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第五話

五月二十二日――郭公(ほととぎす)――


 放課後――。


 一史が部室へ向かっていると突然悲鳴が聞こえてきた。


 廊下の先だ……!


 一史は駆け出した。


 階段前の廊下に結城が倒れていた。

 側に膝を突いた弥奈が必死で揺すっている。


 一史はすぐに身を翻すと職員室に駆け出した。


 廊下を駆け抜け職員室に飛び込む。


 その後は蚊帳の外になってしまったので結城がどうなったのかは分からなかった。


五月二十三日――おぼつかなしや――


 朝、紘彬は警察署で結城に関する報告を聞いていた。


「結城は事故じゃないな」

 如月から報告を聞き終えた紘彬が言った。

「状況からして毒物の疑いが濃厚とのことです」

「それもあるが……」

 結城の鞄に『草枕(くさまくら)』と書かれた紙が貼り付けられていたのだ。

 見落とすな、とでも言いたげに。


「『くさまくら』が貼ってあったとなると結城が狙いだったのは間違いないだろ」

 紘彬が言った。

 無差別でもなかったと言う事だ。

 誰でも良かったなら明日香、賀茂など、そのまま被枕の名字がいる。

 それこそ『春日』とか――。


「『はるひの』は違うプリンターで印刷されたものだそうです」

 如月が続ける。

「『くさまくら』もだろうな」

 今朝、事件の事を聞いて証拠品袋を見てみたが、やはり『くさまくら』はあった。

 箱の中に入っていた枕詞は一つずつだったというから鞄に付いていた『くさまくら』は貼り付けた人間が別の場所でプリントしたものというのだろう。

 今、『はるひの』と同じプリンターで印刷されたものか鑑識で調べているところだ。


「『はるひの』は捜査を攪乱(かくらん)するためだったんでしょうか?」

「先に機会があった結城を殺しただけということも考えられるけどな」

「これでイタズラの線は無くなりましたね」

 小野や大宮は枕詞の被枕と同じ名字だと気付いた無関係の誰かが面白がって紙を置いただけと言う可能性もあった。

 だが結城は指摘されなければ見落とされる危険があった。

 それではっきりと分かるところに、無くならないように貼り付けてあったのだ。

 結城が狙いだったことを示すために。


『あさじうの』は落ちていたと言っていたし、箱の中には入っていなかったから偶々(たまたま)落ちた可能性がある。

 だが小野は殺意の有無はともかく事故ではない。

 故意にではなかったとしても突き飛ばされたのは間違いなさそうなのだ。


『ももしきの』は机の上に置いてあったと聞いている――大掃除をした後に。


 それと――。


 垂水が箱に入れた『くさまくら』の紙は警察署にあった。

 結城の鞄に貼ってあった『くさまくら』の紙は貼った人間が持ち込んだと言う事になる。

 確認中だがおそらく『はるひの』と同じプリンターで印刷されたものだろう。


「先生にもう一度見てもらった方がいいな」

 他に垂水が入れていない枕詞がないか。

 あるいは入れたはずなのに無くなっている枕詞がないか。

 もっとも、『はるひの』や『くさまくら』は他のプリンターで印刷したものだから箱に入っているかどうかに関係なくどの枕詞でも使えるという事になるが。


「小野と大宮について分かったことは?」

 紘彬がそう訊ねると、

「まだなんとも……。大宮は足を踏み外した場所が防犯カメラの外だったので事故かどうかは不明です。今目撃者を探しているようです」

 如月が答えた。

「共通点は今のところ部活と学年が同じということくらいです」

「とりあえず、話を聞きに行ってみるか」

 紘彬はそう言うと立ち上がった。


 休み時間――


「明日香君、結城さんの事、何か聞い……」

 弥奈が言い掛けた時、

「古典文学愛好会、また部員が死んだんだって?」

 と小林が話し掛けてきた。

「結城さん、亡くなったの!?」

「そうらしい。お前らの部、呪われてんじゃ……」

「よせ!」

 鈴木が小林を(たしな)めて廊下の方に引っ張っていってくれた。

 その様子を見てから弥奈の方を振り返ると、彼女は思い詰めた様子で俯いていた。


 放課後――


 一史達は部室にいた。


 今朝登校してきたとき結城が倒れていた辺りの廊下は既に黄色いテープで封鎖されていた。


「私に応急処置の知識があれば助けられたかもしれないのに……」

 弥奈が自分を責めるように言った。

「いや、死後それなりの時間が()っていたそうだからどんな名医でも手の(ほどこ)しようがなかった」

「だから君のせいじゃないよ」

 紘彬と如月が言った。

「どれくらいですか?」

 一史が聞き返すと、

「午後の授業に出ていなかったそうだからお昼休みだろうな」

 紘彬が答えた。


「でも、これで見立てじゃなかったって事になりますよね」

 耕太が誰にともなく訊ねた。

 垂水が紘彬達と視線を交わす。

「結城に掛かる枕詞はありませんよね?」

 朝霞が確認するように訊ねた。


「『ゆふき』はない」

 垂水が答えた。

「なら……」

「……『くさまくら』」

 聖子が言った。

「え……」

 弥奈達が戸惑ったように顔を見合わせる。


「『草枕』の被枕は……『旅』でしょ」

「それと『(つゆ)』」

「あとは『仮』とか『仮初(かりそめ)』」

 弥奈、耕太、聡美が次々に言った。

 部員達が不審そうに首を傾げる。


「……『結ぶ』」

 一史がぽつりと付け加えた。

「『結ぶ』でもいないのは同じじゃ……」

 由衣が言った。

「現代でも『(むす)ぶ』を『()う』って言うだろ」

 紘彬が指摘した。


「枕詞っていうのは連想ゲームなんだよ。『呉竹(くれたけ)の』の被枕に『()す』があるのは『(ふし)』と『()し』が同じ音だから。『細蟹(ささがに)の』はカニから『蜘蛛(くも)』を連想して、そこから同じ音の『雲』とか」

 紘彬が教師みたいな口調で言った。


 なんで刑事が説明するんだ……。


 一史は(いぶか)しい思いで紘彬を見た。

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