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紅の魔女【Web版】  作者: 橋本禰雲
第二章 紅の魔女
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 敵の魔獣鷹まじゅうたか二騎がぐんぐんと近づいてくる。うち一騎は例のえんじ色装備の空兵だ!


 正木は魔法の射程距離に入る寸前のところで右斜め上にラオールを急上昇させた。


 えんじ色が電撃魔法を正木に向かって放った。電撃は速度が高くなかなか対処しずらいのだが、正木は刀から魔法デコイを放って対応しようとした。魔法電撃弾はデコイにすべて当たって稲妻のような音を発して飛散した。たくさんの雷が落ちたような爆音だ!


 正木はえんじ色ではないほうをまずは狙うことにした。彼らは左右に散開していた。正木は上下にぐるりと周り込むようにラオールを飛ばせて敵の鷹の側面に出ようとした。


 刀をラオールの嘴に咥えさせて預け、ラオールの装具に備え付けてあった魔銃まじゅうライフルを取り出した。両足でしっかりと愛鳥の背を挟むようにして体を固定する。


 魔銃ライフルは正木のような遠隔攻撃魔法を得意としない魔術士が、遠隔魔法の代替として使用できる武器だ。もともとは科学文明の銃器を参考にして作られたものだが、イデス王国にもすでに普及していた。


 正木はライフルで敵を狙った。距離は三百メートルほど。彼我の距離、それぞれの移動速度を考慮して引き金を引く。外れても流れで命中するように四弾連続で撃った。すぐにラオールの嘴から刀を受け取り、下方側面からえんじ色が狙ってきた電撃を避けるため魔法デコイを展開させる。


 電撃が正木のデコイに着弾してまた炸裂音を発したが、その一瞬のち、正木が放った魔法弾のうち一発がもう一方の空兵に命中した。真っ赤な魔法の炎がぱっと燃え上がった。その赤い光が正木の顔を照らした。


 えんじ色の革装備に身を包んだ賊の空兵は驚愕した。魔法ライフルを空中戦であんなふうに使うのは見たことも聞いたこともない!とんでもない強敵が現れた。と同時に仲間を撃墜された怒りに震えた。


 やってやる!仲間の敵を討ってやる。


 そう考えてえんじ色の空兵が次弾の電撃魔法の詠唱を開始したとき、正木はすでにラオールを御して猛スピードで肉薄しようとしていた。えんじ色空兵は魔法詠唱を完了させてから攻撃弾を放つのは間に合わないと判断し、慌てて手綱を操り回避しようとする。


 しかし、正木の判断とラオールのスピードはえんじ色空兵のそれよりも上回った。圧倒的に。


 ラオールがえんじ色空兵が乗っている魔獣鷹まじゅうたかに体当たりした。


 えんじ色はバランスを崩され魔獣鷹まじゅうたかにしがみつくのがやっとで何もできないでいると、正木は離れ際に刀で切りつけ、相手が乗る魔獣鷹まじゅうたかの翼を切り落とした。


 断末魔の叫び声を上げて落下しはじめる怪鳥。


 えんじ色の兵は見た。相手は強敵どころの話しではない。最強の空兵なのかもしれないと思った。その証拠にすでにライフルを構えてとどめを刺すために自分の心臓を狙っているのが見えた。


 正木はえんじ色兵と戦い始めてから感じていた違和感の正体に気付いて、魔法ライフルの引き金を引くのを寸前で止めた。


 少年兵か!


 えんじ色の兵のサイズが小さく、このように近距離でみるとどうやらリンぐらいの歳であるらしかった。戦闘中の敵に容赦をすることはない正木であったが、さすがに年端のいかぬ者にこのようにとどめを刺すことはためらわれた。かといって、相手はあれだけ強力な電撃を放つ魔術士でもあるから油断はできない。そのまま近づいて行き、落下する相手を刀で切りつけた。いわゆる峰打ちで相手を気絶させるとラオールの背の上でえんじ色の兵を捕まえた。




 正木は空から見て地上に川を見つけそこにラオールを着陸させた。捕えた敵の空兵を小川のほとりに横たえて、魔法バッグから魔法を封印する首枷を取り出して敵兵の首に付けた。同じく魔法が込められたロープを取り出して両手首と両足首を縛った。


 正木は周りを再度警戒してから川の流れのほうに歩いていき、かがんで両手で水をすくってから自分の顔にかけた。冷たい清水が心地良い。すぐ近くでラオールも水をごくごくと飲んでいた。


 正木はラオールに近づき首筋を軽く叩いてから撫でてやりねぎらった。


 それから敵兵の傍に戻る。


 えんじ色の敵兵は意識を取り戻したのか、もぞもぞと体を動かしはじめていた。手足を縛られて動きづらそうであったが半身を起こして近づいてくる正木を見た。何かの魔法を詠唱しようとしたが首枷によって打ち消されてしまう。


