13.
よろしくお願いいたします。
今回も少し長めです……。(^^;
しかも、主人公たちの話が進まない。(^^;;
それから頻繁に、ダイアナはキャンデール家でお茶をすることになった。
コンラッドの様子が気になっているダイアナは、レスリー=アンが誘う限りキャンデール家に足を運んだからだ。
それまで一緒にお茶をすることもあったセルマは、ウォレンと婚約したことにより身の回りが忙しくなり、暫くお茶をご一緒するのは難しいかもしれない…と、ダイアナへの手紙に書いてきていた。
レスリー=アンはジリアンとあっという間に打ち解けたようで、内気な彼女にしては珍しいことだとダイアナは思ったが、ジリアンは看護師なだけあって薬草に詳しいらしい。
自分で薬草を育てているレスリー=アンとは、きっとその話で一気に垣根がなくなったのだろう。
ジリアンが子爵令嬢であること、実家では父親が医師、母親が薬師をしていること、兄も医師でその兄に今回の看護を頼まれたことを、ダイアナはレスリー=アンから聞いていた。
それに、コンラッドに対して特に何の感情もないらしいこともーーー
レスリー=アンが本人から聞いたところによると、彼女には別の思い人がいるらしい……。
レスリー=アンとダイアナがお茶を飲んでいたのは、馬車寄せが見渡せるテラスだった。
そこで話に割り込んできたブルースも一緒にお茶を飲むことになり、ブルースの分のお茶を頼んだ侍女が下がるのを見届けた彼は、テラスの椅子を引いてきてレスリー=アンの近くに坐った。
その視線は馬車寄せに向けられているが、ダイアナに向けて口を開く。
「それで?シャンティエ侯爵家との婚約はどうするのだ?」
「お耳が早いですわね。どうするって…まだ何も」
レスリー=アンが軽く目を見開いたので、彼女にまだその話をしていなかったことにダイアナは気がついた。
アーロンと会ったすぐあとにコンラッドの落馬の知らせが届き、アーロンとのことは正直、頭の中から消し飛んでいたのだ。
「家格も釣り合っているし、次男のアーロンは嫡子より出来がいいと云うぞ」
のんびりした口調でブルースは続けた。
もちろん、その言葉はダイアナに向けられている。
「婚約の申込みをいただいたというだけですわ。まだ何もお返事はしていません」
ダイアナが答えた、それは事実だ。
思ったよりも早口になってしまったのは、自分の中でとっくに結論の出ていたことをまだ相手に伝えていなかったことに気づいてしまったから。
実際に会ってみたアーロンの印象は悪くはなかった。
そして彼は待つ、とも云った。
しかし待ってもらっても、答えは変わらない。
手の届かない人だと判っていても、望んでしまうのはたった一人だけーーー
彼が手に入らないのなら、あとは誰でも同じ。
貴族の子女として、他の貴族に嫁ぐのが務めなら、いずれ父親が相応しいと思う相手を用意してくれるだろう。
本当は女官にでもなって独り身を貫けたら良いのだけど、侯爵家の令嬢が働くなど父親が許すはずがない……。
つらつらと考えていたダイアナは、ブルースの言葉で我に返った。
「…いい情報を持っているんだがな」
ダイアナに向けて云っているのは判ったが、反応したのはレスリー=アンだった。
「いい情報って何ですの?」
ここは親友に任せて、ダイアナはお茶を口に運ぶ。
そこへ、ブルースのお茶の用意を乗せたワゴンを押して侍女が現れた。
一旦会話は中断し、侍女がサンルームに下がるのを待つ。
「ヒントをやろう」
お茶を口に運びながら、ブルースはレスリー=アンに向かって云った。
ダイアナは無言のまま、耳をそばだてていた。
ブルースもそれは判っていつつ、妹に向けて話しかける。
「カートが馬から落ちたのはいつ頃だ?」
「三週間ほどになりますわね。入院したのは二週間で、退院してらしてからちょうど一週間ですもの」
「で?シャンティエ家からの婚約の申し込みはいつだ?」
兄妹の会話を聞きながら、まさか!と思うより早く、ダイアナは椅子から立ち上がっていた。
ガタンッと椅子が鳴ったが、今はそれも気にならない。
アーロンと会ったのは、ちょうどその頃だ。
婚約の申し込みをもらってから、迅速に場が設けられたのだから。
「それって…!」
呆然とした表情でブルースを見る。
彼は片眉を上げてダイアナを見返してきた。
「だとしたら?」
ブルースの口調からすると、アーロン・シャンティエが自分に婚約を申し込んできたことがコンラッドを動揺させたように聞こえる……。
そんな、まさか…!
