第六話
「じゃあ……結城は結うき……」
弥奈の呟きに紘彬が「その通り」というように頷く。
「で、でも、紙は……」
「あった」
「結城さんの鞄にテープで貼り付けてあったんだ」
垂水と如月が答えた。
それを聞いた弥奈が考え込むような表情になる。
昨日のことを思い出そうとしているようだ。
一史はあの時は結城のことで頭がいっぱいで鞄は見ていなかった。
弥奈もおそらく動転していて鞄に注意を払っていなかったのだろう。
結城が搬送された後、駆け付けてきた警察官達に部室は封鎖されて今に至るまで入れない。
小野や大宮の時と違って後から置くという事は出来なかった。
つまり弥奈が見付ける前に鞄に貼り付けたのだ。
おそらく結城が倒れた直後に。
「あたしのせいかもしれません」
朝霞が思い詰めた表情で言った。
「え?」
「犯人は最初、枕詞の見立てなんか考えてなかったのかもしれません。あたしが枕詞じゃないかって言ったから、それで見立て殺人を……」
「待て待て。狙いが全員都合良く被枕だなんてあり得ないだろ。もし見立てを思い付いてから被害者を選んだなら無差別殺人って事だし」
一史は朝霞を遮って言った。
「小野さんが見立てになってるって気付いて連続殺人を思い付いたんじゃ……」
「無差別殺人を考えるような人間は見立てのことを聞かなくても事件を起こしてたんじゃないか?」
一史がそう言うと、
「何より誰でもいいなら部員にそのまんまの名字がいるのにわざわざ分かりづらい結城は選ばないだろ」
紘彬が補足した。
「現に今、皆『くさまくら』の被枕として『結城』を思い付かなかっただろ」
厳密には気付いていた者はいたようだがその事は黙っていた。
「見立てなら気付いてもらえなきゃ意味ないだろ」
紘彬は締め括った。
「でも、なんで結城さんを……」
弥奈が言った。
「何か思い当たることはない? 結城さんとトラブルになった人、知らないかな」
如月が部員達に訊ねた。
一史達が顔を見合わせる。
「何か思い出したら教えてね」
如月はそれ以上は追求しなかった。
「部員の中で結城が『くさまくら』の被枕だと知っていたのは明日香君と志賀さんですね」
如月は廊下に出ると周囲に聞いている人間がいないことを確認してから言った。
「知らない振りをしてたんじゃなければな。それと顧問の垂水は当然知ってたはずだし」
指摘されるまで気付かなかった者もいたようだが、古典文学愛好会に所属しているという事を考えればむしろ知らない者がいたことの方が意外だった。
『くさまくら』は例外に備えておく必要があるくらい必須レベルの超頻出単語なんだが……。
「とりあえず、人間関係の洗い出しは急いだ方がいいな。部の関係者以外の人間も含めて」
「見立てが見せ掛けという可能性も考慮に入れる必要がありますからね」
「それもだが……そもそも被枕の名字って多いからな」
紘彬は溜息を吐いた。
五月二十四日――夜半のひと声――
「『はるひの』と『くさまくら』はコンビニのコピー機か」
高校に向かいながら紘彬が言った。
「コンビニの防犯カメラで分かれば楽なんだけどな」
「裏付け捜査は必要ですから、どっちにしても聞き込みは必要ですよ」
如月が答えた。
紘彬と如月が高校の廊下を歩いていると騒がしい声が聞こえてきた。
生徒達が集まっている。
「救急車はまだか!?」
その声に紘彬と如月が人垣に駆け出すのと救急車のサイレンが聞こえてくるのは同時だった。
生徒達を掻き分けていくと垂水が倒れている。
紘彬は垂水の側に膝を突きながら如月に目顔で合図した。
如月はすぐに近くの生徒に職員室から部室の鍵を借りてきてくれるように頼むと部室に向かった。
「救急車は呼んだんだな?」
紘彬が垂水の脈を診ながら生徒達を見回す。
生徒の一人が手を上げる。
脈があるのを確認するとペンライトで垂水の瞳孔を調べた。
その時、ストレッチャーが近付いてくる音がした。
如月は部室に鍵を掛けて封鎖してから警察署に連絡を入れると職員室に向かった。
職員室では紘彬が待っていた。
「あったか?」
紘彬が訊ねた。
何が? とは聞くまでもない。
枕詞を書いた紙だ。
部室の中に目をざっと見回した限りでは無かった。
「目に付くところには……」
如月の答えに紘彬が頷く。
垂水は廊下で倒れていた。
すぐに気付かれるようなところに置いておいて事前に発見されてしまったら警戒されて失敗する恐れがあるし、失敗したとき回収するのが難しくなる。
「倒れる前、垂水先生は何か飲んでましたか?」
紘彬が訊ねると教師の一人が机の上のペットボトルを指した。
中身が減っている。
「これ、先生が飲む直前に開けたんですか? それとも開いてました?」
紘彬の質問に教師達は思い出そうとするように顔を見合わせてから、
「自分で開けたんだと思いますけど、飲む前かどうかは……」
教師の一人が答えた。
やがて鑑識が到着したので紘彬達は別室で教師達に聞き込みを始めた。
どの教室も窓に生徒達が群がって救急車に運ばれていくストレッチャーを眺めている。
「誰が倒れたの?」
クラスメイトの問いに、
「垂水だって」
鈴木が答えた。
「え!?」
一史と弥奈が同時に鈴木の方を振り返る。
聖子と耕太も鈴木の方を見ていた。
「鈴木君、それホント?」
「間違いないよ」
鈴木の言葉に一史達は顔を見合わせた。
「桜井紘彬警部補」
教師と入れ違いに入ってきた鑑識の一人に声を掛けられた紘彬が顔を上げた。
「何かあったか?」
紘彬の言葉に鑑識が証拠袋を掲げて、
「本棚の影に落ちていました」
と答えた。
「なんて書いてあった?」
「『いはばしる』です」
鑑識が答えた。
「ご存じだったんですよね?」
如月が訊ねる。
「まぁ『万葉集』にしか用例のない『はるひの』は入れてなかったって言うから『いはばしる』だとは思ってたが」
「他にもあるんですか?」
「高校では習わないが『いはそそく』も『垂水』に掛かる。あと、『結ふ』と同じで『たる』だけなら『望月の』」
紘彬の説明を、
桜井さん、警察辞めても古文の教師としてやっていけそうだな……。
と思いながら聞いていた。