 敵兵は絶望したように唇を噛んで目をきつくつむった。


「ちくしょう!」


 正木は落下しつつ敵兵の体を捕まえたときからその体の柔らかさに予期していたことだったが、その声は甲高い少女のものだった。


「殺せ!今すぐに」


 少女は長い赤毛を後ろで束ねていた。前髪が夕日を浴びてきらめいた。平常であれば茶色い瞳を持った大きな目は可愛らしく見えたことだろう。しかしこの状況では、少女は怒りと悲嘆が混ざった感情からか、野生の子狐のように目を吊り上げていた。


 正木が近づいてくるのを見て、


「は、辱めを受けるくらいなら舌を噛み切って死んでやる!」と言った。


 正木は歩を止めた。


「その首枷は魔法を禁じ、自傷行為をすることもできなくする」

「ううぅ」


「……しかし、よい覚悟だ。これからお前を運んで我軍の拠点に移動する。命の保証はできぬが辱めを受けることはないと、この正木涼介が約束しよう」

「……」


 少女はそれを聞いても安心することはなく、身構えた。


 正木は歩を進め少女の体を持ち上げて背中を合わせるようにして背負うことができるようにロープで縛り付ける作業をはじめた。


「きゃーーーきゃーーー」


 少女は鋭く叫びはじめた。


「うるさい」


 正木はそうつぶやくと首枷の魔力を通じて少女を黙らせた。いくら声を張り上げても音となってでなくなってしまった。


 少女は身動きができぬように正木の背に縛り付けられた。正木はそのままラオールの背に再び騎乗すると東の空に向けて飛び立たせた。




 賊討伐軍はこの日、途中敵空兵による奇襲を受けたため、ぎりぎりになってしまったが、なんとか日没前にアドリス城に到着できた。エミール王子は城門の前まで出迎えに出てきた城主のロイド伯爵の挨拶を受けた。


「殿下!この度の後詰め、誠にありがとうございます」


 ロイドは太った体躯をゆっさゆさと揺らしながら近づいてきて片膝付いて挨拶を述べた。エミールはこの四十代のあまり有能そうではない貴族の顔を宮廷で見たことがあった。


「伯爵。よく持ちこたえてくれた。これから力を合わせて反撃するとしましょう」


 この辺り一帯の領主でもあるロイドは賊軍の抵抗にあい、苦戦続きでこの狭隘にあるアドリス城で籠城の憂き目に陥り、王都からやってくる援軍を待っていたのだ。


 ロイドは援軍が来たことにより退却をはじめた賊軍を追って、少なくない戦果を挙げたので上機嫌だった。しかし、ルマリク将軍はエミールの横で難しい顔をした。


「賊のやつらめ。今日は行軍中を奇襲され糧食を少なからず焼き払われてしまった。大幅な作戦の見直しが必要ですぞ。伯爵は空兵の哨戒ができなかったものか?」

「奇襲?空兵から?将軍、ご苦労をおかけしてしまい申し訳ございません」


 ロイドは言葉とは裏腹に少し尊大な様子を見せた。


「今日も城壁によって戦っておりまして……空兵も足りていなかったのです」


「将軍。伯爵は責められない。我々も油断していたのだ。それにあのえんじ色の手練れにしてやられた」


「えんじ色…!紅の魔女ですね!あいつにはさんざん苦労させられているのです」


 ロイドは悔しそうな顔で言った。


「魔女だと!?女なのか……」


 ルマリクが嘆息した。


 そのとき、行軍列の後方から歓声があがった。


 エミール、ルマリク、ロイドの三人はそちらのほうを見た。一騎の魔獣鷹まじゅうたかが飛来してきて討伐軍のすぐ上を旋回しはじめた。


「正木さんだ!」


 エミールは叫んだ。空兵を追って飛び去ってから戻ってこない正木を心配していたのだ。


 正木は背に敵兵をくくりつけていた。えんじ色の装備を付けた敵兵が遠目にも確認できた。


「おお、紅の魔女を捕えたのか」


 ロイドが驚いた様子で声を上げた。


「さすがは国軍の空兵だ……」

「正木は特別じゃよ」


 ルマリクは自分のことのように自慢気に言った。


「しかも空兵が専門ではないのだ」


「まさきーー!!」


 エミールは気持ちが昂って周りの兵士と一緒に正木に向かって叫び手を降った。


「まさきさまぁー!」


 近くから耳に心地よい女性の声が上がった。リンだった。


 正木は上空からこちらを見たようにエミールは感じた。城のほうを指さして合図したようにも見えた。


「伯爵。正木さんが城に降りたがっているようだ。一部魔法フィールドを解除してやってくれないか」


 エミールは正木を見上げたまま言った。


「承知しました」


 ロイドがそう言って急いで城に戻って行った。


 正木を称える歓声は暮れかけの山野に響いた。アドリス城内には多くの住民もいて、その歓声を聞いて賊軍からの攻撃が再開されたのかと誤解した緊張が走ったが、程なく援軍の到着が布告され城内も喜びの色で満たされた。


 そして彼らも見た。


 上空から飛来した一騎の魔獣鷹まじゅうたかが城の尖塔に着陸するのを。その援兵が彼らを悩ませていた紅の魔女を捕えているのを。

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