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紅の魔女【Web版】  作者: 橋本禰雲
第一章 十五の誕生日
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 エミールが席に戻るとグラスが鳴らされて「女王陛下のお言葉です」と世話人が声を上げた。


 歓談で話し声が満ちていた会場の音が止んでいく。静寂とは言えないまでも、静かになった頃合いを見て女王が立ち上がった。アン女王はエミールの実母であるが、まだ三十代になって間もない年齢であり、国で一番高価なドレスを着て、一番高価な髪飾りを付け、一番の美貌をその顔に持っていた。


「みなさま本日はエミールのためにお集まりいただきましてありがとうございました」


 女王は言った。声を張り上げる必要はなかった。世話役が魔法で後ろの席にも女王の声が届くように拡声していた。


「十五になりエミールももう元服。東で蠢動する賊を討つために私は討伐軍を差し向けます。その軍団長としてエミールは初陣を果たすことになるでしょう」


 会場は拍手喝采が起きた。エミールも立ち上がり一礼したあと、激励に対して手を降ったりした。


「もちろん未熟なエミールを補佐するためルマリク将軍が副将として従軍します」


 席の前方に位置していた長い顎髭と熊のような大柄な体躯のルマリク将軍が立ち上がった。


「エミール殿下万歳!女王陛下万歳!」


 ルマリクが大声で言うと会場はそれにつられて万歳の掛け声で溢れた。


 女王が手を上げると会場は静まった。


「みなさまこれからもエミールを支えてやってください」


 女王がそう言うと皆一斉に拍手した。


 女王は拍手の音が響く中、会場を退出した。エミールも世話役に促されて退出し女王に続いて控えの間に入った。女王は仮玉座に座り静かに前を見据えていた。


 エミールは実母である女王を見ても、通常の家族にあるような母への感情を持つことはなかった。実際は乳母に育てられたようなものだし、アン女王から愛情を持って接せられた記憶はなかった。自分のことを可哀想だとは思わなかったが、普通の家庭に、せめて王族でないところに生まれてきたかったと、しばしば考えたことがあった。


 女王の周りには側近たちが控えていたが、遅れてルマリク将軍が控えの間に入出してきた。大きな体躯で女王に挨拶する。


 ルマリクの後から入ってきたのは正木だった。相変わらず黒ずくめの軍服を着ていた。正木は挨拶はせず後ろに控えた。


「母上。報告があります。討伐軍にですが、そこにいる正木を加えたく。彼に命じました」


 実際にはお願いしてみたのだが。


「殿下」


 母ではなく世話役の一人から声がかかった。


「今回の討伐は殿下の初陣。我が国の将来を思えば絶対に失敗はできないというのが陛下のお考えです。そのため、賊に対しては過剰なほどの戦力、将にはルマリク将軍を付けます。先の戦争では功に厚かった正木どのに対して、我々からも従軍を依頼していたのですが……色よい返事はもらえませんでしてな」


「いや」


 正木が声を出した。壁によりかかった不遜とも言える態度で。


「殿下に直接依頼を受けた。従軍するつもりだ。ただし……」


「ただし?]


世話役が聞いた。


「功あったときの報酬については女王陛下に相談したい」


 その場にいた女王の側近たちは色めきだった。不遜な態度であったし、女王と直接報酬の交渉をするなど不敬であったからだ。女王は手を上げて側近たちを黙らせたあとに言った。


「報酬としてなにが欲しいのだ?」


 正木は少し女王に歩み寄って姿勢を正した。交渉にあたって態度を改めようとしたのかもしれない。


「陛下に相談するのはそれが陛下にしか与えられないものだからです。先の戦争で戦死したファブール男爵の領地にある鉱床の採掘権を貸与願いたい。ファブール家は断絶したはず。そうすればその領地は陛下の元に帰されたものでしょうから」


「領地がほしいとは言わぬのだな」


「私は陛下の臣下ではありませんから。採掘権でも、傭兵にすぎない身で過分な報酬でしょうが、ぜひとも所望したい」


「貸与というからには期限があるのだな。いつまでが条件なのだ?」


「ひと月もあれば探しものはみつかるでしょう」


 女王は首を傾げて少し考えた。側近が近づいて何やら進言しようとしたがそれを手で制した。


「採掘したものの利益のうち六割は王家のものとする。出土した魔具などがあればその半分も同様にし王家は選択権を有する」


「陛下。私が採掘にかかる費用を出します。せめて折半にしていただかないと。それから魔具については一番価値のあるものは私に。その他のものは折半。選択権は王家で結構です」


 女王はそれを聞いて手をニ回叩いた。


「決まりじゃ。正木が従軍する。兵力は適度に減らしても大丈夫ではないかな」


 そう言って笑みを見せたがエミールには冷笑に見えた。


 正木は深々と礼をした。


「正木どのも従軍と決まれば心強い」


 ルマリク将軍は上機嫌だ。


 側近たちも女王の裁定に従うように頭を下げた。


「私からも正木に相談がある。みな下がれ」


 側近たちが恭しい態度で退室しようとする。エミールは周りを見回しどうしようかと思ったが、母から邪魔そうな目で見られたので退室するために歩き出した。控えの間には女王、正木、侍女たちが残ったようだった。


 廊下でルマリクが話しかけてきた。


「殿下。実際の指揮はワシが取りますので大船に乗った気でいてくだされ。正木どのも従軍されるのなら賊はもう討ったも同然ですぞ。あの御仁は本当にすごい剣士ですからなあ」


 がはははと大男は笑いながら言った。ルマリクはエミールが幼少のころから戦術などの先生として接しており、宮廷でも数少ない心許せる者だった。


「よろしく頼む」


 ルマリクと別れたあとエミールは廊下の隅にリンがいることに気がついた。リンに歩み寄る。


「リン」


「殿下」


 リンは頭を下げて挨拶した。


「正木はまだ陛下と控えの間で話している」


「……そうですか。では私は宿所に帰ります。正木さま、夜はご不在になることがまあまああるんですけど、まさか……」


 リンは言葉を続けられずに飲み込んだようだった。エミールは自分の顔が火照るのを感じた。


「そ、そうか。宿所に帰ると言うなら護衛の者をつけよう」


「大丈夫です。こう見えても私強いですから」


 エミールはリンともう少し話しをしたいと思い、そう告げようかと考えていると、リンはまたスカートの端を持ち上げる仕草で礼をすると歩み去って行った。


 エミールは歩き去るリンが廊下の角を曲がって姿が見えなくなるまで目で追ってから、自分に可笑しくなって一人苦笑した。

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