根の優しい子だ。

つまり、今の自分は「弱い者」だと妹に認識されていると云うことだろう。


「レスリー、それは本当だよ。私が本気で、と頼んだのだ。それによく見てごらん。ブルースが剣を持っているのは左手だろう?」

「あ…」


レスリー=アンの視線がブルースの腕に注がれ、困ったように笑う次兄の顔を見上げた。

ブルースは2年前に左腕を魔獣に傷つけられ、ある程度は回復したものの、それが元で騎士団副団長を辞していた。


「一応、ハンデはつけたつもりだ。右手じゃ勝負にならないからな」


小声で妹にそう話すブルースの声は、コンラッドには届いていなかった。

平地の端に立ち尽くしている令嬢の方へと、足早に近づいていたからだ。


「ダイアナ嬢、情けないところを見せてしまったな」


眦を下げるコンラッドに、ダイアナは内心驚いていた。

いつも完璧だと思っていたコンラッドも、こんな表情をすることがあるなんて。


「あ…あの、腕はもう大丈夫なのですか?」

「この通り。剣を振れるほどには回復した…はずだったのだが……」


剣を一振りブンッと振って見せたあと、コンラッドは苦笑した。

剣を振る衝撃とともに、コンラッドの額から汗が滴り落ちた。

彼は無造作に髪をかきあげ、袖で汗を拭う。

その男臭い仕草を目の当たりにして、ダイアナの頬に赤みが差した。


「これを…」


ダイアナが差し出したハンカチを見下ろし、コンラッドは嬉しそうに微笑んだ。


「有難う」


手を伸ばして、ハンカチを持ったダイアナの手ごと握りしめる。

ぶわり、とダイアナの頬が赤く染まったのを満足そうに見つめ、ハンカチを受け取るとコンラッドは額の汗を拭った。

ダイアナはその様子を眩しげに見上げた。

いつか渡せたら…と、コンラッドのために刺した刺繍を施したハンカチだったのだ。

やっと使ってもらえた。


「そのハンカチ…もらっていただけますか」


おずおず、と云い出したダイアナは、コンラッドを見上げてにっこり微笑んだ。

考えるより先に、するりと言葉が出てくる。


「コンラッド様のために刺した刺繍ですの」


コンラッドは一瞬目を瞠り、そのままダイアナの手を取って自分の口元に運ぶ。

指先に柔らかい感触が押し当てられるのを感じて、ダイアナは一層頬を赤くして俯いた。

赤くなった顔を見られるのが恥ずかしかったからだ。


「喜んで、ダイアナ嬢。このお礼は、必ず」


ダイアナの赤く染まった項を見下ろし、コンラッドは蕩けるような微笑みを浮かべた。




一行が屋敷まで戻り、兄弟が着替えのために去ると、レスリー=アンとダイアナはテラスで喉の乾きを潤すことにした。

侍女がお茶の用意を整えて下がったあと、ダイアナがお茶を口に運びながらレスリー=アンに話しかける。


「レスリー様、あの場所でお二人が剣を交えていることを知っていたのでしょう?」

「そういえば、そんなことも時々あった…と、あとから思い出しましたわ」


少し恨めしげにレスリー=アンに視線を向けたダイアナに、彼女はクスリと笑ってお茶のカップに手を伸ばした。


「たまには、違ったコンラッドお兄さまが見たいかな、と思いましたの」


お茶を飲んだカップを戻しながら、レスリー=アンはダイアナににっこりと笑顔を向けた。

確かに、今まで見たことのないコンラッドの姿だった。

コンラッドはいつも冷静で聡明でスマートで…ダイアナは、どちらかというと彼は静のイメージだと思っていた。

しかしたった今見たように、あんなに鋭い表情をして剣を振う姿ははじめてで、男性的なコンラッドの姿を思い出すだけでまた胸が高鳴ってきてしまう。


(コンラッド様、素敵だった…。)


「ダイアナ、お顔が赤いですわ」


揶揄うような口調でレスリー=アンに囁かれ、ダイアナは思わず頬を両手で覆った。

友人に目を向けると、レスリー=アンは楽しげに微笑んでいる。


「……あんなコンラッド様は初めてだもの」

「ブルースお兄さまには負けてしまいましたわね」

「ブルース様は、騎士団の副団長を務められた方よ。でも、コンラッド様も負けてはいなかったわ」

「ええ、そういうことにしておきましょう」


ツン、と顎を上げて、何事もなかったかのようにお茶を口に運ぶダイアナの頬にはまだ赤みが残っていた。

レスリー=アンは、そんな友人の様子にふふっと笑みを溢した。

いつも侯爵令嬢然として優雅に微笑みを絶やさず、時には威厳を感じさせることもあるこの友人は、こと兄のコンラッドのこととなると素直な感情が出やすい。

先ほどブルースの近くで見ていた、ダイアナとやり取りをしていたコンラッドの態度には少し驚いたけれど−−−


あんなに女性に甘い表情を見せるコンラッドははじめてだった。

いつどこでコンラッドの考えが変わったのかは判らないけれど、先日ブルースが云っていたことは当たっているのかも……。


「カートも人の子だったって訳だ」


ブルースの言葉が蘇る。

ダイアナ様がそのことをどれだけ理解しているかは判らないけれど−−−


(コンラッドお兄さま、頑張って。)


お茶を飲む友人の横顔を見つめながら、レスリー=アンは心の中で兄にエールを送った。


お読みくださり、有難うございました。


すぐにもう一話、投稿します。

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