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エミール王子の誕生日より十日後。王子を軍団長とする東方賊討伐軍は、迅速に準備が進められ、予定どおり王都を出発した。兵力は総勢千五百人。歩兵千人、魔術兵三百人、空兵二十人、騎兵八十人、支援兵百人という陣容だ。
魔法界に属する世界であるため歩兵、空兵、騎兵も若干の魔法を扱う魔法戦士たちである。
戦場には魔法フィールドが展開されるはずで魔法による飛行等が制限されるため、通常の世界と同じに重力が重要な要素となる。そのため城壁や砦などの拠点防御機構が有効かつ重要である。魔法に頼らない物理的な攻城兵器も輸送対象となっており、軍列の後方では破城槌、攻城塔、投石機といった攻城兵器が分解された状態で、支援部隊によって運ばれていた。
行軍隊の中央付近。エミールは軍馬の鞍上にいた。西風に髪を揺らされながら栗毛に騎乗していた。傍らには屈強な護衛騎兵がいる。実質的な司令官であるルマリク将軍は、その巨躯で他の馬よりも一回り大きい馬に乗っていた。
エミールは少し前方に黒髪の騎兵と、長い金髪をなびかせている女性騎士が並んで馬に揺られているのを見つけた。そちらに向けて馬を走らせた。
「殿下」
護衛兵が声を上げた。
「正木をみつけた。挨拶するだけだ。護衛は二騎だけでいい」
エミールがそう伝えると護衛兵たちは即座に手振りで意思を伝え合い、代表する二人の戦士を決めた。護衛の騎兵が二騎ついてくる。
「正木さん」
エミールが近づいて呼びかけると、黒髪で黒い戦闘服に身を包んだ男は振り返った。異国で作られたと思われる長剣を履いており、腰のホルスターには二丁の拳銃もあった。正木が落ち着いた様子で馬上で礼をする。
「殿下」
すぐ隣には金髪を風に揺らしているリンがいた。絹の服の上には上質そうな厚革でできた胸当て、脚絆を身に着けていた。リンは戦場に向かって行軍していることを忘れさせてしまうような笑顔を見せて礼をした。
「従軍ご苦労」
エミールがねぎらうと正木は黙ったまま再度礼を返した。黒鹿毛に騎乗しており、身につけている装備品も黒いものばかりだった。腰に履いた長剣の柄の部分にある赤い模様だけが目立っていた。
並んで馬を歩かせたが正木は無言のままだった。エミールは黒ずくめの魔法剣士から威圧感を感じたが聞くべきことは聞いておこうと思った。
「先日は……あのあと、陛下とはどのような話しがあったんだい?」
正木は横目でぎろりとエミールの顔を睨むようにして見た。
「別段さしたることは」
母である女王と、どのような話しが、もしくは話し以上のことがあったのか聞きたかったのだがそれ以上の詳細を聞ける雰囲気ではなかった。
「…そ、そうか……。正木は他の星から来たと聞いたんだけど、本当かい?」
「はい」
「それは興味深い」
エミールは正木が何か言ってくれるかと思って間を置いたが正木は沈黙したままだった。
「夜に見える星々はすごく遠くにあると聞く。どうやってイデスに来たんだい?」
正木がエミールを見つめる。
「船か何かに乗ってやってきたのかな」
「それでは時間がかかりすぎます」
正木は言った。
「光の速さでも数百万年かかってしまう」
エミールには正木の言葉の意味が良く分からなかった。光の速さ?どういうことだろう。数百万年だって?
「それでは、どうやって来たんだ?」
「古代の魔法使いたちが残したゲートを通って」
「偉大なる神々のことであろうか?」
「かみがみ?」
リンが首を傾げながら問うた。
エミールは頷いてから答える。
「そう。人に魔法を授けた神々のことかなと思って。そう言い伝えられているんだ」
「その神さまたちはどこにいるんですか?」
「人に魔法を教えてくれたあとは天界に帰ったんだよ」
「それならゲートを作った古代の魔法使いたちとイコールかもしれませんね。イコール!」
「リンも正木と同じく他の星から来たのかい?」
「そうですよ」
正木とリンは二人ともとても不思議な感じがするのでエミールは信じる気になっていた。
「私もそのゲートとやらを通って君たちの星へ行くことができるだろうか」
「可能です」
正木が答えた。
「方法を知っている魔法使いと一緒であれば」
「でも気をつけないとですよ。通るゲートの道順を知っていないと迷い人になってしまいます」
「迷う?どうしてだい?」
「ゲートはたっくさんあるんです!もう数え切れないくらい」
エミールは夜空を見るのが好きだったのでその意味を即座に理解した。まさか。そんなことがあるなんて。夜空に浮かぶ幾千の星々。あのたくさんの星それぞれに行ける扉があるということらしい!
「道順を知っていないと帰り方がすぐに分からなくなってしまいますからね。注意してください」
リンはそう言ってふふふと笑った。
エミールは早く夜にならないかなと思った。星々を見上げていろいろな可能性について考えたいと。
「正木、リン。面白い話しをありがとう。今回の旅は長くなりそうだし、またゆっくりと話せる時間もあるだろう。そのときはよろしく頼む」
「喜んで」
正木は短く答えた。無表情だったが拒絶しているようには見えなかった。
エミールは馬首を巡らした。正木とリンだけと話していることはできない。従軍してくれた諸将を激励する必要もあった。
エミールが前方に移動していったのを見て正木はリンに向かって小声で言った。
「リン。王子と話してみてどう思った?人となりを」
周りの兵士には聞こえないくらいの小声だったがリンは魔法の力で漏らさず聞くことができていた。
「いい人だと思います」
リンの単純な答えに正木は微笑を禁じ得なかった。
「そうだな。純朴な少年のようだ。あの女王の息子とは思えないほどにな」
「女王は悪い人ですか?」
「そう単純ではない。良い人ともいえないくらいにはな」
正木は事を荒立てずに目的を達するにはうまいこと進んでいると思った。しかし女王が障害になるのであれば、より与し易いエミール王子をうまく使えるのではないかと考えることも忘れなかった