「あり得ないわ…!」
一気に熱が上がってきて、顔が赤くなっているのを意識しながらダイアナは口走った。
そんな虫のいいことがある訳がない……!
あとの言葉が続かず、ダイアナは力無くそのまままた椅子に腰を下ろした。
ブルースは満足したように、再び紅茶に口をつけた。
「あり得るさ…多分ね。カートも人の子だったって訳だ」
そう云うと、ブルースは自信ありげに口角を上げた。
兄の乗馬の腕前を知っているブルースは、核心に似た思いがあった。
走る馬の前に飛び出して来た兎を避けきれず、という理由も事実だろう。
しかし、その兎が飛び出して来た時のコンラッドは、すぐに対処できないくらい何かに心を囚われていたはずだ。
ブルースが調べてみたところ、その頃キャンデール家の周りには何も起こっておらず、周辺の貴族の家にもこれといって特に何も動きはなかったーーーダイアナ・ローウェル侯爵令嬢に、アーロン・シャンティエ侯爵令息から婚約の申し込みがあった、ということの他には。
◆◆◆
ダイアナは、それからすぐに父親のローウェル侯爵に時間をとってもらい、シャンティエ公爵家からの申し込みについて話をした。
アーロンと直接会ってお返事がしたい、とダイアナが申し出ると、侯爵は「判った」とだけ云って執事に調整するように指示を出す。
「やはり、私は娘に甘いと、また妻や息子に云われてしまうな…」
娘が去った執務室で、侯爵は独言た。
会合の場はすぐに設けられた。
やはりアーロンがローウェル家に来てくれるという。
シャンティエ家には、ローウェル家から正式な書状が送られているので、今回はダイアナから私的な手紙は控えることにした。
気持ちを引き立たせようと、その日ダイアナは明るい青の少し華やかなデイドレスを選んだ。
髪も美しく結ってもらう。
美しく着飾った自分を見てもらいたい、というよりは、きちんとした格好で臨むのがけじめだとダイアナは思ったからだ。
前回と同じように庭園を臨むテラスに客人の姿を認めてダイアナが近づくと、相手が立ち上がって出迎えた。
手にはやはり小ぶりのブーケがあり、胸に手を当てて礼をする。
「またお会いできて嬉しいですよ、ダイアナ嬢」
ダイアナが差し出した手を素早く取り、アーロンの唇が軽く掠めた。
彼女がブーケを受け取ろうと出した手に、ブーケをさっと避けてアーロンはその手を取ったのだった。
そのまま顔を上げたアーロンは、カッと頬に朱が差したダイアナに満足そうに微笑んだ。
差し出されたブーケは、白い小花に囲まれたオレンジの小薔薇で、今回もアーロンの趣味の良さを窺わせる。
しかしダイアナがそのブーケに視線を落とし、一瞬眦を下げたのをアーロンは見逃さなかった。
視線が下を向いていた彼女は気が付かなかったが、アーロンも一瞬だけ眦を下げ、すぐに下がっていた口角を上げる。
無言のまま二人ともテーブルに坐り、勝手を知っている侍女たちがお茶の用意を整えて離れていくまでその沈黙は続いた。
「あの…」
意を決してダイアナが口を開いてアーロンを見ると、口に運んだカップ越しに彼が見返してきた。
「断るのにわざわざ会ってくださるとは…何故です?」
いきなり核心をつく発言に、ダイアナは息を呑んだ。
渇きを覚えてお茶を口に運び、喉を潤す。
アーロンはそれを静かに見守り、ダイアナが口を開くのを待った。
「一つには…お会いしてお話もしましたのに、書状一つでお断りするのは不躾だと考えたからですわ。アーロン様を嫌ってお断りするのではないのです」
