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はるか数万年前の昔
神位魔法を操る古代人は約百個の銀河を支配した
彼らは魔法と科学の技を使って銀河を縦横無尽に行き来できるゲートを建造し、
奇跡的な秘術で、数々の魔道具も作った。
それらの力を人間たちに分け与えた
しかし人間と科学の組み合わせは世界を破滅させる危険があることに古代人は気付いていた
古代人たちがさらなる進歩を求めてこの宇宙を去るとき
すべてのゲートには機械を通さない秘法が施された
こうしてかつて古代人がいた領域は科学を使わず慎ましく生きる魔法使いたちのものとなった
「殿下お誕生日おめでとうございます!」
太った公爵の発声によってパーティーの参加者は、一斉に杯を掲げて口々に祝意を述べてから杯の中身を喉に流し込んだ。
会場の上手、一段高くなっていて皆を眺めやすいように向いたテーブルのほぼ真ん中の席で、エミールは自分への祝意を聞いていた。貴族や商人の有力者たちが次々にエミールの前に現れ、杯を掲げ賛辞を述べた。
「男爵」
「リヒター子爵」
「ありがとう」
エミールは覚えている限り、自分の前に祝意を伝えに現れる人々の爵位を言ったり、名前も分かれば添えたりして答えた。
すぐ隣席には彼の母親、イデス王国の女王が座っており、人々は女王にも敬意を表すのを忘れなかった。
エミールは今日で十五回目の誕生日を迎えた。それはイデス王国の上士としては成人した証であった。まだ幼さの残る顔には母親ゆずりの大きな目と大きな鼻筋を持ち、貴公子然とした姿は国民からの人気も高い。
一通り挨拶が済むと母王の隣で大人しく食事を取り、強いワインにむせたりした。酒が入って賑やかになった人々を尻目に、エミールは外の空気を吸って休もうとバルコニーに出た。
会場は王城の一角にあり、広々としていて豪華な調度品がたくさん置かれていたが、バルコニーから見る王都の眺めも悪くはなかった。すでに夜の帳が下りた後で空は黒かったが、王城から見下ろす家々には魔法の明かりが灯り、数千の星々がばらまかれたようだった。
夜空にも実際の星々が輝いていたのでエミールは自分が宇宙の真ん中に放り出されたような感覚になった。
バルコニーは広かった。貴族の屋敷のホールくらいの広さがあった。幾人かが酒で火照った顔を冷やすために夜風にあたっていた。
少し離れたところに、エミールと同じように城下の景色を眺めている二つの人影があった。変わった点が多かったのでエミールは興味を持った。その二人のうち背の高いほうの人物は軍服を着ていた。それだけなら珍しくもない。軍人の高級将官が勲章をじゃらじゃらとぶら下げた軍服を着て、何人も参加していたからだ。
しかしその人物は勲章の類は一つも付けていない。その軍服も変わったことに黒ずくめだった。
もう一人の小柄なほうは女性だった。エミールは少し後ろに後ずさり、角度を変えて彼女を良く見ようとした。エミールよりも少し低いぐらいの背丈だろうか。ベージュ色のあまり目立たないドレスを着ていたが、柔らかそうな長い金髪と男のほうを向いて笑いかけている笑顔は目を惹くほど可愛らしいとエミールは思った。
おそらくエミールと同程度の年齢の娘だろう。
エミールはすぐにルマリクから聞いた噂の人物だろうと思って声をかける気になった。
「失礼します。こんばんは」
男がエミールのほうを向いた。年は三十代くらいだろうか。顔つきはあまり見ない異国の出のように感じた。黒い瞳に黒い髪。髪は無頓着に肩まで伸ばされていた。鋭い眼差しでエミールを見つめてくる。
「夜風が気持ちいいですね」
エミールは場を和まそうと思ってそう言った。
「あっ……王子!…さまですね……こんばんは」
女の子のほうが言った。すこしびっくりしたような顔が可愛らしい。エミールはパーティーでよく見る着飾った女の子たちには特段興味を持たないほうだったが、この子には少なからず興味を抱いて少し恥ずかしい気持ちになった。
男はエミールよりも頭一つくらい背が高かったのでエミールを見下ろしていたが、別段行儀よくしようという素振りも見せなかった。
「えーと……エミールです」
この国の王子です、とは言わなかった。このパーティーに出席しているのであれば主役がどのような立場であるかくらいは承知しているだろうから。
「正木です。何か御用ですかな?」
男は低い声で言った。無礼な物言いだったがエミールは興味のほうが勝ったので我慢した。
「まさき…さんですね…不思議な響きだ。ルマリク将軍からあなたの事を聞いたのです。それで挨拶しようと思いまして」
先月までの北方国ファリスとの戦争で、将軍を助けて活躍した黒ずくめ戦闘服の魔法剣士のことは宮廷でも大いに噂になっていた。
エミールがそう言っても男はむすっとした顔のまま何も言わなかった。
「君のことも聞いているよ」
エミールは男の隣にいる少女のほうに顔を向けた。
「不思議な……ホムンクルス……には見えないな。たぶん何かの間違いだろう」
少女は顔を赤らめながらも目を輝かせた。
「土でできているようには見えませんか?」
そう言ってにっこりとする。
「リンと言います。殿下にお会いできて光栄です!」
「失礼した……本当に君はホムンクルス……なのか…」
エミールは思わずそう言った。宮廷に顔を出すエミールと同じくらいの女の子たちは、みないつも着飾っていて礼儀正しくもあるが、型通りの感じがしているものだが、このリンという少女は活き活きとしていて眩しいようにも思えた。この子が土で作られた人形?ホムンクルス?信じられない。
エミールは無意識にもリンの顔に手を伸ばそうとしていた。
「お触りしたらセクハラで訴えますよ!」
リンはそう言ってエミールのその手を取って上下に振った。ちょうど握手したようになった。
エミールは心を奪われたように感じた。今まで女性に感心を持たなかったわけではないが、同世代に対してではなく、年上の女性に甘い憧れを持つ程度だった。リンが魔法使いが作る人造人間だとしても、魅力的に思えるのだから仕方がない!
「よ、よろしく」
そう言ってエミールもリンと共に笑った。