プロローグ
2024/03/20 ご指摘を頂きましてプロローグを追加しました。
少しでもストーリー把握しやすくなると良いのですが…。
魔法のゲートで転移した先は氷の世界だった。
恒星は地平線すれすれを上下に動くことなく回っている白夜。
永久凍土をえぐって造られた洞窟のようなこの場所では、入口から射し込んでくる少ない光でも白い氷に乱反射して、思いの外、明るかった。
黒ずくめの戦闘服に身を包んだ正木涼介は一人の子供を連れていた。
刀の鞘を魔法の杖のように使って正木は氷の扉を開いた。
その奥は彼の秘密の倉庫のような場所だ。
「ジーラ姉!」
子供は倉庫の奥に安置されている氷の塊のようなものが浮いている場所へ駆け寄った。
そこには透明な氷に包まれて眠る一人の女性の姿があった。女性は横になって眠っており、氷に包まれており、その氷は子供の目線の高さよりも少し高い位置に浮いていた。
「早くジーラ姉が目覚めることができますように。早く早く……」
子供は氷の中で眠る女性、ジーラの傍らに跪いて、両手を固く顔の前で組み、目を瞑って祈った。
正木も女性の氷の前を通るときに右手の拳を顔の前で握って小さく祈った。
「リン。おいで」
正木はそう言ってそのまま奥へと進んだ。
リンと呼ばれた少女は十歳に満たないくらいの背丈だった。
「は~い」
と明るく答えた少女は自分が納得するまでお祈りをしてから立ち上がって、正木のあとを追った。
奥には氷でできた小さな扉があり、正木とリンはその扉の中に入った。中は少し大きめの部屋になっていて天井は高かった。二階分はあろうか。
床には人が数人は囲めるくらいの大きさの魔法陣が淡く光を放っている。
「タリーとジーラに頼まれていたんだ。お前が十五になったら、この魔法陣でホムンクルス体の成長魔法を受けるようにと」
リンは驚いた様子で魔法陣を見つめた。
「二人はこのために少しずつ魔力をかけて術式を組み立てていた」
「正木さまはやってくれなかったんですか?」
正木はそう言われて少し唇の形を歪めた。リンはそれが正木のはにかんだ笑いだと知っていた。
「私の魔力を込めてしまったらお前の清廉さを損ねてしまうだろう?」
そんなことはないですよ、とリンは思ったが正木には明るい笑顔を見せただけだった。
「魔法陣に入ってくれ。あとはこの魔具を動かすだけで良いと言われている」
正木は魔法陣の横に置いてあるねじれた木のようなものを見て言った。
リンは着ていた服を脱いで全裸になり、魔法陣の中心まで進んだ。中心で立ち止まると正木のほうに振り返る。
「あっちを向いていろ」
正木は手振りも混ぜて指示した。リンが背を向ける。肩より少し長く伸びた柔らかそうな美しい金髪が揺れた。
正木はねじれた木のような魔具についた、スイッチと思える突起部を動かした。
グン!
鈍く重い音が鳴って魔法陣が直視できないほどに明るく輝く。
正木は手をかざして眩しさから目を守った。光が弱まると魔法陣には大きくなった少女の姿があった。
「どうですか!?正木さま!」
リンは恥ずかしがることもなく、くるりと回って自分の姿を正木に見せた。
「服を着ろ。……しまった。そのサイズに合う服がないぞ」
リンは魔法陣から離れ、置いていた自分の魔法の杖を掴んで、さきほど脱ぎ捨てた小さな自分の服や下着にかざした。服はサイズが調整され、それをリンは着用していく。
「どうせだったらもう少し大きな、二十歳くらいの体にしてくれたらよかったのになあ。胸もぼーんと大きくして」
「少しはそこも大きくなっただろう?」
文句を言うリンに正木が返した。
リンの体は十五歳くらいに成長したように見えた。これでも身長はぐんと伸びて見違えたように感じる。
リンは確かめるように自分の胸部と臀部に手を当てた。その点は満足できるまでは行かなかったらしい。
「次回に期待ですね!」
そう笑って言った。
正木は次回のためにはまずジーラを目覚めさせなければと思った。
長く続いた戦いは数年前に終わったが、そのために正木が払った代償はあまりにも大きかった。魔法使い冒険者チームの仲間だったタリー・アビーを失い、ジーラも目覚めることのない呪いで封じられてしまった。
正木は再度ジーラが眠る場所まで歩いて戻った。
どんなに長い時間がかかっても、どんなことをしてでもジーラを目覚めさせる。
その誓いを新たにした。
体が大きくなったリンは再度ジーラの眼の前で跪いて祈りはじめた。どうやら感謝と祈りとをまぜているようだ。
「ジーラ姉、リンを大きくしてくれてありがとうございます。早くジーラ姉を目覚めさせることができるようにリンがんばります……」
小さな声で祈りを続けるリンは、魔法使いが魔法を使って造り出した土人形、ホムンクルスであった。ジーラとタリーが魔力を込めて作ったリンの体は、元々リンの魂が持っていた強力な魔力と合わさって、ホムンクルスとは思えないほどの力を秘めている。
そして今日、彼女たちが準備していたホムンクルス体成長魔法をリンは受けた。さらに強くなったことだろう。
「次はどこに行くんですか?」
リンが聞いてきた。
正木とリンはジーラの呪いの封印を解くために、希少とされている古代人が残した遺物を探す旅を続けている。
リンが成長したことによって、その旅も少しは容易になると良いのだが、と正木は思った。
「名もなき星だ。魔法使いたちの住むな。……たしか、イデスという国があるらしいが」
正木は情報を得た古代の遺物の場所について話した。
「ポルさまから教えてもらった場所ですね?」
リンは魔法評議会の高名な議員でもある魔法使いの名前を出して言った。
「そうだ。もう一つ付け加えて言われたな。私とリンにとって重要な出会いがあると」
「ポルさまの占いは当てになりません!」
リンは快活そうな笑顔で言った。
「でも、たま~に当たることがあるから困るんですよね」
正木も苦笑いした。
「では、行こう」
正木は言って大きくなったリンの肩を押した。
氷の秘密倉庫を歩き去ろうとするが、振り返り、眠るジーラに向かって呟いた。
「また来るよ。ジーラ」
なるべく早く起こしてやるからな、と心の中でも呟いた。
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