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第三話

五月十七日――鳴きわたるかな


 一史は弥奈達と部室に向かった。


「うわ、真っ黒……」

 部室を見た弥奈が引き気味に言った。

 鑑識の黒い粉がそこら中に掛けられている。

「すまんが今日は掃除だ」

 垂水の言葉に一史達はうんざりしたように溜息を()いた。


「あの……鑑識が来たってことはやっぱり殺人……」

 尾上がおずおずと垂水に訊ねた。

「早とちりするな。事件の可能性があるのと本当に事件なのは違う」

「そ、そうですよね」

 垂水に叱責された尾上が慌てて口を噤む。


「大宮君、休みかぁ。私も休めば良かった」

 弥奈がうんざりしたように小声で呟いた。

 その言葉に大宮がいないのに気付いた。

 大宮は耕太が入部するまで一史以外でただ一人の男子だった。

 だから今までは大宮が休んでしまうと女子ばかりで居心地が悪かったのだ。

 だが今は耕太がいる。


 尾上君が入ってくれて良かった……。


 不意に、

「あら?」

 聖子が声をあげた。

 一史が振り返ると聖子が何かを拾い上げるところだった。

「『あさじうの』って誰?」

 聖子の言葉に全員が一斉に振り返った。

 互いに顔を見合わせる。


「誰も引いてなかったはずだぞ」

 垂水は確認するようにノートを開いた。

 それから頷いて、

「……やっぱり誰も引いてない」

 と繰り返した。

「枕詞ですよね? 浅茅生(あさじう)のが掛かるのって……」

 一年生の結城(ゆうき)仁美(ひとみ)が首を傾げた。

 部員達が全員黙り込む。

 それを見た仁美が不思議そうな表情を浮かべて部員達を見回した。


「……『小野(おの)』」

 誰も答えないので一史が答えた。

「え?」

浅茅生(あさじう)のが掛かる被枕は小野だよ」

(おのれ)』や『野』にも掛かるが。


「え……誰も引いてないのに小野さんが倒れてたところに小野に掛かる枕詞が落ちてたのって……」

「まるで見立て殺人みたい……」

 朝霞(あさか)がそう言った瞬間全員が黙り込んだ。

 その言葉に全員が戸惑ったように顔を見合わせる。


「おい、小野は亡くなったんだぞ。不謹慎なことを言うんじゃない」

 垂水が(たしな)める。

「すみません」

 由衣が慌てて首を(すく)めて口を閉じた。

 しかしその場にいた全員の脳裏にその言葉がこびりついていた。


 掃除が終わると垂水は部員達を追い立てるようにして帰宅を促したので一史達は早々に学校を後にした。


五月二十日――五月闇――


 放課後――。


 一史が部室の前に着くのとほぼ同時くらいに他の部員達もやってきた。

 ドアを開け、一史が中に入ると先に来ていた聖子が机の前に立っていた。


「志賀さん、どうかしたの?」

 一史は中に入って聖子に訊ねた。

 他の部員達も続いて入ってくる。

 聖子は一史の方を振り返ると次々に入ってくる部員達に目を向けた。

「先週休んでた一年生、今日は来てる?」

 聖子の問いに、大宮と同じクラスの由衣に視線が集まる。


「……大宮君は亡くなったそうです」

 由衣が言いづらそうに答えた。

「亡くなったってどうして?」

 聖子が詰問(きつもん)するようなキツい口調で訊ねる。


 何もそんな聞き方しなくても……。


 一史がそう思い掛けた時、

「事故って聞きましたけど」

 由衣が答えた。

 その言葉に全員が安堵したが――。


「これがここに置いてあったんだけど」

 聖子がそう言って机の上から紙を取り上げて一史達の方に向けた。


敷島(しきしま)の〟


「え……」

 一史達二年生は目を見開いたが、一年生の結城と春日にはピンとこないようだった。

 同じく一年の由衣も知らないようだが薄々勘付いているのか不安そうな表情をしている。


「『大宮』の枕詞……」

 聡美が呟くように言った。

 由衣は予想が当たったからなのだろう、顔が蒼ざめた。


 大宮が引いた枕詞は知らないが、引いたものなら本人が持っていてここには無いはずだし、何より先週部室を掃除したとき誰も気付かなかったのだから置かれたのはその後という事になる。


「朝霞さんが言うとおり、ホントに見立て(さつ)……」

 結城が言い掛けた時、

「やめなさい!」

 垂水の叱責(しっせき)が飛んできた。

 一史達が振り返ると、戸口に垂水がいた。

 二十代くらいの見知らぬ男性二人が一緒だ。


「先生、その人達は……」

「刑事さん達だ」

 垂水がそう言うと部員達が不安そうに顔を見合わせた。


 紘彬と如月は黙って部員達を観察していた。


「こちらは桜井警部さんと――」

「警部補です」

「――如月巡査」

「巡査部長です」

 如月が訂正する。

「――だそうだ」

 垂水が決まり悪さを隠すように咳払いをしながら言った。


「刑事って警視庁!?」

 弥奈が食い付き気味に質問した。

「いや、そこの警察署」

 紘彬が警察署の方を指差すと弥奈ががっかりした表情を浮かべた。

「でも、その若さで警部補ってことは優秀な刑事さんなんですね!?」

 耕太が身を乗り出す。


 お前もか……!


 一史が横目で耕太を見ながら胸の中で突っ込んだ。


「いや、国家公務員試験を受ければ最初から警部補だから。試験を受ければ簡単になれるぞ」

 紘彬の言葉に、


 勉強は簡単じゃありませんよ……。


 如月が心の中で突っ込む。

 地方公務員の採用試験も難しいのだが国家公務員試験はもっと難しいからサクッと合格出来るようなものではないのだ。


「刑事さん達が来たってことは小野さんは殺され……」

「いや、それは検死結果を見るまではなんとも……ただ事件の可能性があるなら調べておく必要あるってだけだから」

 紘彬が耕太の言葉を遮って答える。

「捜査っていうのは事件だって分かってる時だけじゃないから。捜査した結果、事故って結論が出ることも多いよ」

 如月が補足した。

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