「では、何故?」
アーロンの静かな問いに、ダイアナは一つ大きく息を吐いた。
そこまで伝える必要はないのかもしれないが、アーロンの態度に好感を持っているだけに誠実に応えたいと思う。
「お名前はお教えできませんが……わたくし、ずっとお慕いしている方がいるのです」
「ずっと…?」
「ええ」
こくり、と頷くダイアナに、アーロンは深く溜息を吐いた。
少し目線を下げた彼は、顎に手をやる。
「それでは私には勝ち目はないな」
「申し訳ありません」
「…先手必勝だと思ったのだが」
「はい?」
「いや…」
顔を上げ、碧の瞳がひたとダイアナを見つめてきた。
「それで?」
「え?」
「まだ他に、今日お会いくださった理由があるのでしょう?」
ダイアナはもう一口お茶を飲み、ゆっくりカップをソーサーに戻すと口を開いた。
「前回お会いした時に、アーロン様があの場にいらしたことはよく判りました。ご推察通りの人物と成り行きであったことも。ご慧眼に驚きました」
「……」
「わたくしは、友人たちの醜聞を恐れているのです。アーロン様の口から、面白おかしくあの話が語られることはないと信じておりますわ。でもわたくしは心配なのです。人は他人の醜聞を好むものです。あの夜の話があることないこと付け足され、蒸し返す輩が現れないとも限りません」
「私に“火消し”をしろ、と…?」
「とんでもない! そんな図々しいことは思ってもおりません。ただ、彼らの平穏で幸せな生活が続くように少しだけご協力ください、とお願いしたいだけですわ。お聞き届けいただけなくとも、お恨みは致しません。恐らくお気づきでしょうけれど、あの夜のことはわたくしが計画したことです。ですから、わたくしが何か云われるとしても甘んじて受けますわ。でも、あの成り行きだとそうは参りませんでしょう?ですから、わたくしにはもう、あの場にいらしたアーロン様の良識にお縋りするしかありませんの。どうか、お願いいたします」
一気にそう云って、ダイアナは深々とアーロンに頭を下げた。
アーロンは目を瞠って、目の前で頭を下げている侯爵令嬢を見つめた。
一向に頭を上げる気配のないダイアナに、アーロンは小さく息を吐き、呟くように言葉を吐いた。
「…判りました。協力すると約束しましょう」
その言葉にダイアナは顔を上げ、「有難うございます」と云いながら彼に微笑みかけた。
あの夜あの場で、セルマ・ドノヴァン嬢がダイアナに向けたような感謝の笑みだ。
彼は、そんなダイアナに聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「本当に、もっとずっと前に貴女とお会いしたかったですよ」
辞する段になり、「ごきげんよう、アーロン様」とダイアナが云うのを聞いて、アーロンの心にふと悪戯心が芽生えた。
「ごきげんよう、ダイアナ嬢。貴女の心を射止める幸運な男は、兄の方ですか?それもと弟かな?」
「…!」
途端に、ダイアナの目が見開かれ、ぶわりと彼女の頬が染まる。
絶句した彼女の顔を、してやったりと満足げに見つめ、アーロンはふわりと笑った。
「答えなくていいですよ。振られた男の、せめてもの意趣返しだと思ってください」
そのままダイアナに背を向けて歩き出しつつ、アーロンは誰に云うともなく声に出した。
「残念ですよ…本当に」
お読みくださり、有難うございました。
次回から、甘くなる…はず。




